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図1:電子ビームX線分析とミュオンビームX線分析の違い表面近傍を観る電子ビームに対し、透過力の高いミュオンビームは、入射エネルギーを変えることで、バルク状態の任意の深部まで届く。 |
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【 研究の背景、内容 】 負ミュオン (μ-粒子) は、電荷-e、質量が電子の約200倍の不安定素粒子です。近年、大強度陽子加速器施設J-PARCでは、世界最高強度のパルスミュオンビームを生成する事に成功し、様々な分野への応用が期待されていました (Miyake et al. 2009 ほか) 。 |
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図2:ミュオニック原子※7のイメージ図 |
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ミュオンビーム分析の最大の特徴は、測定試料内でμ-粒子が重い電子として振る舞う事です。μ-粒子は高い物質透過能力をもち、電子よりはるかに試料の奥深くまで侵入することができます。試料中で運動量を失ったμ-粒子はある深さで元素に取り込まれます。元素に取り込まれたμ-粒子は電子よりも原子核に近い軌道を周回しながら、より低いエネルギー準位の軌道へと遷移し、元素ごとに特有のエネルギーをもつミュオン特性X線を発生させます。このミュオン特性X線は、EPMA (Electron Probe Micro Analyzer) ※8のような電子ビーム分析で発生する特性X線に比べ、約200倍のエネルギーをもち (例えば、μ-C Kα線=75 keV、μ-N Kα線=102 keV、μ-O Kα線=133 keV) 、物質の透過能力が高いことから、cmサイズの物質内部の化学組成の情報を非破壊で得ることが可能となります。この元素分析法は40年以上前に提案されていましたが、J-PARCの世界最高強度のパルスミュオンビームによって、初めて実現しました。
本研究では、次の3点に成功しました。①μ-粒子の運動量を32.5 MeV/cから57.5 MeV/cまで段階的に変化させながら、SiO2, C (グラファイト) , BN (窒化ボロン) 、SiO2の4層 (各1.4 mm、計約6 mm) からなる試料に照射した深度プロファイル分析に成功しました。②太陽系誕生時の記憶を残し、生命材料ともなりえた地球外有機物を含む隕石である炭素質コンドライトの深さ70μmからの炭素ピークの検出に成功しました (従来の電子ビームによる分析では極表面付近の数μm程度の深さしか分析できません。図1) 。③今年度に打ち上げられ、C型小惑星からのサンプルリターン (2020年地球帰還) をめざす「はやぶさ2」の回収試料の非破壊元素分析を想定し、ガラスチューブに封入したマーチソン隕石から、隕石起源のMgとFeのピークを検出することにも成功しました。 |
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【 本研究成果が社会に与える影響 (本研究成果の意義) 】 レントゲンによるX線の発見により、我々人類は物質を透視する”眼”を持ちました。物質内部の密度分布情報を得るX線ラジオグラフィーと呼ばれる透視法は、物質内部の密度分布の情報を知る事ができるため、自然科学、物質科学、医学、工学など幅広い分野で応用されています。
今回我々が報告する物質透過能力の高いミュオンを用いた化学分析は、非破壊でcmサイズの物質内部の元素の濃度と分布を知る事ができ、今後、位置検出型の検出器の開発が進めば、人類はX線ラジオグラフィーに次ぐ物質を透視する新しい”眼”を持つ事になるでしょう。例えば、未知物質や貴重な試料の化学組成 (炭素などの軽元素も含む) を密封した状態で調べたり、2020年に帰還予定の「はやぶさ2」が小惑星から持ち帰ったサンプル中の有機物含有量や分布の非破壊分析などに大きな威力を発揮すると期待されます。 |
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図3:ガラスチューブ越しの隕石のX線スペクトル (赤) |
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【 特記事項 】 本研究は、寺田健太郎 (大阪大学) ,二宮和彦 (大阪大学) ,大澤崇人 (日本原子力研究開発機構) 、橘省吾 (北海道大学) 、三宅康博 (高エネルギー加速器研究機構) 、久保謙哉 (国際基督教大学) 、河村成肇 (高エネルギー加速器研究機構) 、髭本亘 (日本原子力研究開発機構) 、土`山明 (京都大学) 、海老原充 (首都大学東京) 、上椙真之 (宇宙航空研究開発機構) によって行われました。 |
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