【 研究の内容 】 |
オルトケイ酸 (Si (OH) 4) は、テトラアルコキシシラン (Si (OR) 4) や四塩化ケイ素 (SiCl4) の加水分解によって生成するが、速やかに脱水縮合して、最終的にはシリカ (SiO2) になるため単離例は皆無である (図1) 。 |
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図1. 従来法 (加水分解) の問題点 |
オルトケイ酸が不安定で単離できないのは、加水分解の際の水が、その後の脱水縮合に大きく影響していると考え、水を使わないオルトケイ酸の合成反応を開発した。ベンジルオキシ基を4つ有するテトラベンジルオキシシランを、アミド溶媒中においてパラジウムカーボン触媒 (Pd/C) を用いて水素化分解する手法を開発することで、オルトケイ酸を収率良く (96%) 合成できた (図2) 。また、今回開発した水を使わない反応では、生成したオルトケイ酸が非常に安定に存在できる。 |
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図2. 今回開発した水を使わないオルトケイ酸の合成法点 |
結晶化を促進させるためにテトラブチルアンモニウム塩 (nBu4NX, X = Cl,Br) を反応溶液に加えると、オルトケイ酸と加えたアンモニウム塩からなる単結晶を得ることができた。この単結晶の構造を明らかにするためX線結晶構造解析と中性子結晶構造解析を行った。X線結晶構造解析の結果、オルトケイ酸は正四面体構造であり、ケイ素-酸素結合の平均結合長は0.16222ナノメートルで、酸素-ケイ素-酸素結合の平均結合角は109.76oであった (図3) 。また、J-PARCセンターとCROSSが行った中性子結晶構造解析により、酸素-水素結合の平均結合長が0.0948ナノメートルであることも分かり、世界で初めてオルトケイ酸の詳細な分子構造を明らかにした。 |
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図3. オルトケイ酸の分子構造の構造解析結果 |
オルトケイ酸とテトラブチルアンモニウム塩が水素結合を介して複合して粉状になっているもの (左) とその分子構造 (中央、右) 。赤:ケイ素、青:酸素、白:水素、緑:窒素、灰色:炭素、黄色:塩素 である。 |
また、オルトケイ酸の脱水縮合の過程で生成すると考えられているオリゴマー (2量体、環状3量体、環状4量体) も、同様の反応により合成し、X線結晶構造解析によってそれらの構造を明らかにした (図4) 。 |
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図4. オルトケイ酸のオリゴマーの分子構造左から2量体、環状3量体、環状4量体 |
オルトケイ酸とそのオリゴマーを安定に合成できるようになったことから、これらをビルディングブロックとして用いた高機能・高性能シリコーン材料の開発や革新的なシリカ製造プロセスの開発が期待される。また、安定なオルトケイ酸を用いることで、植物や動物のシリカ摂取のメカニズム解明に貢献することが期待される。 |
【 用語の説明 】 |
◆ オルトケイ酸 ケイ素に水酸基-OHが4つ結合した化合物。化学式Si (OH) 4で表される。弱酸性を示す化学種であり、ガラス (シリカ) の基本単位である。 |
◆ 有機ケイ素材料 分子内にケイ素-炭素結合をもつケイ素化合物の総称。シリコーンもそのうちの一つ。 |
◆ シリカ 二酸化ケイ素の通称。石英、クリストバライトなどの結晶性シリカとシリカゲル、ケイソウ土などの非晶質シリカに大別される。いずれもSiO4の四面体が酸素原子を共有して三次元的に連なった構造。シリカゲルは化学的・物理的安定性に優れ、表面積などの細孔特性を広範囲に制御できることから、乾燥剤、吸着剤、触媒担体、医薬品・食品添加など幅広い用途に使用されている。 |
◆ ゼオライト ケイ素の一部がアルミニウムに置き換わった結晶性のシリカ。天然鉱物として産出されるものや人工的に合成されるものがある。イオン交換や吸着剤、触媒など幅広い分野で使用される。 |
◆ シリコーン シロキサン結合 (-Si-O-Si-) を主骨格とし、ケイ素原子にさらにアルキル基、アリール基などの有機基が結合した高分子化合物の総称。重合度、有機基、高次構造などにより、オイル、グリース、ゴム、樹脂などの形態をとる。耐熱性が高く、撥水性、電気絶縁性、耐薬品性に優れるため、電気・電子、自動車、化粧品・トイレタリー、建築・土木などさまざまな産業分野で使用されている。 |
◆ アルコキシシラン ケイ素上に1つ以上のアルコキシ基をもつ化合物の総称。アルコキシ基は-O-Rのこと。Rはアルキル基。 |
◆ 塩化ケイ素 ケイ素上に1つ以上のクロロ基 (塩素) をもつ化合物の総称。 |
◆ 前駆体 ある化合物を合成する際に原料となる化学種のこと。 |
◆ 単離 さまざまな物質が混ざっている状態から、ある特定の物質のみを取り出すこと。 |
◆ シロキサン結合 ケイ素‐酸素‐ケイ素 (Si-O-Si) 結合。シリコーンの主骨格である。 |
◆ 加水分解、脱水縮合 加水分解とは化合物が水と反応して、分解生成物が得られる反応のことで、脱水縮合は、2個の分子がそれぞれ水素原子と水酸基 (-OH) を失って水分子が離脱し、分子が結合して新たな化合物をつくる反応を指す。加水分解/脱水縮合法では、加水分解と脱水縮合を繰り返すことでシロキサン結合を形成する。 |
◆ シラノール 水酸基 (-OH) を持つケイ素化合物の総称。オルトケイ酸やそのオリゴマーもシラノールに分類される。 |
◆ パラジウムカーボン触媒 (Pd/C) 活性炭素 (C) の上に金属パラジウム (Pd) をくっつけた触媒。ベンジルオキシ基の水素化分解によるアルコール合成や炭素不飽和結合に対する水素付加、クロスカップリング反応触媒などとして幅広い反応に用いられる。 |
◆ アミド溶媒 アミド結合 (N-C=O) をもつ液体化合物の総称。N,N-ジメチルアセトアミド、N-メチルアセトアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、テトラメチル尿素などが一般的である。 |
◆ ベンジルオキシ基 -OCH2C6H5のこと。有機合成反応においてアルコールを保護するために用いられる。Pd/C触媒による水素化分解によりアルコールとトルエンを生じる。 |
◆ 水素化分解 水素分子を用いて結合を切断する反応。ベンジルオキシ基からPd/C触媒と水素によりアルコールとトルエンを生じる反応もこの反応のひとつ。 |
◆ 単結晶 結晶では、原子や分子が三次元的に繰り返して規則的に配列しているが、固体全体が1つの結晶からなるものが単結晶。 |
◆ X線結晶構造解析 試料にX線を照射し、その回折パターンから、試料の結晶構造を解析すること。 |
◆ 中性子結晶構造解析 試料に中性子線を照射し、その回折パターンから、試料の結晶構造を解析すること。原理はX線結晶構造解析と同じだが、X線が電子で散乱されて回折するのに対して中性子は原子核で散乱されて回折する。また、軽元素に対する感度が高いので、電子を1個しか持たずX線結晶構造解析では観測が難しい水素原子の位置を高い精度で観測できる。 |
◆ オリゴマー 比較的少数のモノマー (単量体) が結合し、分子量が大きくなった分子のこと。モノマー2分子からなる重合体を2量体と呼び、3分子からなる重合体を3量体と呼ぶ。 |