【 背景 】 
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中性子回折には、単波長の原子炉中性子源を用いる方法と、さまざまな波長をもつパルス中性子源を用いる方法があります。パルス中性子源は強度が強く、測定時間を大幅に短縮できるという利点があり、タンパク質の単結晶の回折への適用が広がっています。世界に導入されているパルス中性子源としては、イギリスのISIS (註1) 、アメリカのSNS (註2) 、日本のJ-PARCがあり、ヨーロッパや中国でもESS (註3) とCSNS (註4) といった施設が建設中で、タンパク質中性子回折データ測定の世界的潮流はパルス中性子源に移行しています。
X線源に比べれば中性子源の強度は著しく弱く、分子量が大きいタンパク質の中性子回折データについては、回折斑点の弱い強度をより高精度に決定する方法が必要になります。単波長のX線や原子炉中性子を用いたタンパク質の回折データに対しては弱い回折斑点強度を精度良く決定する方法が適用可能となっていますが、さまざまな波長をもつパルス中性子を用いた回折データに対しては反射が非対称な形をしているため、まだ十分に適用できていませんでした。 |
【 研究の概要 】 
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タンパク質中性子回折データ測定の世界的潮流は、単波長の原子炉中性子源を用いた方法からパルス中性子源を用いたものへと移行しているものの、そのデータ処理精度は芳しくありませんでした。今回の研究は、この状態の改善への第一歩を歩み出したものです。それまで単波長のX線や原子炉中性子を用いた回折に使われていたプロファイルフィッティング法という高精度の手法を、パルス中性子を用いたタンパク質の回折において実用化することに成功しました。 |
J-PARCの強力なパルスを中性子源とするiBIX (図1) では、中性子が発生してから検出器に到達するまでの時間で波長を区別する「飛行時間法」と呼ばれる方法を用います。J-PARCの開発による、波長の識別能をもつ2次元検出器で測定される回折斑点は、検出器座標軸に波長軸を加えた3次元軸を持つことになります。 |

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図1 茨城県生命物質構造解析装置iBIX。30台の検出器と3軸ゴニオメーターを備えている。 |
研究グループでは、これまで2次元の強度分布をもつX線や原子炉中性子の回折データにのみ用いられていたプロファイルフィッティング法を、3次元の強度分布をもつパルス中性子の回折データで検討しました。 |
今回の方法では、回折斑点の強度分布に関数を最小二乗法でフィッティングし、得られた関数を積分することで強度を見積ります。3次元の強度分布に対して、どのようにして関数をフィッティングするのかという問題を解決するため、横軸波長、縦軸強度の1次元の強度分布に変換しました。この強度分布は非対称な形状をしています。単波長のX線や原子炉中性子の回折データ処理で使用されている対称なガウス関数を用いて非線形最小二乗法によりフィッティングすると、強度分布に対して一致しません (図2左) 。回折斑点の非対称な強度分布に対して一致の良い非対称な関数を検証した結果、4つの関数が適用可能でした。その中からパラメータ数が5個と少ない、ガウス関数と指数関数を畳込んだ関数を使用することにしました (図2右) 。 |

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図2 横軸TOF (註5) の非対称な強度分布に関数を非線形最小二乗法でフィッティングした結果 左) 対称なガウス関数でフィッティング 右) 非対称なガウス関数と指数関数を畳込んだ関数でフィッティング |
次に、「同一の結晶向きにおいて同一の検出器で観測された回折斑点では、波長が近いと強度分布の形状が似ている」という仮定に基づいて、強度の弱い回折斑点の強度を決定する手順を検討しました。2つのタンパク質単結晶の中性子回折データにプロファイルフィッティング法を適用したところ、従来法である積算法 (註6) と比べて回折斑点の強度を精度良く決定することができました。標準的な試料であるリボヌクレアーゼA (リボ核酸を分解する酵素の一種) を例とした場合、回折データの精度を示す指標の1つであるRint (註7) が最も強度の弱い回折斑点群で0.375から0.280へと絶対値で9.5%低下しました。強度の弱い回折斑点に対して特に有効であり、タンパク質の回折データ処理に適した方法であるといえます。実用化した方法は回折データ処理ソフトSTARGazerに実装され、iBIXのユーザーが容易に利用できるようにしました。 |