震災からの復旧 (その8) - 悪いことばかりじゃない ターゲット交換- 
  みなさん、こんにちは。今回は、物質・生命科学実験施設の中性子発生用ターゲットの交換についてお話しします。

  長さ約140m、幅約70m、ジャンボジェット機が2機入れられるほど大きな物質・生命科学実験施設の中心には、重要な装置があります。それは中性子を発生させるためのターゲットです。J-PARCでは、加速器を使って陽子を光の速さ近くまで加速します。

  その陽子のかたまりである陽子ビームは、ターゲットにぶつかります。するとターゲットの中にある水銀という金属の原子核がバラバラに壊され、たくさんの中性子が発生します。ちょうど、アメリカのメジャーリーグに行ったダルビッシュ投手が投げる、時速150qのスピードボールが的にぶつかると、その的がバラバラに壊れてしまうような感じです。

  このターゲットはステンレスで作られていて、長さ約2m、幅約80pの、鳥のクチバシのような形をしています。このクチバシの先端に陽子ビームがぶつかります。そしてこのターゲットは、重さが約1.6トンもあります!

  ターゲットの内部にはU字型のパイプが通っていて、そこを水銀が流れています。水銀は体温計などに使われていますが、普通の温度で液体である、とても変わった金属です。J-PARCで使っている水銀の量は約20トンにもなりますが、これは日本で1年間に使う水銀の全ての量と同じくらいです。



  地震によってこのターゲットの一部が壊れてしまい、交換することになりました。交換作業には遠隔操作のロボットなどを使います。作業は慎重に行いましたが、地震の影響でロボットが使えないところなども見つかり、とても大変でな交換作業でした。

  ターゲットを交換する時は、水銀を全部、別のタンクに移します。水銀は交換する必要はありません。ターゲットを交換し終わったら、また元のように水銀をタンクからターゲットに送り込みます。

  さて、交換作業も無事に終わって、いよいよ新しいターゲットを使って試験をしてみたところ・・・、何と、地震の前よりも良い結果が得られたのです! これには、みんなとても喜びました。苦労してターゲットを交換して、本当に良かったと思いました。

  今回の地震で、J-PARCも大きな被害を受けましたが、みんなで復旧作業に頑張ってきました。頑張ってやっていれば、悪いことばかりじゃない、こんな良いこともあるのだ! としみじみ感じました。

  (続く) 
震災からの復旧 (その7) - 地下トンネルは水との戦い パート2 - 
  みなさん、こんにちは。水との戦い、パート2です。前回はトンネル内に溜まった地下水の排水についてお伝えしました。今回は、その後の復旧作業についてです。

  トンネル内の排水ができたら、それで復旧できたわけではありません。床に並べられていた一部の真空ポンプなどは水をかぶってしまったので、1台1台取り外して乾燥させて、場合によっては分解修理を行い、電気を流す試験なども行いました。機器が元通り正常に動くことを、きちんと確認しました。

  また、トンネルもそのままでは水漏れは止まりません。天井から落ちてくる地下水が機器にかかってしまうものもあります。少しでも早く、漏れてくる水を止めなくてはなりません。

  水漏れを止める作業は、とてもたいへんでした。まず床や天井、壁などをきれいに拭き取って、水が漏れてくる場所を見つけます。細いひび割れを見つけたら、その場所にウレタンという樹脂を注入します

  最初に、ひび割れに沿ってドリルで小さな穴を開けます。その穴からウレタン樹脂を注入します。注入されたウレタンは膨張するので、それによってひび割れのすき間が埋められて、水漏れが止まるのです。

  ひび割れした箇所は何カ所も見つかりました。50GeVシンクロトロンはトンネルの長さが1,600mもあります。修復する場所もたくさんありましたが次々と作業を進めました。

  また床ばかりでなく、地下トンネルの天井からも水漏れがあります。天井のコンクリートにドリルで穴を開け、そこにウレタンを注入する作業は、とてもたいへんな作業でしたが一生懸命おこない、トンネルの水漏れはほとんど止まりました。

  このようにしてJ-PARCの復旧作業は一歩一歩すすめられたのです。

  (続く) 
震災からの復旧 (その6) - 地下トンネルは水との戦い パート1 - 
  みなさん、こんにちは。今回は加速器が並んでいる地下トンネルの中であった、水との戦いのお話しです。「戦い」と言うのは少しおおげさですが、復旧作業にとても苦労しました。

  すでにお伝えしたように、J-PARCの加速器は、地下およそ15mに強固な鉄筋コンクリート作られたトンネルの中に据え付けられています。鉄筋コンクリートの厚さは2m以上! 場所によっては5m以上の厚さがあります。

  こんなガッチリとした鉄筋コンクリートで作った地下トンネルですが、地下水が少しずつ浸み出してくるのです。コンクリートはドロドロの状態でミキサー車などによって運ばれてきて、鉄筋を組んだ枠の中に入れて固まらせるのですが、固まる時に少し縮む性質があります。

  そのため固まった後に、髪の毛よりもさらに細いすき間やひび割れができてしまうことがあります。この位のひび割れはコンクリートの強さや構造には全く影響がないのですが、地下水はしみ込んで来てしまう場合があります。

  しばらくたつと、コンクリートが地下水と反応して結晶になり、ひび割れやすき間は徐々に埋まっていき、水はしみ込まなくなります。J-PARCの加速器の地下トンネルも、すでに水はほとんどしみ込まなくなっていました。

  しかし、今回の大きな地震で、再びそのすき間がわずかに広がってしまったようです。トンネル内にまた地下水がしみ込んできたのです。普通は、しみ込んだ地下水はタンクに集められ、ポンプで地上に上げて排水しています。

  でも地震の影響で、J-PARCは1週間以上停電の状態が続きました。停電の間は電気で動く排水ポンプは動かせません。水は少しずつ溜まっていき、10pくらいの深さになってしまいました。

  トンネルの天井部分から垂れてくる水もありましたが、地震からしばらくの間は停電で照明もなかったので、なかなか対策ができず、装置に水がかからないようにビニールシートを被せるのが精一杯でした。

  水はどんどん溜まってくるので、そのままにしておく訳にはいきません。発電機やホースを集めて、少しずつ排水を行いました。さらに、コンクリートのすき間を通ってきた水は、アルカリ性になっています。そのまま排水することはできません。酸 (硫酸など) を使って中和させることが必要です。

  しかし地震の影響で一部の道路は通行できず、またガソリンも不足していたので車が動かせず、硫酸を買ったり集めたりすることができませんでした。困っていた時「私たちが持っている硫酸を使って下さい」と、茨城大学や筑波大学、あるいは他の研究機関の皆さんが助けてくれたのです。

  皆さんの支援に支えられて、無事に排水作業を進めることができました。作業が進み、地下水が機械へ与える影響や被害を最小限に抑えることができました。本当に感謝しています。

  さて次回は、排水が終わった後でも、とても大変な復旧作業があったことをお伝えします。

  (続く) 
震災からの復旧 (その5) - とっても大変な積み木! - 
  みなさん、こんにちは。今回は積み木のお話しです。と言っても、"木"ではなく、鉄やコンクリートのかたまりを積み上げていく、ものすごく大変な積み木です。<

  J-PARCは電気の力で動く「加速器」という装置です。加速器は病院でガンの治療や診察に使用されています。また最近はあまり使われていませんが、テレビのブラウン管も加速器の一種です。

  加速器は電気機械です。電気を切ればすぐに装置が停止するのですが、電気を流して装置を動かしている時は「放射線」が発生します。電気を切れば放射線の発生もすぐに止まるので、安全性は高いと言われています。

  でも加速器を動かしている時に発生する放射線は、身体に害がないようにきちんと管理しなくてはなりません。その一つが放射線の「遮蔽 (しゃへい) 」というものです。

  病院のレントゲン室 (レントゲンのX線発生装置も一種の加速器です) の扉を開けたことがありますか? とても重たい扉ですよね。実は扉の中には放射線を遮蔽する能力に優れた鉄や鉛が入っているので重いのです。

  X線も放射線ですからしっかりと遮蔽しますが、遮蔽するためには鉄や鉛などの重い物質がとても効果的なのです。J-PARCも運転中に発生する放射線を遮蔽するために、鉄やコンクリートなどの重い物質をブロックとして積み重ねて使っています。

  今回の地震で、この鉄やコンクリートのブロックが少しずれてしまいました。そのずれを直すため積み木のように積み直しをすることが必要でした。しかしその数や量はものすごいものです。

  写真の物質・生命科学実験施設では、ひとつの重さがおよそ3トンから7トンにもなる遮蔽ブロックが、数にして530個、総重量で2,800トン使われています。これを一度はずしてから、また元通りに積み直したのです。

  重いブロックを積み直すためのクレーンの数も限られていて、まさに積み直し作業は時間との勝負でした。しかしひとつひとつ確実に、安全を確認しながら作業を進めて、元通りに直すことができました。とっても大変な「積み木」でした・・・。

  (続く) 
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