【 背 景 】 J-PARC物質・生命科学実験施設 (MLF) のパルス中性子源では、光速に近い速度まで加速されたパルス陽子ビーム※5を水銀標的 (図1) に衝突させ、水銀の原子核をバラバラに破砕する反応により、世界最高レベルの強度を持つ中性子ビームを発生させる。中性子ビームを用いた実験は、物質科学や生命科学の先進的な研究を行う上で非常に有効な手段であり、米国、EU諸国など世界中の主要な国々が、高出力かつ高性能の中性子源の開発に凌ぎを削っている。
大強度の陽子が衝突する水銀標的では、水銀の瞬間的な熱膨張で強い圧力波が発生し、これにより水銀標的が受ける衝撃力は、水銀標的の硬い金属容器を損傷させるほどの力を持つ (図2) ことから、その衝撃力をいかに弱めるかがJ-PARCの高出力化には避けて通ることのできない重要な課題の一つであった。 |
【 研究内容と成果 】 J-PARCセンター (センター長 池田裕二郎) 中性子源セクションの研究グループは、国内外の研究機関と協力し、ヘリウムガスのマイクロバブルを水銀に混合することで衝撃力を低減できることを見出し、数値実験を基に最適な気泡条件を明らかにしてきた。
しかし、水銀は水の6倍以上の強い表面張力を持つなど、従来の液体と大きく異なる特性を示すため、注入した気泡を微細化することは難しいと考えられてきた。この問題を解決するため、当研究グループは水銀が流れる流路の形状を工夫し、大きな気泡に急激な圧力変化を加えて粉々に砕くことにより、マイクロバブルを大量に生成可能な気泡生成器を新たに開発するとともに (図3) 、これを搭載した水銀標的を製作した。
平成24年10月のビーム運転からマイクロバブル注入システムの運転を開始し、同月には陽子ビーム出力300kW、11月には600kWで行った気泡注入実験において、圧力波による衝撃力で生じた水銀標的容器の振動を光学的な振動計を用いて計測し、マイクロバブル注入による衝撃力の低減効果を実証した (図4) 。実際の中性子源施設の運転でマイクロバブルの効果を実証したのは世界で初めてである。 |
【 今後の展開 】 マイクロバブル注入システムはまだ調整運転の段階にあるが、今後、その能力を最大限に発揮できるようになれば、衝撃力の低減効果を更に高めることができると考えられる。これは、J-PARCのパルス中性子源の高出力化を大きく前進させ、物質科学、生命科学の分野で世界をリードする革新的な成果の創出に貢献するものと期待される。 |
【 本件問い合わせ先 】 J-PARCセンター 広報セクションセクションリーダー 坂元 眞一 (サカモト シンイチ) TEL : 029-284-3587FAX : 029-282-5996E-mail : shinichi.sakamoto@j-parc.jp |
【 用語説明 】 ※1 水銀標的ステンレス鋼製の容器内に水銀を流動させ、陽子ビームを照射して水銀との核反応で中性子を発生させる装置。陽子ビームの照射によって水銀中で発生する強い圧力波の衝撃力で容器が損傷するので、大強度中性子源を実現する上で大きな課題となっている。※2 圧力波圧力の高い所と低い所が交互に伝わって行く波。音も圧力波の一種。水銀では強い圧力波ができるため、衝突した時の衝撃力で容器に損傷が生じる。※3 J-PARC (ジェイパーク) 独立行政法人日本原子力研究開発機構 (JAEA) と大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構 (KEK) が共同運営する大強度陽子加速器施設 (Japan Proton Accelerator Research Complex) 。
※4 パルス中性子源100万分の1秒という短い時間に大量の中性子を発生させ、これを繰り返し行う装置。J-PARCでは1秒間に25回発生させる能力がある。1秒あたりに発生する中性子の量が多いほど大強度の中性子源となる。※5 パルス陽子ビーム100万分の1秒という短い時間に集中して強い陽子ビームを発生させたもの。これを水銀標的に照射することでパルス中性子源となる。 |
[関連ページ] プレス発表 [KEK発表]
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