京都大学、KEK、名古屋大学、東京大学との共同研究
運動エネルギー 240 neV, 速度 6.8 m/s 以下 (de Broglie 波長 58 nm 以上) にまで減速された中性子は超冷中性子 (UltraCold Neutron - UCN) と呼ばれる。UCN は波長が長いため物質中の原子核の並びを高さ 100~200 neV 程度の隙間のないポテンシャル障壁として感じ、その運動エネルギーの低さゆえにその障壁を超えられずなめらかな物質表面で全反射する。また中性子は磁場 1 T につき ±60 neV、地表付近の重力に対して高さ 1 m につき 100 neV のポテンシャルエネルギーを得るため、磁場で構成した容器の中に 気体のようにUCN を溜めることも可能である。この貯蔵可能な特徴により、UCN は中性子電気双極子能率の探索や中性子寿命測定において測定精度の向上に大きく貢献してきた。
本研究グループはこのUCN源として、中性子ドップラーシフターを開発した。中性子位相空間密度の大きな J-PARCパルス中性子ビームを中性子反射ミラーで反射、減速することでUCNが発生を生成するのが特徴であり、パルス化したUCNを発生する世界にも類を見ない装置である。
ドップラーシフターは垂直に入射する速度 68 m/s の中性子を反射率 23% で反射できる人工多層膜ミラーを搭載し、半径 32.5 cm の腕にこれを設置して 2000 rpm で回転させることで 136 m/s の中性子を UCN へと減速する。UCN パルス時間幅は 4.4 msであり、繰り返し 120 ms に対し3.6%というシャープなパルス構造を持っている。またスーパーミラーガイドや集光ガイドを用いた光学的な入射ビーム増強により、J-PARC 1MW 運転時には生成直後の UCN 数密度 1.4 cm-3 を達成できる見通しである。これは1980年に報告された先行研究のドップラーシフター[1,2]よりも12倍以上大きな値であり、中性子電気双極子能率の現在の上限値が得られた実験での実験容器中の UCN 数密度と同程度である。今後この装置が生成する UCN を用いて UCNを用いた物理実験に必要な要素技術開発を行う予定である。
図 1 J-PARC/MLF BL05 NOPビームラインに設置された中性子ドップラーシフター。ビーム出口直後に設置されたモノクロメーターにより切り出された中性子バンチが集光されたのち 2000 rpm で回転する多層膜ミラーで UCN 化され、上方の検出器で検出される。
図 2中性子ドップラーシフターからの中性子の波長分布(黒点)とシミュレーション計算(実線)。計算は実測をよく再現している。点線はシミュレーション計算のうち速度の絶対値が6.8 m/s以下のUCN成分。
[1] T. W. Dombeck et al., Nucl. Instr. and Meth. 165, 139 (1979).
[2] T. O. Brun et al., Phys. Lett. A 75, 223 (1980).
東北大学大学院理学研究科 岩佐和晃
希土類元素を含む金属化合物の低温での基底状態は磁気秩序相であることが多い。その秩序変数は磁気双極子モーメントであるが、物質によっては高次の多極子モーメントが自発的に秩序する。その例が本研究で対象としたPrRu4P12である。
この物質はTMI = 63 Kで構造相転移とPr 4f電子状態の交替秩序をともなう金属−非金属転移を示す[1]。しかし磁化率はTMIで全く異常性を示さずに低温で常磁性的に発散する。すなわち磁気双極子の相転移の兆候はない。しかしながら同型物質で4f電子は含まないLaRu4P12は全温度領域で金属的であり(約7 Kで超伝導転移)、PrRu4P12の金属−非金属転移における4f電子の役割が鍵となった。偏極中性子回折実験等から、Prサイトの二種類の磁場誘起局所磁化が交替的に配列することが見出された[2]。さらにそれぞれのPrサイトでの結晶場分裂準位間励起が特異的な温度依存性を示す[3]。図1(a)は、J-PARC/MLF BL12に設置された高分解能チョッパー分光器HRCを用いて測定したPrRu4P12の励起スペクトルである[4]。TMI以下で励起ピークの位置と幅が温度ともに顕著に変化している。これは、結晶場ポテンシャルエネルギーに含まれるランク 4の多極子が秩序変数として自発的に秩序化することを表している[5, 6]。
PrをCeで置換するキャリアードープによってこの非金属相は急速に破壊される。Pr0.85Ce0.15Ru4P12ではTMI = 44 K となり[7, 8]、10 Kでの非弾性散乱スペクトルは、図1(b)の黒実線で表したようにブロードであり、PrRu4P12の高温でのデータと似ている。つまりギャップ形成は不十分でありキャリアーが低温でも残存していることを示す。かつ10 K以下で金属相に再転移するという特徴がみられる。
最近、磁気不純物による金属−非金属転移への影響を明らかにすることをめざした。図1(b)に示したPr0.85Nd0.15Ru4P12の非弾性散乱スペクトルの温度依存性はCe置換系とは異なり、むしろ純粋なPrRu4P12と全く同じように見え、多極子秩序はNd置換で破壊されない。X線回折超格子反射強度から見積もったPr0.85Nd0.15Ru4P12の転移温は58.0 Kであり、4f電子を含まないLa置換系での転移温度56 Kよりもわずかながら高く、多極子サイトの希釈による相転移温度の低下が抑制されていると言える。NdRu4P12が1.6 K以下で強磁性秩序相を示すことから、常磁性状態にあるPrサイトへのNdによる磁気相互作用が多極子秩序相の安定性を保つものと考えられる。つまり局所的な磁気エネルギーの利得により非金属相の高次多極子秩序が保持される。
図1.HRCで測定したPr1-xRxRu4P12 (R = Ce, Nd)の励起スペクトル。
[1] C. Sekine et al., Phys. Rev. Lett. 79, 3218 (1997).
[2] K. Iwasa et al., J. Phys. Soc. Jpn. 74, 1930 (2005).
[3] K. Iwasa et al., Phys. Rev. B 72, 024414 (2005).
[4] K. Iwasa et al., accepted by Physics Procedia (proceedings of ICM2015).
[5] Y. Kuramoto et al., Proc. Theo. Phys. Suppl. 160, 134 (2005).
[6] T. Takimoto, J. Phys. Soc. Jpn. 75, 034714 (2006).
[7] C. Sekine et al., J. Phys. Soc. Jpn. 80, SA024 (2011).
[8] K. Saito et al., Phys Rev B 89, 075131 (2014).
MLFの多くの実験装置では実験制御ソフトウェアフレームワークIROHAに基づいた装置制御システムが使われているが、最近IROHAが大幅に改良され、Webベースのインターフェースを持つサーバーとしてIROHA2が新たに開発された。そこで、BL01においてもIROHA2ベースの装置制御システムの開発を進め、2015年夏期の休止期間中に装置への導入を行い、2015年秋から実際に装置の運用に用いている。この新しい装置制御システムの導入により、各種デバイスの統一的な制御が可能になり、新たなデバイスの追加も容易になった。さらに、Webベースのユーザーインターフェースは、より直感的な操作や遠隔操作も可能とし、ユーザーにとっての利便性も大きく高まった。
図1 BL01に新たに導入された新装置制御システム。(左)Integrate Server、(右)Sequence Server
共通技術開発セクション計算環境サブグループは現在MLF外部アクセス計算環境の整備を進めているところであるが、現状の計算機資源と今後整備される予定の資源を一体的に運用するためには、MLF2階の計算機室では面積及び空調能力が不足する状況になっていた。これを解決するため、今月我々はMLF計算機室の各種サーバーをJ-PARC研究棟サーバー室に移設した。今年度の計算機資源の整備としては、来月MLF共通ストレージの容量を倍増(100TB超)にする予定である。これらの整備により、今後MLF外部アクセス計算環境開発がより一層促進されることが期待される。
J-PARC研究棟2階サーバー室に移設されたサーバー群
ミュオン回転標的のビーム運転時に、より高度な安全監視系の開発を行っている。回転モーターの健全性は、モータートルクやモータードライバの警報によって監視を実施しているが、異常が発生する前段階で異常を検出できるように、中性子源でも採用されている音響診断を導入する事を計画している。回転標的のメンテナンスエリアのモーター近傍に集音用のマイクを設置し、実験ホールにて監視可能であることを確認した。ビーム運転中に、有効な周波数帯域を調査し、データ収集系、制御系に組み込む計画である。
また、運転時に12m離れたM1トンネルより回転標的の温度を計測する事を計画している。標的周辺に比較すると、放射線量は高くはないが、輻射温度計等の精密機器に与える影響は小さくない。設置場所の遮へい体による遮へい効果の検証を行うために、局所遮へい体と線量計を設置した。ビーム運転を開始した後の短期保守期間に線量計を回収し、放射線量の定量化を目指す。
回転標的上部に設置された集音マイク(左)
M1トンネルポンプ上流に設置された鉛遮へい体とホウ素含有ポリエチレン遮へい体(右)
定期検査として、陽子ビームラインであるM1-M2トンネルと作業者の立ち入る可能性のある大形機器取扱室(第一種管理区域)間の気密を確認し、補強を実施した。
ミュオン標的系、陽子ビームライン用電磁石を冷却する20系冷却水による、ステンレス配管、電磁石の銅製導体の減肉、腐食量を調査するために分光光度計による分析作業を定期的に行っている。(図3)
図2 気密試験の様子(左)、 図3 20系冷却水の分析作業(右)
石井祐太, 木村宏之, 池内和彦, 梶本亮一, Zhangzhen He, 伊藤満
擬一次元量子スピン系BaCu2V2O8における磁気励起の中性子非弾性散乱研究
(受賞日:2015/12/10、課題番号:2014B0118、BL01)
2016/1/6-8 (Busan, Korea)
2016/1/22 (KEK, 東海村)
POLANOの運営・建設・機器開発・その他の現状や来年度予定についての報告を行い、今後の活動方針についての議論をおこなった。
2015/12/14(KEK東海一号館)