【 研究内容と成果 】 |
研究グループは、粉砕加工した場合 (大きさ8〜9 nm) としない場合 (大きさ約100 nm) のMgH2のμSR測定を極低温から水素脱離温度をまたいだ高温までの幅広い温度領域で実施し、そのうちの比較的高温領域については同時に脱離した水素ガス圧力も測定する「その場同時測定」を行った。初期実験は、カナダ素粒子加速器センター (TRIUMF) およびJ-PARC (※1) のミュオンビームラインで行い、そこで得た知見に基づき、イギリスのパルス中性子・ミュオン源実験施設 (ISIS) のミュオンビームラインを用いて測定を行った。 |
低温でのμSR時間スペクトル (※2) は、既に報告されているものと同様、特徴的な振動パターンを示した (図2 (a) ) 。このパターンは、ミュオン (μ) が水素 (H) とH-μ-HやH-μの形の一直線上の結合状態を形成し、水素の原子核がつくる一様な向きの内部磁場をミュオンが感じていることを示している。 |
300 K (27℃) 以上まで温度が上がると、μSR時間スペクトルは振動のない、時間とともに偏極度 (※2) が減衰するパターンになる (図2 (b) ) 。これは、結晶内に水素の原子核がつくるランダムな内部磁場が存在するために、打ち込んだ時点でそろっていたミュオンの磁石の向きがばらけて偏極度が時間とともに減衰していくことを示しており、水素の熱振動により、H-μ-HやH-μの結合状態が安定に存在できなくなったと考えられる。これらのスペクトルの曲線に偏極度の減衰の理論式を当てはめて解析することにより、内部磁場の分布の様子を表す物理量Δ (デルタ) を求めることができる。 |
図3 に、MgH2から脱離した水素ガスの圧力と結晶内のΔの温度変化を示す。試料を粉砕加工することで水素脱離温度が下がっていることが確認できる。そして、粉砕加工した場合としない場合のΔの温度変化の様子の違いは、粉砕加工すると水素脱離温度よりもかなり低い温度から水素の拡散運動が起こるようになり、温度上昇に伴って拡散運動が激しくなっていくことを示していると解釈できる。このことから、粉砕加工することで粉砕粒の表面から水素の脱離が進むようになり、そうしてできた隙間に別の水素が移動し、順繰りに水素が動くことで、スムーズに脱離するようになり、結果として脱離温度が低下すると考えられる。 |
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図2 粉砕加工したMgH2のμSR時間スペクトル (a) 5 K (-268℃) の低温時のスペクトル 既に報告されているものと同様、特徴的な振動パターンである。このパターンは、ミュオンが水素の原子核がつくる一様な向きの内部磁場を感じていることを示している。 (b) 480 K (207℃) 、520 K (247℃) 、560 K (287℃) でのスペクトル 振動のない、時間とともに偏極度が減衰するパターンである。水素の熱振動により、H-μ-HやH-μの結合体が安定に存在できなくなったことを示している。 |
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図3 粉砕加工しない場合 (左列) とした場合 (右列) のMgH2から脱離した水素ガスの圧力 (上段) と結晶内の内部磁場の分布の様子を表す物理量Δ (下段) の温度変化 点線は水素ガスの圧力が急激に上昇した温度、すなわち水素脱離温度を表す。 |
Δ1,Δ2という大きさの異なる磁場分布を観測しているということは、ミュオンが内部磁場を見ている場所は、水素との位置関係で2か所に大別できるということを示している。粉砕加工した場合のΔ2はしない場合よりも大きくなっている。Δの値はミュオンと水素の距離に反比例するので、これは結晶格子におけるミュオンと水素の位置関係よりも、より近い位置でミュオンが水素の磁場を観測していることを示唆する。つまり、ミュオンは、粉砕粒の表面付近などMgH2が結晶状態でない場所で、粉砕粒内部から出てきた水素、あるいは気中から戻ってきた水素などを観察していると考えられる。このことから、効率よく水素を取り出すには、内部から出てきた水素を速やかに取り除く必要があることが示唆される。 |
さらに、粉砕加工しない場合は水素脱離温度よりも低い温度ではΔ1,Δ2の温度変化がほとんどないのに対し、粉砕加工した場合は、水素脱離温度よりもかなり低い温度から、温度が上昇するにつれてΔ1,Δ2の値がともに低下する。温度上昇に伴うΔの値の低下は、高温で水素の動きが激しくなることに起因している (運動による先鋭化:※3) と考えられ、粉砕加工すると水素脱離温度よりもかなり低い温度から水素の拡散運動が起こるようになり、温度が上がるにつれて拡散運動が激しくなっていくことを示していると考えられる。 |