BL12 液体メタノールの中性子ブリルアン散乱
- 福岡大理 吉田亨次, 山口敏男
- KEK 横尾哲也, 伊藤晋一
液体のダイナミクスには単一粒子ダイナミクスと集団ダイナミクス[1]が存在するが、前者は非干渉性中性子非弾性散乱の測定によって得られ、液体分子の並進・回転運動に関する情報を含んでいる。後者は干渉性散乱測定によって得られ、局所的な密度ゆらぎを反映するため、液体の構造とダイナミクスの両方の情報が分子レベルで明らかにされる。集団ダイナミクスは分子間相互作用に敏感であり、干渉性中性子非弾性散乱測定は液体中での分子間相互作用を実験的に調べることができる貴重な方法である。しかし、実験的困難さのため、その測定例は非常に少ない。その理由は高いエネルギーを持つ入射中性子を使用し、低い波数領域での散乱(ブリルアン散乱)を測定する必要があるためである。
J-PARC・MLFのBL12に設置されている高分解能チョッパー(HRC)分光器[2]は低散乱角側に検出基が設置されており、高い入射エネルギー、低いQ領域ならびに高いQ分解能というブリルアン散乱の測定条件を満足する。液体の集団ダイナミクスの測定に必要な運動量-エネルギー(Q-E)空間にアクセスすることができるのはMLFではHRCのみである。本研究では、中性子ブリルアン散乱測定により重水素化メタノールの室温における集団ダイナミクスを観測した。
Fig. 1に重水素化メタノールの動的構造因子に対するDamped Harmonic Oscillator (DHO) モデルによるフィッティング結果を示す。DHOの励起エネルギーをQに対してプロットしたもの(分散関係)がFig. 2である。この分散関係から得られた高周波音速はメタノールの断熱音速(1094 ms-1)のほぼ1.6倍であった。これまでに測定された液体では、四塩化炭素で約1.3倍[3]、水で約2倍[4]であり、この差異はメタノールの液体構造(メタノール分子同士が水素結合で結ばれた鎖構造を形成)と関連していると思われる。X線非弾性散乱による軽水素メタノールの結果[5]と比較すると、Q = 1 Å-1以降に両者の違いが見られた。このQ領域では分子内振動の寄与が同位体置換よってより顕著に表れたと考えられる。このことは、同位体置換法を用いて局所的なダイナミクスを中性子散乱により検出できる可能性につながる。
本研究はJournal of Molecular Liquids (http://dx.doi.org/10.1016/j.molliq.2016.07.038)に掲載された[6]。
参考文献
- U. Balucani, et al., “Dynamics of the Liquid State”, Oxford (1994).
- S. Itoh, et al., Nucl. Instr. Meth. Phys. Res. A 631, 90 (2011).
- T. Kamiyama, et al., J. Phys. Soc. Jpn. 73, 1615 (2004).
- J. Teixeira, et al., Phys. Rev. Lett. 54, 2681 (1985).
- K. Yoshida, et al., Chem. Phys. Lett., 440, 210 (2007).
Fig.1. 中性子ブリルアン散乱によって得られた室温における液体メタノールの動的構造因子。実線はDHOモデルによるフィッティング結果
Fig. 2. 重水素化メタノールの集団励起エネルギーのQ依存性(分散関係)。黒丸はX線散乱による軽水素メタノールの結果を表す。破線はメタノールの断熱音速である。Q = 1 Å-1以降のおける中性子とX線の結果の違いは分子内振動の寄与による