MLF Monthly Report 2016-09

研究成果

BL16 架橋ポリイソプレン薄膜の溶媒膨潤挙動

  • 九州大学 田中グループ

ゴム材料の物性制御において、マクロな物性を支配していると考えられているフィラー界面における高分子鎖の凝集状態(いわゆるバウンドラバー層)の構造形成メカニズムを理解することは極めて重要である。九州大学の田中グループは、モデルフィラーとして石英を位置づけ、その上に調製したポリイソプレン(PI)架橋薄膜を良溶媒に浸漬させた際の膨潤度の分布を中性子反射率測定に基づき評価した。測定はJ-PARCのBL16に設置したSOFIA反射率計を用いて行った。

下図(a)にPI架橋薄膜を空気中、および両溶媒であるn-ヘキサン中で測定した反射率プロファイルを示す(ただし、n-ヘキサンはPIとのコントラストをつけるために重水素化してある)。空気中の反射率プロファイルが広いq領域に渡って薄膜の厚さに対応する干渉を示しているのに対し、n-ヘキサン中では干渉の周期が狭くなった他、低q領域でしか干渉が観察できなかった。これはPI薄膜が膨潤すると同時に、膜表面が粗くなったことを示唆している。実際、PI薄膜の詳細な構造を評価するためにフィッティングによる解析を行ったところ、図中(b)の散乱振幅密度プロファイルが示す通り、基板界面にほとんど膨潤しない層、および、この界面層と薄膜内部相の間に中間層が形成されることが明らかとなった。これらの層はフィラーに吸着したバウンドラバーの形成と密接に関係していると考えており、その形成メカニズムおよびダイナミクスを評価することによって、ゴム材料の物性制御に繋がる知見が得られると期待できる。

参考文献
  1. S. Shimomura, M. Inutsuka, N. L. Yamada, and K. Tanaka, "Unswollen layer of cross-linked polyisoprene at the solid interface", Polymer, in press (DOI: 10.1016/j.polymer.2016.07.047).

図1 (a)PI架橋薄膜を空気中、および良溶媒であるn-ヘキサン中で測定した反射率プロファイル、および(b)反射率プロファイルをフィッティングすることにより得られた散乱振幅密度プロファイル。n-ヘキサンで膨潤することにより、基板界面にほとんど膨潤しない層、に加えて界面層と薄膜内部相の間に中間層が形成されることが明らかとなった。

BL01 ホール過剰ドープした鉄系超伝導体における磁気励起

  • 岡山大学 堀金グループ
  • 産総研 李グループ

鉄系超伝導体は反強磁性秩序相の近傍に超伝導相が出現するため、その超伝導機構と磁性との関係が注目されてきた。その関連性を明らかにするため中性子非弾性散乱実験による磁気励起の研究が多く行われてきた。しかし、これまでの研究では反強磁性秩序相から最適ドープ領域までの研究が主であり過剰ドープ領域を含むホールドープ系物質の系統的な研究はあまり報告されてこなかった。そこで本研究では、ホールドープ系物質Ba1-xKxFe2As2の過剰ドープ領域に対応するx = 0.5(Tc=36K)およびx = 1.0(Tc=3.4K)の単結晶試料を作成し、四季を用いて未知であった過剰ドープ領域の磁気励起を調べた [1]。

図1(a)はx = 0.5における磁気励起スペクトルであり、約200 meVに及ぶスピン波的な分散関係を持つ磁気励起が観測された。この磁気励起のエネルギースケールは母物質x = 0および、最適ドープ試料x = 0.33で見られたものと同程度である[2]。一方、x = 1.0ではスピン波的励起の上限は約80 meVまで減少し(図1(b))、かつスピン波的励起よりも高いエネルギー領域では、ほぼ垂直な分散を持つ煙突型の励起が観測された(図1(c))。この煙突型磁気励起はx = 0.5においても高エネルギー側に存在しており、ホールドープにより煙突型励起が発達することが明らかになった。図2にBa1-xKxFe2As2の相図とスピン波的磁気励起のバンド幅(最大エネルギー)のホール濃度(K濃度)依存性を示す。バンド幅に注目すると0 < x < 0.5ではほぼ一定であるが、x > 0.5で急激に減少している。この急激な減少に伴い超伝導転移温度も減少していることから、スピン波的磁気励起を記述する実効的な磁気交換相互作用Jと超伝導転移温度Tcの間に相関があることが分かった。一方、x = 1において顕著にみられた高エネルギー領域における煙突型励起は、Cr等の遍歴反強磁性体で見られる磁気励起に類似しており [3]、局在描像に基づくスピン波モデルでは記述できない系の遍歴性を反映していることが示唆される。

参考文献
  1. K. Horigane et al., Sci. Rep. 6, 33303 (2016).
  2. M. Wang et al., Nat. Commun. 4, 2874 (2013).
  3. Y. Endoh et al., J. Phys. Soc. Jpn. 75, 111002 (2006).

図1 (a) Ba0.5K0.5Fe2As2および (b),(c) KFe2As2の磁気励起スペクトル [1]。横軸は斜方晶格子のK方向の運動量(逆格子単位)、縦軸は励起エネルギー。

図2 Ba1-xKxFe2As2の相図 [1]。○は超伝導転移温度Tc、□は反強磁性転移温度TN、●は全磁気モーメントの自乗<m2>、■はスピン波的励起のバンド幅W、◆は磁気励起の逆格子空間における非整合度δを示す。

装置整備

BL01 揺動型ラジアルコリメータにおけるシフトモードの導入

近年、強磁場や極低温といった特殊環境下での中性子実験のニーズが益々高まっているが、クオリティの高いデータを得るためには、試料環境機器に起因する不要な散乱を可能な限り検出しないことが求められる。そこで多くのBLでは、ラジアルコリメータと呼ばれる遮蔽デバイスを開発・整備し、ユーザー実験に供している。ラジアルコリメータは、測定試料からの散乱のみを見込むために非常に薄い遮蔽ブレードを一定間隔で放射状に配置した機器であるが、ブレードの幅そのものが影を生じさせる原因となるため、ブレードを一定のスピードで揺動させることが一般的である。

BL01グループでは、揺動スピード、揺動角度、測定時間をパラメータとした揺動型ラジアルコリメータ(ORC)の性能評価試験を行い、その最適運転条件を探ってきた。その結果、数分程度の短時間測定であれば、可能な限り速い揺動スピードが望ましいが、長時間測定の場合には、揺動方向が切り替わる際の20ミリ秒程度の停止時間(死点と呼ばれる)の蓄積が、揺動スピードが速いほど顕著となり、信号の不均一性が問題となることがわかった。我々は、これらの課題を解決するため新しい揺動パターン(シフトモード)を提案し、BL01のORC制御系に実装した。

図1に示したシフトモードの揺動パターンを具体的に説明する。赤矢印の方向を往路、青矢印の方向を復路と呼ぶこととし、一枚のブレードに着目すると、はじめは往路2.5度、復路2.4度なので、0.1度ずつ揺動開始位置(死点)が往路方向にシフトする。BL01のORCでは隣接するブレード間隔は2.5度なので、着目したブレードの揺動開始位置のシフト量が2.5度に到達したところで復路の角度範囲を2.6度とし、復路方向に揺動開始位置を0.1度ずつシフトさせる。このように死点の位置を少しずつシフトさせることで均一な信号を得ることができるようになる。

現在、MLFで使用されているORCの多くは、MLF技術スタッフが設計・製作したものであることから、BL01で実装したシフトモードを今後他BLに展開することは極めて容易である。このような柔軟性こそがインハウスで装置デバイスを開発することの強みであると言えよう。

図1 BL01の揺動型ラジアルコリメータに導入した新しい揺動パターン(シフトモード)。

BL23 POLANOは6月に行われた放射線変更申請に伴う施設検査に合格

POLANOは6月に行われた放射線変更申請に伴う施設検査に合格し、シャッターの開閉が許可された。今夏は中性子受け入れ前の最期の大型工事を行っており、生体遮蔽内ガイド管の真空調整、検出器設置および配線、Fermiチョッパーの設置と調整、各種制御系の整備などを進めている。11月からのJ-PARC運転再開に合わせてビーム受け入れを行い、コミッショニングを開始する予定である。写真はPSDの配線作業。

機器整備として、SEOP偏極子を初めとし磁場環境や計算環境あるいはチョッパー開発に注力している。偏極実験の心臓部となる3Heスピンフィルター(以下3He NSF)はKEKで開発を進めている。POLANOではビームライン上で3Heガスを偏極するin-situ方式を採用した。ビーム軸方向の長さ60 cm×幅60 cm×高さ30 cmのコンパクトな設計になっており、真空散乱槽の直上流に設置を予定している。初期段階での性能として、3He NSF位置でビーム径50 mmに対して、中性子エネルギー50 meV以上、3He偏極率70%以上を目指している。POLANO 3He NSFは、adiabatic fast passage (AFP)と呼ばれる3Heスピン反転装置が装備されており、一定時間ごとに入射中性子のスピンをフリップしながら測定を行うことができる。このAFP NMRをはじめ、レーザー光学系、磁場環境、ヒーターなどにさまざまな工夫を凝らすことによりコンパクトな3He偏極装置が実現できている。現在は、連続運転試験を繰り返しながら、装置の安全性や耐久性の強化を図り、POLANOのコミッショニングに備えている。図はテスト中のPOLANO 3He NSF。磁気シールド付きソレノイドの内側に3Heセルが設置されている。レーザー光学系、AFP NMR、ガイドコイル等が60 cm×60 cmの光学テーブル上に配置されている。

論文リスト

学術誌

その他刊行物

受賞

平成28年度高分子学会学術賞受賞

  • 2016-09-15

J-PARCセンター青木裕之副主任研究員が行った「ナノ光学顕微鏡による単一高分子鎖のコンホメーション解析」に関する研究が、高分子科学の全領域において、独創的かつ優れた研究成果と評価され、平成28年度高分子学会学術賞を受賞し、2016年9月15日に表彰されました。

授賞式の様子

表彰された青木裕之副主任研究員(写真右)

第64回日本金属学会論文賞受賞

  • 2016-09-21

北海道大学佐藤博隆助教らがBL10中性子源特性試験装置 (NOBORU)で行ったブラッグエッジ法を用いた結晶格子ひずみイメージングに関する論文が、特に優秀な論文であると評価され、第64回日本金属学会論文賞を受賞し、2016年9月21日に表彰されました。

授賞式の様子

左から鬼柳善明氏(名古屋大学 大学院工学研究科 特任教授、北海道大学 大学院工学研究院 名誉教授)、佐藤友哉氏(北海道大学 大学院工学院、現所属:日本製鋼所)佐藤博隆氏(北海道大学 大学院工学研究院 助教)

[論文情報]
H. Sato, T. Sato, Y. Shiota, T. Kamiyama, A. S. Tremsin, M. Ohnuma, and Y. Kiyanagi, "Relation between Vickers Hardness and Bragg-Edge Broadening in Quenched Steel Rods Observed by Pulsed Neutron Transmission Imaging", Materials Transactions 56 (2015) 1147.

学会発表

54th European High Pressure Research Group (EHPRG)

日時:2016-09-04 - 2016-09-04
場所:Bayreuth, Germany
主催・共催:the European High Pressure Research Group(EHPRG)

8th International Conference on Highly Frustrated Magnetism 2016 (HFM2016)

日時:2016-09-07 - 2016-09-11
場所:GIS NTU Convention Center, Taipei,
主催・共催:National Center for Theoretical Science

The 7th Workshop on Inelastic Neutron Spectrometers (WINS 2016)

日時:2016-09-08 - 2016-09-09
場所:Kutschstall Potsdam and Helmholtz-Zentrum Berlin, Germany
主催・共催:International Union of Crystallography

平成28年度資源・素材関係学協会合同秋季大会

日時:2016-09-13 - 2016-09-13
場所:岩手大学
主催・共催:資源・素材学会/国立研究開発法人日本原子力研究開発機構

日本鉱物科学会 2016年年会

日時:2016-09-25 - 2016-09-25
場所:金沢大学角間キャンパス自然科学本館1階講義棟及び大講義棟
主催・共催:金沢大学

JAEAプロジェクト研究「機能物質の構造と電子物性」「銅酸化物高温超伝導体のスピン・格子ダイナミクスの研究」合同研究会

日時:2016-03-22 - 2016-03-23
場所:東北大学金属材料研究所
主催・共催:日本原子力研究開発機構

超低速ミュオンが拓く科学シンポジウム/新学術領域 領域会議

日時:2016-08-26 - 2016-08-27
場所:いばらき量子ビームセンター(東海村)
主催・共催:文部科学省新学術領域研究[超低速ミュオン顕微鏡が拓く物質・生命・素粒子科学のフロンティア]領域事務局

日本物理学会2016年秋季大会

日時:2016-09-13 - 2016-09-16
場所:金沢大学
主催・共催:一般社団法人日本物理学会