MLF月間報告2017年08月

研究成果

BL01 バルクおよびナノ粒子パラジウム中の水素原子の振動状態(東京大、京都大、CROSS、J-PARC)

パラジウム(Pd)は高い水素吸蔵能力や触媒機能を有し、古くから研究されてきた金属である。近年、金属をナノ粒子化するとバルクとは異なる特異的な性質が現れることが報告され、さまざまな研究分野で注目を集めている。Pdにおいても、ナノ粒子化すると水素吸蔵特性や触媒機能が大きく変化する。これは、Pd格子間に存在する水素原子の受けるポテンシャル場が表面近傍とバルクでは大きく異なることを示唆している。しかしながら、表面近傍での水素の振る舞いやポテンシャル場の詳細は明らかになっていない。

中性子散乱は水素の構造やダイナミクスを視るのが非常に得意なプローブである。東大・山室グループと京大・北川グループは、良質なPdナノ結晶(直径8nm)を用い、水素原子の配置やダイナミクスについての研究を行ってきた[1,2]。過去の研究から、バルク試料では水素はPdの作る面心立方格子の正八面体サイトを占有することが知られている。MLFのNOVA(BL21)で行った中性子回折実験から、ナノ粒子では、水素は正八面体サイトだけではなく正四面体サイトも占有することが明らかになった(図1)[1]。また中性子準弾性散乱法により、水素原子の拡散挙動を調べたところ、ナノ粒子では、バルクで見られた拡散に加え、活性化エネルギーの小さい速い拡散が見られた[2]。本研究では、水素原子周りのポテンシャル形状についての知見を得るため、中性子非弾性散乱により水素の振動状態を調べた[3]。広いエネルギー領域(0 < E < 300meV)での振動状態を調べるため、チョッパー分光器4SEASONS(BL01)を用いた。

図2はバルクおよびナノ粒子のPd水素化物の振動スペクトルである。両者のスペクトルを比べると、80meV以上のエネルギー領域に違いが見られる。バルク試料の正八面体サイトにおける水素のスペクトルは、量子調和振動子(QHO)で大まかに記述される。ナノ粒子においても一部の水素は正八面体サイトを占有していると考えられるため、ナノ粒子のスペクトルはバルク試料のスペクトルに付加的な励起があると仮定した解析を行った。その結果、80meV以上に現れる付加的な励起はQHOでは説明できず、非調和性の強いトランペット型ポテンシャルにおける振動として記述された(図3)。この付加的な励起は、表面近傍で安定化された正四面体サイトの水素原子の振動だと考えられる。以上のように、我々の行った回折、準弾性、非弾性実験の結果は全て矛盾がなく理解できる。金属ナノ粒子中の水素の構造とダイナミクスを包括的に研究した例はなく、この一連の研究は、金属ナノ粒子の研究にとどまらず、エネルギー関連材料、触媒、表面などの多岐にわたる研究分野において、重要な知見を与えるものである。

参考文献
  1. 1. H. Akiba et al., J. Am. Chem. Soc. 138, 10238 (2016).
  2. 2. M. Kofu et al., Phys. Rev. B 94, 064303 (2016).
  3. 3. M. Kofu et al., Phys. Rev. B 96, 054304 (2017).

図1 パラジウム水素化物中の水素の占有サイト。バルクでは、水素は正八面体サイトのみ、ナノ粒子では正八面体サイトと正四面体サイトを占有する[1]。

図2 中性子非弾性散乱実験で得られた(a)バルクおよび(b)ナノ粒子Pd中の水素の振動スペクトル[3]

図3 Pd格子間に存在する水素原子のポテンシャル[3]

BL16 中性子反射率用集光ミラーの開発(理研 山形Gr.、京大 日野正裕氏との共同研究)

中性子反射率法において、通常用いられる試料サイズは数cm角程度であるが、特に最先端の試料においてはより小さな試料サイズでの測定が好ましい。一方、ダブルスリットを用いた光学系においては、ビーム強度はビーム進行方向に対する照射面積の自乗に比例するため、サイズが小さくなるに従って測定時間が劇的に伸びるという問題がある。そこで、我々はJ-PARCの中性子反射率計SOFIAに設置可能な大面積一次元楕円集光ミラー(長さ550 mm、幅60 mm)を京大、および理研と連携して開発している(図1)。1次元楕円集光ミラーを用いた光学系ではビームの発散角が固定となるためビーム強度はビーム進行方向に対する照射面積に比例する。つまり、試料サイズが小さくなっても発散角を増やす事により、ビーム強度の低下を補償することができることが大きな利得となる。また、ミラーの母材として加工しやすいアルミ基板を採用することにより、将来的には回転楕円形状をした2次元集光ミラーの開発も可能になると期待している。

昨年度発表した論文[1]では1次元集光ミラーのプロトタイプを作製し、半値全幅で0.34 mm集光を実現すると共に、中性子反射率測定において約3倍の強度ゲインが得られることを確認した。その後、集光ミラー改良のために製造工程の洗い出しを行った結果、自重によるたわみ、固定の際の応力によるたわみ、位置決め精度の不足に起因した形状誤差が集光スポットのサイズを大きくしている原因であることが明らかになった。また、プロトタイプは研磨過程で付着した研磨剤の洗浄が不十分で、ミラーの縁の一部が剥離する、ミラーの反射率が60~80%にとどまるなどの問題が生じていた。そこで我々は、ケルビンクランプを用いたミラーの固定治具の採用、研磨・洗浄手法の改良といった対策を施した改良版を製作した。このミラーはレーザー干渉計による評価によると形状誤差および傾き誤差がそれぞれ0.18 μm (RMS)および16 μrad (RMS)で、ここから予想される集光スポットのサイズは半値全幅で0.16 mmである。また、プロトタイプで見られたミラーの剥離も確認できなかった。

このミラーをSOFIAで評価した結果を図2に示す。まず、成膜を施したスーパーミラーについて評価するために、集光ミラーの長手方向に対して垂直にビームを入射し、中性子反射率の測定を行った。測定は10 mm×10 mmのエリアに中性子が照射されるようビームを絞り、ミラーの位置を少しずつ移動させることによって場所による反射率のばらつきを評価した。その結果、最初のプロトタイプでは反射率が60~80%であったのに対し、第2プロトタイプでは70~90%と大きく改善したことが確認できた。この際、研磨時間が長い下流側のミラーの方において反射率が全体的に高い傾向にあることから、研磨時間を十分にとることで高い反射率が得られると考えられる。次に実際にミラーをビームラインに設置し、仮想光源を0.05 mmに絞って試料位置での集光像を評価した結果、最初のプロトタイプで半値全幅が0.34 mmであったのに対し、第2プロトタイプでは0.17 mmとこちらも大きく改善されたことを確認した。また、得られた集光像はきれいなピークを示しており、形状誤差に起因した像の歪みが大幅に改善されている。その一方、集光像はミラーの界面が荒れている際に現れる散漫散乱によると見られる裾を引いていることが明らかとなった。

今回の改良版ではプロトタイプと比較して劇的な性能向上を達成することに成功した。一方で、反射率のムラや散漫散乱による裾といった問題点も明らかになった。現在、これらの問題を解決するためのR&Dを進めており、反射率のムラが無く、試料位置で0.1 mmのビーム幅が達成可能な集光ミラーの開発を行っている。

この結果はOpt. Express 誌に掲載された[2]。

参考文献
  1. S. Takeda, Y. Yamagata, N. L. Yamada, M. Hino, T. Hosobata, J. Guo, S. Morita, T. Oda, and M. Furusaka, "Development of a large plano-elliptical neutron-focusing supermirror with metallic substrates", Opt. Express 24, 12478-12488 (2016)
  2. T. Hosobata, N. L. Yamada, M. Hino, Y. Yamagata, T. Kawai, H. Yoshinaga, K. Hori, M. Takeda, S. Takeda, and S. Morita, "Development of precision elliptic neutron-focusing supermirror", Opt. Express 25 (2017) 20012-20024.

図1 SOFIAにおける集光ミラーを用いた反射率測定の模式図

図2 SOFIAを用いた集光ミラーの評価結果

論文リスト

学術誌

プロシーディングス

その他刊行物

受賞

Effect of Charged Group Spacer Length in Zwitterionic Sulfobetaines for Hydration State of Poly(sulfobetaine) Brushes

  • 2017-07-25