【 用語説明 |
用語1 革新型蓄電池先端科学基礎研究事業 (RISING プロジェクト) : 京都大学及び産業技術総合研究所関西センターを拠点として、13大学・4研究機関・13企業がオールジャパン体制で集結し、現状比5倍のエネルギー密度を有する革新型蓄電池の実現を目指して推進している。国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 (NEDO) の共同研究事業。RISING とは、Research and Development Initiative for Scientific Innovation of New Generation Batteries の略。 |
用語2 大強度陽子加速器施設 J-PARC : 高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が共同で茨城県東海村に建設し運用している大強度陽子加速器施設と利用施設群の総称。加速した陽子を原子核標的に衝突させることにより発生する中性子、ミュオン、中間子、ニュートリノなどの二次粒子を用いて、物質・生命科学、原子核・素粒子物理学などの最先端学術研究及び産業利用が行われている。 |
用語3 特殊環境中性子回折計SPICA (BL09) 高エネルギー加速器研究機構は、革新型蓄電池先端科学基礎研究事業 ( 用語1) の一環で、オペランド測定 ( 用語8) を主目的とした中性子回折計「特殊環境中性子回折計 (SPICA : BL09) 」を設計・開発し、大強度陽子加速器施設J-PARC ( 用語2) に設置した。回折計として高分解能と高強度の相反する性能を共存させるために、中性子源としてJ-PARCで開発された高分解能モデレータを利用し、SPICAを構成する光学デバイス、機器等をすべて専用に設計することで、高精度・高強度で粉末構造解析が行えるシステムとして完成させた。さらにオペランド測定のための専用の試料周辺環境と時分割測定のためのデータ集積システム等を備えた、電池研究に特化した仕様とした結果、SPICAは、世界唯一の蓄電池中性子ビームラインとして、蓄電池反応を原子レベルでリアルタイムに計測する研究に活用されてきた。 |
用語4 18650型円筒リチウムイオン電池 リチウムイオン電池の規格の一つ。直径 18mm、長さ 65mmの外形を有した円筒型の電池で、正負極およびセパレータを捲回して円柱状に成形し、円筒型の外装ボディに挿入されたもの。 |
用語5 Cレート Cレートとは、所定の公称容量の電池を定電流放電して1時間で満放電することのできる電流値を示す。同じ公称容量の電池では、Cレートが大きくなると電流値は大きくなり、短時間で放電させることに対応する。一方Cレートが小さくなると電流値も小さくなり、長時間の放電をさせることに対応する。 |
用語6 飛行時間法 (TOF法) 陽子加速器により加速された陽子をターゲットに衝突させることで、パルス状の中性子が飛び出す。発生した中性子はエネルギーの違いに応じて速度が異なる。中性子が発生してから検出器に到達するまでに要する時間 (飛行時間) と、中性子源〜検出器の距離から中性子の波長が精密に測定できる。 |
用語7 18650型円筒リチウムイオン電池 実際に電池として、作動する一方で、性能を追求した仕様によって製作された電池ではなく、分析等の別の目的の達成のために理想的な形状に改造された試験用電池。 |
用語8 オペランド測定 オペランド測定は in situで行う測定方法であるが、より限定された条件での測定を示す。 ex situ と in situ は、対義語として用いられる。ex situ測定とは、測定のために、系を解体 (分解) するなどにより、反応後に取り出された試料を測定するのに対して、in situ測定は、系を非破壊のまま、そのままの状態もしくは、その場で測定することを指す。一方、オペランド測定では、非破壊かつ、特に「その系の動作環境下」で現象を測定する。 |
用語9 リートベルト解析 粉末中性子回折データや粉末X線回折データの解析手法の1つ。測定した試料に含まれるであろう結晶相の構造モデルに基づく回折データの計算値と実測された回折データから、最小二乗法フィッティングにより結晶構造を精密化する手法。 |
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図1 実用蓄電池オペランド測定用中性子回折計 (BL09 : 特殊環境中性子回折計、SPICA) の外観図 (A) および、実験の概要図 (B) 。オペランド測定は、非破壊のまま18650型円筒リチウムイオン電池 (C) をSPICAの中心に設置し、電池に電気を流し充放電反応を進行させたまま、パルス中性子を照射し電池反応をリアルタイムに観測する。中性子は金属に覆われた蓄電池内部まで透過し、電極で散乱 (回折) され、検出器に到達する。検出器に到達した中性子の時刻と角度をデータ処理すると、観測結果として回折図形が得られる。この回折図形には、18650型円筒電池の拡大図 (D) に示すように、正極、負極、集電体、電池のケースからの固有の回折線が含まれる。これらの回折線の変化を解析することでリアルタイムな電池反応に伴うリチウムイオンを含むイオン (原子) の配列や濃度 (占有率) の変化を解析できる。 |
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図2 リアルタイム観測により得られた充放電中の電極材料の構造解析例。正負極材料、集電体、電池の外ケースの結晶構造を基に、リートベルト解析 (用語9) を行い、それぞれの材料の存在比率と各材料を構成する原子配列とその濃度 (占有率) を精密化した。観測値と計算値の差 (観測値-計算値) が小さく、それらがよく一致しており、得られた構造情報の信頼性が高いといえる。 |
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図3 放電時の電極材料の相変化。0.05 (A) 、0.1 (B) 、0.5 (C) 、1 (D) 、2 (E) Cレートによる放電時のカーボン負極の00l反射の変化を示している。それぞれの図中に放電に伴う電圧変化も示している。グラファイト負極は、構造中のリチウムイオンの分布の違いで、ステージ構造と呼ばれる異なる面間隔の回折線を示す。0.1C以上の放電レートでは、放電中反応に寄与しないと考えられるStage 3Lの回折線が常に存在し、不均一な電池反応が進行することを示している。2Cレート (E) で放電した場合、Stage 4L相がStage 3Lに徐々に変化し、放電後に電池内部で緩和反応が進行する様子を観測した。高い電流が電極合材中で不均一なリチウムイオンの分布を生成すると考えられる。 |
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図4 放電時と充電時で異なる反応機構を示すグラファイト負極。0.05Cレートの充電 (A, C) と放電 (B, D) によるグラファイト負極の00l反射の変化を充電 (放電) 時間に対して示している。充電放電ともに、Stage 2からStage 3の相変化が存在するが、放電時にだけStage 2後半にStage 2L相を経由してStage 3へ相変化が観測された。このように充電と放電においてグラファイト負極で反応機構が異なることを明らかにした。 |