平成29年4月20日

山形大学
高エネルギー加速器研究機構
J-PARCセンター
茨城県

  

数学のグラフ解析を用いて、新物質の結晶構造を解く手法を開発

  

 【 概要 】 

 ✣ 山形大学の富安亮子准教授と高エネルギー加速器研究機構 (KEK) の神山崇教授は,グラフの解析に関わる数学理論を,粉末X線・中性子線回折測定装置より得られる実験データに適用することで,従来のものと比較して結晶格子決定の成功率・計算効率ともに大きく改善されたソフトウェアを開発した。
 ✣ 粉末回折測定装置 (1) は多くの製造企業や試験研究機関で日常的に使われており,解析の信頼性や自由度の向上は,新物質開発のスピードを向上させるための重要な鍵になる。今回開発したソフトウェアは,実施したテストで,他のいずれかのソフトウェアが解析に成功したケースで全て成功していることに加え,他のどのソフトウェアでも出来なかったケースでも成功している。
 ✣ 本研究では「代数学で使われるグラフ解析の議論を結晶構造解析の格子決定に用いる」という新しい視点から改良した解析ソフトウェアが開発された。
 ✣ 本研究の成果は,国際結晶学連合が発行する学術雑誌 Journal of Applied Crystallography の 2017年4月号に掲載される。

  

 【 背景 】 

  X線や中性子のような量子ビームを結晶性の物質に照射しながら写真を撮影すると,物質によって異なる図形が写真の上に現れ,同じ物質,同じ実験手法であれば同じ図形が得られます。この現象を利用すると,物質中の原子の並び方を推定できます。粉末回折法は,この原理による結晶構造解析方法の一つで,材料開発などの分野などで日常的に広く使われています。

  結晶性の物質は,ミクロなスケールで見ると,ある一つのまとまり (単位胞) を3方向に積み重ねた,レンガ壁のような周期性のある構造をしています (図1) 。この繰り返しの単位となる単位胞の形・大きさを決定することが,結晶格子決定 (指数付け) と呼ばれる,結晶構造解析で最初に行う解析です。粉末回折法において,存在した指数付けの方法は,徹底 (しらみつぶし) 探索とよばれる非常に時間がかかるものを除けば,消滅則 (2) と呼ばれる現象のために,どの対称性 (3) を持つ結晶でも共通してうまく行く方法がありませんでした。そのため,複数のソフトウェアを組み合わせた解析が必要とされていました。

  

 【 今回の成果 】 

  山形大学 富安亮子 准教授 (数理科学) は,粉末回折法の解析に現れる様々な問題に,整数論で議論される問題と非常によく似た形に定式化できるものがあることに気づき,J-PARC (4) 粉末中性子回折データ解析ソフトウェア開発プロジェクト (代表:高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 神山崇 教授) のメンバーと議論を重ねる中で,粉末回折図形の格子決定を解くアルゴリズムを開発しました。このアルゴリズムは,プログラムとして実装され,ソフトウェアCONOGRAPH (コノグラフ) として,2013年よりKEKが管理するサーバで配布されています。

  CONOGRAPHの方法のアイデアは,トポグラフ (5) と呼ばれるグラフ (図2) からきています。このグラフを粉末回折図形の解析に使用することで,約1700種類ある消滅則のどれについても成立する一般的性質が3つの短い定理として得られました。本研究で粉末回折図形に対して使用された方法は,結晶学のあらゆる格子決定,特に,単位胞の形や結晶構造がまだ明確に定まらない状況で用いることができるものです。さらに,グラフが形づくる観測値のネットワークを解析することで,観測誤差や実験データに含まれる間違いを自動検出し,統計的にその影響を小さくするための工夫も実施されました。また,CONOGRAPHの開発では粉末回折データの指数付け以外の結晶学の複数の問題に対して新たな解法が提案されました[1, 3, 4]。

  2017年4月に出版された論文[1]においては,他の標準的に使われている既存ソフトウェアと明確な基準の下で比較を行い,他ソフトウェアが成功率40-60%の実験データに対し80%の成功率が得られました。CONOGRAPHが成功しなかった20%は,他のいずれのソフトウェアでも指数づけできませんでした。実験データの中には多数の不純物ピークを含むなどの理由で指数付けができないものも存在しており,今回の結果は,CONOGRAPHが結晶構造の対称性に依存しない仮定のみを使った数理科学的手法であることを十分に示すと考えられます。

  また計算時間は,結晶学で徹底探索に分類される指数付けソフトウェア DICVOLと比較して1/5でした。CONOGRAPHが,広く使われている指数付けソフトウェア ITO, TREORのように短時間で探索を打ち切った場合の成功率は60%でした。

 【 今後の展望 】 

  本研究と同様の方法を,一般の多結晶の場合,電子顕微鏡による電子線回折にも適用することができます。将来的には,これらの分野にも適用し、安定した解析を提供できるようにすることが求められています。

  得られた計算手法は,結晶構造や実験データのデータベース探索基盤として使用が始まっており,マテリアルズインフォマティクス (6) やビッグデータ分野との連携によってブレークスルーをもたらすことが今後期待されます。

 【 付記事項 】 

  本成果は、茨城県からKEKが受託している研究費 (J-PARC-23D06) ,JSPS科研費若手研究 (B) 22740077などの助成によって得られました。CONOGRAPHに付属するグラフィカル・ユーザーズ・インターフェースは,使いやすくするため利用者からの提案を受けながら改良されています。

  図1. 結晶構造 (左) と単位胞 (右) 

  



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  図2. トポグラフの概要; 左図において,各枝とその両端の頂点を取り囲む4つの領域にラベリングされた4つのベクトルの長さは,平行四辺形の法則と呼ばれる長さの関係式 |l 1|2+|l 2|2=|l 1 +l 2|2+|l 1-l 2|2 を満たす。トポグラフは2次元格子との関係から,右図のようにxy平面 (の上半分) に埋め込んで表されることも多い。

 【 用語解説 】 

 ( 1 ) 粉末回折測定装置
多数の単結晶の集合である粉末結晶試料のX線回折を測定する装置で、全国に数千台あると言われている。粉末試料からのX線回折は,さまざまな方向をランダムに向いた単結晶からの回折の総和となる。この回折情報から、未知試料の構成成分や構造に関する情報を得ることができる。
 ( 2 ) 消滅則
図のように,回折ピークが出るはずの場所に出ない現象を指す。水色の三角は検出された回折ピークのx座標,緑のティックマークは本来回折ピークが出るはずのx座標を示している。この実験データの場合は,他にもあるが,例えば赤矢印のある個所で消滅則が発生している。


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 ( 3 ) 対称性
線対称,点対称を拡張した概念である「対称性」は,数学の道具である群の考え方が用いられる。様々な群が存在するが、特に結晶構造について考える場合の対称性は,結晶群 (または空間群) と呼ばれる群で表現される。以下の (5) でも名前が出てくるコンウェイは傑出した数学者で,幾何学研究者のサーストンとともに空間群の記号を一通りに定める方法を提案するような仕事も行っている[5, 6]。
 ( 4 ) J-PARC (大強度陽子加速器施設) 
日本原子力研究開発機構 (JAEA) と高エネルギー加速器研究機構 (KEK) が共同で建設・運営を行っている最先端科学研究施設。実験研究施設では最先端の物質科学・生命科学研究,素粒子物理研究などが行われている。
 ( 5 ) トポグラフ
数学者のコンウェイが,格子基底簡約理論を視覚的に説明するために用いたグラフ [2]。格子基底簡約理論は,単位胞の以下のような形のみを考えて,それをどのように数値化するかという問題を扱う。
格子基底簡約理論は結晶学・整数論だけでなく,特定の2次式を最小化する整数解を求めるという問題にも応用されている。トポグラフは幾何学的群論と呼ばれる分野 (具体的にはBass-Serre理論) で群の性質を議論するのにも使われている。
 ( 6 ) マテリアルズインフォマティクス
狭義には,期待される機能を有する物質の組成・構造を,実験・第一原理計算の結果を含む大規模データベース,および統計・機械学習・最適化などのデータ科学の手法の組合せにより自動予測し,材料開発のスピードアップを図る学問分野を指す。材料開発において人が時間をかけて行っていたプロセスを,コンピュータを用いた人口知能や数理プロセスによる自動検証に置き換えることが課題となる。

 【 論文情報 】 

  [1] A. Esmaeili, T. Kamiyama, R. Oishi-Tomiyasu, J. Appl. Cryst. (2017) , 50, pp.651-659.

 【 参考文献 】 

  [2] J. H. Conway, "The sensual (quadratic) form (邦題 : 素数が香り、形がきこえる: 目で見る2次形式からはじまる数学) ", Mathematical Association of America, 2006.

[3] R. Oishi-Tomiyasu, Acta Cryst. A. 72 pp.73-80, 2016.
[4] R. Oishi-Tomiyasu, Acta Cryst. A. 68 pp. 525-535, 2012.
[5] J. H. Conway, et. al., Beiträge zur Algebra und Geometrie 42 (2) : pp. 475-507, 2001.
[6] 河野 俊丈, "結晶群", 共立講座 数学探検, 2015.

 【 お問合せ先 】 

 ( 研究内容について ) 

山形大学学術研究院 准教授
富安 亮子 (数理科学) 
TEL : 023-628-4529
E-mail : ryoko_tomiyasu@sci.kj.yamagata-u.ac.jp
  
高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 教授
神山 崇
TEL : 029-284-4080
E-mail : takashi.kamiyama@kek.ac.jp

 ( ソフトウェアについて ) 

 ( 報道について ) 

山形大学 総務部総務課 広報室
TEL : 023-628-4008
FAX : 023-628-4013
E-mail : koho@jm.kj.yamagata-u.ac.jp
  
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 広報室
TEL : 029-879-6046
FAX : 029-879-6049
E-mail : press@kek.jp
  
J-PARCセンター 広報セクション 岡田 小枝子
TEL : 029-284-4578
FAX : 029-284-4571
E-mail : pr-section@j-parc.jp
  
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TEL : 029-301-2529
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