【 発表のポイント 】 ✣ パーキンソン病の発症に関係する脳内のタンパク質の動きを、中性子を利用した最先端の分析技術を用いて分子レベルで測定 ✣ 病発症のカギとなる、タンパク質同士が線維状に集合した状態の異常なふるまいを発見 ✣ パーキンソン病発症の仕組み解明の手がかりとなることに期待
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 (理事長 平野俊夫。以下「量研機構」という。) 量子ビーム科学研究部門高崎量子応用研究所東海量子ビーム応用研究センターの藤原悟上席研究員・松尾龍人主任研究員、大阪大学 (総長 西尾章治郎) 大学院医学系研究科の望月秀樹教授・荒木克哉医師、鳥取大学 (学長 豊島良太) 八木寿梓助教、J-PARCセンター (センター長 齊藤直人) 柴田薫研究副主幹、総合科学研究機構 (理事長 西谷隆義) 山田武研究員らは共同で、中性子準弾性散乱1) 装置を用いて、パーキンソン病の発症と密接に関係する脳内のあるタンパク質の動きを分子レベルで調べ、このタンパク質同士が線維状に集合した状態で異常なふるまいを示すことを世界で初めて発見しました。
パーキンソン病発症には、脳細胞中の「α-シヌクレイン2)」というタンパク質が線維状に集合した状態 (「アミロイド線維3) 」と呼ばれる) となることが関係すると考えられており、どのようなメカニズムでこのアミロイド線維が形成されるのかに強い関心が寄せられています。そこで研究チームは、タンパク質分子の「動きやすさ」に着目し、アミロイド線維状態とバラバラに存在する正常状態のタンパク質の動きを、J-PARC4) の中性子準弾性散乱装置を用いて調べました。その結果、アミロイド線維ではタンパク質同士が強く結合して動きが制限されているにもかかわらず、内部におけるタンパク質の原子の運動は正常な状態よりも大きくなる、つまり、アミロイド線維においては、正常状態よりもタンパク質が自由にふるまえることを明らかにしました。
本成果は、アミロイド線維の形成が自然に進むことを示唆しており、パーキンソン病の発症のカギとなるアミロイド線維形成過程の解明の手がかりとなるだけでなく、タンパク質のアミロイド線維形成が関係する種々の疾病について、発症の仕組みの解明と、さらにその知見に基づく疾病の抑制に貢献することが期待されます。
本研究成果は、オープンアクセスの国際雑誌「PLOS ONE」に、4月20日 (米国東部標準時間) に掲載されました。
【 本件に関する問い合わせ先 】
【 研究開発の背景と目的 】
パーキンソン病は進行性の神経難病で、50〜60歳代で発症することが多く、超高齢化社会を迎えた現在、その治療や予防は社会的にも重大な関心事です。パーキンソン病の患者の脳細胞には、「α-シヌクレイン」と呼ばれるタンパク質同士が線維状に集合した状態 (アミロイド線維) が蓄積していることが知られています。このアミロイド線維の形成がパーキンソン病発症のカギとされています。パーキンソン病の発症の仕組みを探る上で、アミロイド線維がどのように形成されるかを解明する必要がありますが、残念ながら未だ解明されていません。 「α-シヌクレイン」のアミロイド線維は、大腸菌に作らせたタンパク質を利用して人工的に作り出すことが可能です (図1) 。本研究では、アミロイド線維形成の仕組みの手がかりを得るために、大腸菌に作らせた「α-シヌクレイン」を用いて、タンパク質分子一つ一つが単独で存在する正常な状態とアミロイド線維状態 (図2) それぞれの性質を調べました。
*クリックすると、大きく表示されます。
タンパク質内部の原子の位置は、厳密に固定された構造を持つのではなく、常にゆらいでいます。このゆらぎをもたらす運動が、タンパク質が機能する上で重要と言われています。アミロイド線維の形成には、このタンパク質の運動の変化が関係すると言われています。中性子準弾性散乱という実験手法により、タンパク質全体の運動やタンパク質内部の原子の運動を調べることができます。そこで、J-PARCの物質・生命科学実験施設において、正常状態およびアミロイド線維状態における「α-シヌクレイン」について、中性子準弾性散乱実験をおこないました (図3) 。
なお、測定に用いた試料の調製は大阪大学および鳥取大学が担当し、中性子準弾性散乱実験と解析は量研機構、J-PARCセンター、総合科学研究機構が担当しました。
【 研究の手法と成果 】
本成果は、タンパク質の集合状態という束縛された状態にもかかわらず、「α-シヌクレイン」内部の原子自体は正常状態よりも自由にふるまえることを示しています。これは、「α-シヌクレイン」はアミロイド線維中の方がむしろ安定であり、このためにアミロイド線維形成が自然に進む可能性を示唆しています。これはアミロイド線維形成の仕組み解明の大きな手がかりとなり、さらにその知見に基づく疾病の抑制につながると期待されます。
【 今後の期待 】
また、本研究のもう一つの特色は、タンパク質の構造のゆらぎをもたらす運動に生じる異常と、疾病発症の原因とされるアミロイド線維などの異常な構造が、密接な関係にあることを示した点です。これは運動の異常を抑えることで異常な構造の形成を抑えることができる可能性を示しており、「タンパク質の運動の制御」という全く新しい考え方に基づく創薬につながっていくことが期待されます。
【 論文掲載情報 】
論文タイトル : Dynamical behavior of human α-synuclein studied by quasielastic neutron scattering 著者 : S. Fujiwara, K. Araki, T. Matsuo, H. Yagi, T. Yamada, K. Shibata, and H. Mochizuki
【 用語解説 】