MLF月間報告2016年07月

研究成果

BL01 R2Ti2O7の格子振動と結晶場励起の研究

  • Paul Scherrer Institut Tom Fennelグループ

希土類パイロクロア物質R2Ti2O7 (R = Tb, Dy, and Ho)は、RサイトとTiサイトがパイロクア格子を形成するため、幾何学的フラストレーションのモデル物質として盛んに研究が行われてきた。Tb2Ti2O7ではスピンアイスが、Dy2Ti2O7とHo2Ti2O7では磁気モノポールがそれぞれ観測され、希土類サイトの種類が磁性に大きく影響する事が知られている。これらの物質では、格子振動と希土類イオンの結晶場の結合がそれぞれの磁気基底状態に影響していると理論的に予想されていたが、これまで中性子散乱等の量子ビームを用いた測定は行われてこなかった。

そこでPaul Scherrer InstitutのT. Fennel らの研究グループは、MLFの四季やISISのMERLIN等を用いた中性子非弾性散乱実験、ESRFのID28におけるX線非弾性散乱実験、密度汎関数法による数値計算等を相補的に用いることで、Tb2Ti2O7、Dy2Ti2O7、Ho2Ti2O7における格子振動と結晶場励起の研究をそれぞれ行った。格子振動の状態密度や結晶場励起(図1)の測定結果を計算結果と比較する事で、R2Ti2O7の格子振動と結晶場準位の詳細をそれぞれ実験的に解明した。本研究で得られた結果は、希土類パイロクロア物質R2Ti2O7の特異な磁性を包括的に理解するための重要な実験的知見となる事が期待される。

参考文献
  1. M. Ruminy et al., Phys. Rev. B 93, 214308 (2016).
  2. M. Ruminy et al., Phys. Rev. B 94, 024430 (2016).

図1 四季で測定されたDy2Ti2O7の結晶場励起。

BL01 鉄系超伝導体FeSeの磁気揺らぎの研究

  • Fudan University Jun Zhaoグループ

鉄系超伝導体FeSeは超伝導転移温度が8 Kと低いが、mono layer極限では100 K前後の超伝導転移温度を示す。そのためFeSeの物性は非常に注目されている。FeSeの特異な超伝導を解明するためには、磁気励起を幅広い(Q, )空間で理解する必要があると考えられていたが、近年まで中性子非弾性散乱に使用できる大きさの単結晶試料が得られておらず、磁気励起の詳細は報告されていなかった。

そこでFudan UniversityのJ. Zhao らの研究グループは、近年作成に成功したFeSe単結晶試料を用いて、SNSのARCS、MLFの四季、ISISのMERLINにおいて中性子非弾性散乱実験を行い、FeSeにおける磁気揺らぎの研究を行った。FeSeの磁気励起を4 Kと110 Kにおいて200 meV以上まで観測した結果、FeSeの磁気基底状態は、Neel状態とstripe状態の競合によるspin nematic秩序状態であることが解明された。これまでFeSeの磁気基底状態として様々な状態が理論的に提案されてきた。チョッパー分光器を用いてFeSeの磁気励起を(Q, )空間の広範囲に渡って測定した本研究によって、FeSeにおいてspin nematic状態が実現している事が実験的に初めて解明された。

参考文献
  1. Q. Wang et al., Nature Comm. 7, 12182 (2016).

BL09 充放電しているリチウム電池の内部挙動の解析に成功 -中性子線を用い非破壊かつリアルタイム観測により実現-

  • 東工大、高エネ機構、京大、J-PARCセンター

実電池の動作環境下の電池反応を観測するために、18650型円筒リチウムイオン電池を用いて0.05から2Cレートで充放電を行いながら中性子回折測定を行った。電池内部の正極・負極電極合材からの回折中性子を検出し、正極・負極の構造が充放電過程でどのように変化するかを観測した。高充放電レートでは、負極では不均一な電池反応が進行して反応に寄与しない相が発生すること、充電と放電で反応機構が違うことを示すとともに、正極での反応では、これまでの報告とは異なる反応機構を提案した。今回の観測システムでは、実用電池を用いたオペランド測定でも、電池反応を定性・定量的に解明することができることを初めて示した。

平成28年6月30日プレス発表、Scientific Reports 6:28843 (2016) doi:10.1038/srep28843)

BL11 高圧氷に新たな秩序状態を発見 ~氷の五大未解決問題の一つを解決~

  • 東京大学小松グループ

我々に身近な氷は、温度と圧力により様々な結晶構造をとることが知られています。そのうち、低温高圧下(およそ絶対温度50K、1万気圧)で形成される氷XV相に関して、これまで提唱されているモデルではその物性が説明できないという矛盾があり、氷研究における五大未解決問題の一つになっていました。今回、東京大学の小松一生准教授らの研究グループは、低温下でも圧力を自在に調整できる装置(通称「Mito system」)を開発し、J-PARCセンター、総合科学研究機構と協力し、物質・生命科学実験施設(MLF)の超高圧中性子回折装置PLANETに導入し、低温高圧下における氷XV相の中性子その場観察に成功しました。その結果、氷の構造に関して、酸素の骨格構造の中で水素が一方向に偏った秩序相や、完全にランダムな無秩序相とも異なり、部分的に秩序化した状態であることを明らかにしました。この結果から、酸素骨格構造の異なる他の氷に関しても、秩序相あるいは無秩序相だけに分けられるものではなく、部分的に秩序化した状態を考慮に入れる必要があることが提案されました。

参考文献
  1. K. Komatsu, N. Noritake, S. Machida, A. Sano-Furukawa, T. Hattori, R. Yamane, H. Kagi, Partially ordered state of ice XV, Scientfic Reports, 6, 28920 (2016).

図1 温度と圧力に対する氷の相図と結晶構造。水分子と隣接する水分子とで形成された四面体で氷の結晶構造が表現されています。氷には17種類もの異なる構造の氷があると知られており、水素配列に対して無秩序相⇔秩序相となるペアを持つと考えられていました。本研究の対象である氷XV相も氷VI相の秩序相と考えることができますが、本研究によって、部分秩序相という新たな状態が見出されたことにより、一つの無秩序相に対して一つの秩序相が一体一で対応する必要はなく、複数の秩序相が存在可能であることが示唆されました。

図2 MLFのPLANET中性子ビームラインに設置された温度圧力調整システム(通称「Mito system」)

BL09 粉末回折データ解析ソフトウェアZ-Codeのリートベルト解析ソフトウェアの配布

【配布内容】

Z-Rietveld for Mac 1.0.0 (動作環境:Mac OS 10.9 - 10.11 有効期限 2018/10/31)
Z-Rietveld for Mac 0.9.44.4 (動作環境:Mac OS 10.7 - 10.8 有効期限 2020/03/31)
Z-Rietveld for Win 1.0.2 (動作環境:Windows vista SP2, 7 SP1, 8, 8.1 and 10 有効期限 2018/10/31)
Quick guide for Mac 1.0
Quick guide for Windows 1.0
Example Data (Intensity data, diffractometer files, crystallogaraphic data)
Conograph for Mac
Conograph for Windows

いずれも下記のアドレスからダウンロードできる。
https://z-code.kek.jp/zrg/
なお、すべての問い合わせ等はZ-Code にお願いします。

【機能紹介】

インコメ磁気構造解析、ヒストグラムファイル・回折計ファイル作成、解析履歴コメント追加機能等

装置整備

BL12 小角検出器の整備

高分解能チョッパー分光器(HRC)では、散乱角が0.6 - 4°の小角領域(設計では10°まで設置可能)と、3 - 62°の領域の高角領域(設計では124°まで設置可能)に検出器が配置されている。HRCは、小角領域の検出器を有するために、世界でも独特なチョッパー分光器に位置づけられる。

中性子ブリルアン散乱実験は、前方散乱近傍で中性子非弾性散乱を測定する方法であり、高エネルギー、高分解能、低散乱角の実験条件により、中性子散乱の運動力学的限界に迫って、(000)近傍の集団励起モードの測定を可能にするものである。従来、スピン波やフォノンなどの集団励起モードを測定する中性子非弾性散乱実験のためには、大型の単結晶試料が必要であったが、中性子ブリルアン散乱実験によれば、粉末試料の強磁性体のスピン波や液体・非単結晶の音響フォノンが観測可能となる。

HRCでは、小角領域において、バックグラウンドの低減や検出器計数率の増大を図り、かつ、試料環境や解析ソフトウェアを整備することにより、中性子ブリルアン散乱実験が可能になるように整備してきた [1,2]。最近、小角領域の検出器の配置を変更し、より低バックグラウンド化するとともに、計数率の増大を図った。検出器を中性子ビームに対して前後2列に配置し、前列で検出した中性子の残りを後列で検出できるようにした(図1)。現状では、この領域に0.6 - 4°の範囲に検出器を取り付けたが、さらに10°まで取り付けることが可能である。HRCの中性子ブリルアン散乱実験で利用する、100 - 300meVのエネルギー領域の中性子に対して、前列後列合計で、前列のみの場合に比べて、1.4倍に計数率が増大した。その結果、ビーム出力が200kWでも、300kW相当の実験を行うことができた。HRCの中性子ブリルアン散乱により、粉末試料強磁性体のスピン波[3,4]、液体[5]や多結晶金属のフォノンなどの研究が進められている。

[1] S. Itoh et al., J. Phys. Soc. Jpn. 82 (2013) 043001,
[2] S. Itoh et al., JPS Conf. Proc. 8 (2015) 034001,
[3] S. Itoh et al., Nat. Commun. 7 (2016) 11788,
[4] K. Ono et al., J. Appl. Phys. 115 (2014) 17A714,
[5] K. Yoshida et al., J. Molecular Liquids (2016) in press.

図1 HRCの小角領域の検出器

MuT 長期保守作業

回転標的の観察

2014年9月に交換してミュオン回転標的は安定して稼働し続けている。今回の長期保守作業において、M1トンネルに設置された標的より12 m上流の真空排気ポンプ位置から光学カメラを用いて動画及び静止画撮影を行った。損傷は確認されず、回転状態も安定できている事を確認できた(図1)。同時に2015年に交換したスクレーパの健全性も確認された。

長期保管容器格納遠隔コミッショニング(長期保守作業)

使用済みミュオン標的は高度に放射化(毎時5 Sv)するために、遠隔操作にて交換を行う。取り外されたミュオン標的は切断装置によって分割、減容され、長期保管容器内に格納される。2014年に、ミュオン標的の高放射化部を容器内に格納する遠隔コミッショニングを実施した。今年度は、残りの中放射化部と低放射化部を分割して長期保管容器内に格納することによって、更に減容する。放射化機器取扱室内で標的模擬体(未照射)を用いて作業員の監視の元、7/26-29に格納試験を行い無事に完了した(図2)。引き続き、遠隔操作を模擬した試験を8/29-9/2に実施することを計画している。

図1:2年間使用した回転標的(黒鉛)の写真。奥には昨年度に交換したスクレーパ(銅)も映る。

図2:標的模擬体を切断装置にて切断して減容を行う。

論文リスト

学術誌

学位論文

BL01

その他刊行物

学会発表

EMN Prague Meeting

日時:2016-06-21 - 2016-06-24

EMN Dalian Meeting

日時:2016-07-25 - 2016-07-29

International Conference on Superstirpes 2016

日時:2016-06-23 - 2016-06-29
場所:Ischia,Italy

11th International Conference on Polarized Neutrons for Condensed Matter Investigations 2016

日時:2016-07-04 - 2016-07-07
場所:Munich(Freising) Germany