【研究内容と成果】 |
J-PARCのハドロン実験施設では、中性K中間子の稀な崩壊Kʟ → π0ννを探索する国際共同研究:KOTO実験 (実験責任者:山中卓 大阪大学理学研究科教授、共同代表者:Yau W. Wah シカゴ大学エンリコ・フェルミ研究所教授) が行われています。KOTO (コト) という略称は"K0 at TOkai" (中性を表すゼロをオーと読み替える) から来ています。大阪大、KEK、J-PARCセンター、京都大、山形大、防衛大、佐賀大、岡山大のほか、米国のシカゴ大、ミシガン大、アリゾナ州立大、台湾の国立台湾大、韓国の高麗大、全北大、済州大、ロシアのJINR研究所から69名の研究者が参加しています (図1) 。この実験は文部科学省、日本学術振興会、米国エネルギー省 (DOE) 科学局 (SC) 高エネルギー物理学部門 (HEP) 、台湾教育部 (MOE) 、台湾國家科學委員會 (NSC) /科技部 (MOST) 、韓国研究財団 (NRF) のサポートを受けて行われています。現時点で、Kʟ → π0νν崩壊を研究する世界で唯一の実験です。 |
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図1. KOTO実験の共同研究者たち。 (2018年6月、実験グループが撮影) |
ハドロン実験施設では、メインリング加速器から取り出された30ギガ電子ボルトのエネルギーの陽子ビームを実験ホールで金の標的に衝突させて様々な二次粒子を生成し、素粒子原子核物理実験を行います。KOTO実験では、標的で生成された中性K中間子を長さ20メートルのビームラインでホール南側のフロアにある実験エリアへ導きます。直径4メートル、長さ6メートルの円筒形の真空容器の中に測定器が設置され、真空中で中性K中間子が崩壊して生じた粒子を検出します (図2、図3) 。Kʟ → π0νν崩壊のニュートリノは検出できないので、中性パイ中間子がすぐに崩壊して生じる二つのガンマ線を後方に設置した電磁カロリメータ注4で精密に測定します。二つのガンマ線以外にも粒子が出ていればこの実験で測ろうとしているKʟ → π0νν崩壊ではないので、そうした背景雑音 (バックグラウンド) 事象を検知して取り除くために、中性K中間子が崩壊する領域をガンマ線検出器や荷電粒子検出器で覆います。 |
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図2. KOTO実験の測定装置の概略図。中性K中間子のビームは左から真空容器に入る。紫色で描かれている電磁カロリメータで中性パイ中間子からの二つのガンマ線を測定する。 |
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図3. J-PARCのハドロン実験施設にあるKOTO実験の測定装置。青色に塗られたタンクが真空容器。下流側から撮影。 |
KOTO実験は2009年度にビームラインを、2010年度に電磁カロリメータを建設し、東日本大震災を経て2012年度に測定器を完成させて2013年度に最初の運転を数日間行い、ハドロン実験施設が利用運転を再開した2015年4月より本格的なデータ収集を開始しました。 |
中性K中間子の主要な崩壊 (Kʟ → π0π0π0、Kʟ → π0π0、Kʟ → π0π+π-、…) やビームに含まれる中性子によって生じるバックグラウンド事象からKʟ → π0νν崩壊だけをより分けて検出するのは非常に困難で、いったん完成したKOTO実験の測定器に対してもこれまで多くの改良が施され、また収集したデータの解析も時間をかけて慎重に行われました。 |
今回得られたのは、2015年の4月から6月、10月から12月にハドロン実験施設で実施された合計68日の利用運転期間のデータを解析した結果です。Kʟ → π0νν崩壊の割合は三億分の一より小さいという、これまでで最も厳しい制限を与えました (図4) 。 |
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図4. KOTO実験の2015年データの解析の最終結果。横軸は中性パイ中間子のビーム軸上での崩壊位置、縦軸は中性パイ中間子の横方向の運動量。黒の数字は各領域にある事象の数で、赤の数字は予想されるバックグラウンド事象の数。赤い線で囲まれた信号領域に、Kʟ → π0νν崩壊の候補となる事象は観測されませんでした。 |