研究の成果 |
鉄鋼の変形中の相ひずみ・応力、相分率、集合組織、転位などのミクロ情報は、鉄鋼の特性の理解に欠かせません。TRIP鋼の試験片のこれらの平均的なミクロ情報を測定するには、顕微鏡より中性子回折が適しています。中性子は物質への透過能力が高く、回折により原子配列を見るため、大きな試験片内部の原子配置の測定に応用できるからです。 |
しかし、TRIP鋼の回折実験はこれまで困難でした。変形中の相変態で生じるマルテンサイトの原子配列が母相のフェライトと非常に似ているため、区別が難しいからです。さらに、従来の変形中の中性子回折実験では、統計の良いデータを得るために、変形量を段階的に与えてから変形試験を止めており、その間に応力緩和が起こって、フェライトとマルテンサイトのピークの区別がしにくいという課題がありました。 |
そこで研究グループは、J-PARC MLFの中性子ビームと「匠」を利用し、試験片の変形試験を止めることなく、連続して中性子回折実験ができる手法を開発し、TRIP鋼の試験片 (長さ5p) を破断するまで引っ張りながら、その場での中性子回折を行いました。 |
その結果、変形量が約20%での回折データから、フェライトとマルテンサイトのピークが区別でき、それぞれの相の挙動を解析できました (図2) 。そして、マルテンサイトの回折ピーク位置から各相の格子ひずみを求め、その値からマルテンサイトの応力を初めて得ました。その大きさはフェライトや残留オーステナイトの応力より3〜4倍と一番大きく、2ギガパスカル (GPa) 程度から3GPaまで大きいことがわかりました。 |
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第2図 TRIP鋼の引っ張り変形量が約20%での回折データ |
また、残留オーステナイトの体積率 (量) は変形とともに徐々に減り、マルテンサイトに変わることがわかりました。しかし、内部組織形状、マンガン (Mn) とケイ素 (Si) の含量 (重量比) はほぼ同じで、炭素 (C) 含量が0.2%、0.4%と異なるTRIP鋼で比較すると、外力に対するマルテンサイトと残留オーステナイトの各応力はほぼ同じであることもわかりました (図3) 。つまり、TRIP鋼の炭素含量の違いは相変態による強度変化に影響しないとことが明らかになりました。 |
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第3図 TRIP鋼を引っ張りながらその場での中性子回折実験から得られたフェライト、残留オーステナイトとマルテンサイトの相応力。0.2C TRIP:炭素 (C) 含量 (重量比) が0.2%のTRIP鋼。0.4C TRIP:C含量が0.4%のTRIP鋼。 |
さらに研究グループは、この実験で得られた各構成相の応力と分率を掛け算し、各相の全体の強度への寄与を計算しました (図4) 。残留オーステナイトはフェライトよりも硬いので、変形初期では寄与が大きく、その後、変態して体積率が小さくなることで、寄与が減ることがわかりました。マルテンサイトは相の応力が一番大きいのですが、初期段階では体積率は非常に少ないため、全体への寄与は小さいことも明らかになりました。しかし、変形が進み、マルテンサイトの応力が大きくなるとともに、体積率も増えて、材料の強化への寄与が相乗的に増大しました。変形とともに小さくなった残留オーステナイトの寄与は、変態したマルテンサイトの増加で十分に補われることが明らかになりました。 |
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第4図 TRIP鋼を引っ張りながらその場での中性子回折実験から得られたフェライト、残留オーステナイトとマルテンサイトの各構成相の強度への寄与。 |