MLF月間報告2017年12月

研究成果

BL12 不等辺ダイアモンド型量子スピン鎖物質K3Cu3AlO2(SO4)4で観測された朝永-Luttingerスピン液体的な振る舞い

S = 1/2スピンがダイヤモンド型の鎖を形成するダイヤモンド型量子スピン鎖は、一次元性とスピンフラストレーションの相乗効果により、多彩な量子状態が出現する系である。代表的物質Cu3(CO3)2(OH)2では、明瞭な1/3磁化プラトーが観測され、また反強磁性転移温度TN = 1.8K以上では、理論計算で予想されていたalternating dimer-monomer (ADM) スピン液体状態の形成を支持する実験結果が得られた事で注目を集めた[1]。しかし、鎖間相互作用が無視できないため、本磁性の起源について未解明な部分を残す。理想的な一次元性を有するダイヤモンド型量子スピン鎖モデル物質の発見が望まれていた。我々は、磁性イオンCu2+が不等辺ダイヤモンド鎖を形成するK3Cu3AlO2(SO4)4 (鉱物名Alumoklyuchevskite)の人工合成に成功し、磁性研究を進めてきた[2]。Cu2+不等辺ダイヤモンド鎖の間には非磁性イオンK+, Al3+が存在する。最近接相互作用Ji (i : 1 ~ 5)および次近接相互作用Jm, Jd, Jd’が存在することがわかり【図1(a)】、理論研究からは、ADMスピン液体状態とはdimer, monomerの配置が異なるスピン液体基底状態を有すると予想された【図1(b)】[3]。中性子非弾性散乱では、低エネルギー側ではmonomerが連なり形成された一次元鎖の励起(スピンノン励起)が、高エネルギー側ではdimerの励起スペクトルが観測されるはずである。図2(a)はJ-PARC MLF BL12(HRC)で測定されたK3Cu3AlO2(SO4)4の粉末中性子非弾性散乱スペクトルである。Brillouinゾーンセンターから立ち上がる連続体励起が確認できる。図2(b), (c)はそれぞれ、高エネルギー側の中性子非弾性散乱スペクトル、文献[3]で得られた交換相互作用値を用いて計算されたS(q,ω)を粉末平均化して得られたスペクトルである。40meV付近に磁気励起が観測されており、dimerの磁気励起であると理解できる。低エネルギー側も含め、計算結果と実験結果は非常に良い一致を見せている。同じくJ-PARC MLFに設置されているミュオン実験装置D1で測定されたμSRスペクトルからは、90mKの極低温まで長距離磁気秩序の形成は観測されず、加えて、量子スピン液体特有の緩和率磁場依存性を観測した。上記実験結果は、我々が予想したK3Cu3AlO2(SO4)4のスピン状態モデルの妥当性を強く支持している。つまり本物質の基底状態は、dimer部分は量子非磁性状態を形成しているため、monomerで形成された量子スピン鎖の基底状態、Tomonaga-Luttingerスピン液体状態である可能性が極めて高い。本研究成果は、Scientific Reportsに掲載された[4]。

参考文献
  1. H. Kikuchi et al., Phys. Rev. Lett. 94, 227201 (2005).
  2. M. Fujihala et al., J. Phys. Soc. Jpn. 84, 073702 (2015).
  3. K. Morita et al., Phys. Rev. B 95, 184412 (2017).
  4. M. Fujihala et al., Scientific reports 7, 16785 (2017), doi:10.1038/s41598-017-16935-9.

図1 K3Cu3AlO2(SO4)4の (a) 有効スピンモデル、(b) 期待される基底状態の模式図。

図2 (a) T = 4Kでの中性子非弾性散乱(INS)スペクトルの磁気散乱成分(Ei=45.95meV)。100Kで測定したデータを使用しフォノンの寄与を差し引いた。(b) T = 4K、Ei = 205.8meVのINSスペクトル。(c) DMRG法を用い計算されたK3Cu3AlO2(SO4)4粉末試料のINSスペクトル。

装置整備

BL01 2017年夏期長期休止期間中の装置整備

2017年の夏期休止期間中、四季では共通技術開発セクションの協力の下、下記のような装置の整備や高度化を行った。

ガイド管交換作業
四季ではモデレータを基準として2.3 mの位置から15.8 mの位置(試料から2.2 m上流の位置)の間にm = 3.2–4のスーパーミラーを貼付した中性子ガイド管が設置されている。なるべく多くの中性子を試料まで輸送するため、上流から下流に向かって試料を焦点の1つとした楕円状に収束する形状となっている。しかし、試料位置での中性子強度の実測値は設計値の6割程度にとどまっていた [1]。この強度の減少は使用しているスーパーミラーの反射率あるいは形状が設計値と異なるためと考えられる。そこで、もっとも収束度およびm値の高い最下流のガイド管セクション1.7 mを再製作し、夏期休止期間中に交換した(図1左)。再製作したガイド管の形状とスーパーミラーのm値(= 4)は当初の設計値と同じである。交換した部位は1.7 mに過ぎないとはいえ、その周囲を入れ子状に覆っている遮蔽体を外し、アライメントのためのスペースも確保するために、ビームライン遮蔽体の大部分とその上に乗っていたチョッパーの制御盤、そして検出器とゲットロストチューブの一部も撤去する大がかりな作業となった。夏期休止期間の前後におけるバナジウム試料の散乱強度を比較したところ、このガイド管の交換により、約1–2割の強度増加が見られた。

ターボ分子ポンプの移設
MLFでは共通試料環境として7T超伝導マグネットが整備されており、四季の真空散乱槽の試料環境機器取り付けフランジはこのマグネットも取り付け可能な構造である。しかし、真空散乱槽の梁に鉄材が使われていることや、試料位置直下に磁気ベアリングを有するターボ分子ポンプが取り付けられていることなどがマグネットの使用にとって問題となってしまう。どの程度の磁場まで使用できるか見積もるために、磁場計算による検討を行ってきた。その結果、印可可能な磁場を制約する一番の要因がターボ分子ポンプに許される漏れ磁場の大きさであること、その制約は真空散乱槽に直結されているターボ分子ポンプの位置を真空散乱槽から離すことで緩和されることがわかった。一方、真空散乱槽の排気効率を考慮すると、ターボ分子ポンプは真空散乱槽になるべく近くかつ吸気口と真空槽の間が直線的であることが望ましい。そこで、ターボ分子ポンプをそれまでの取り付け位置からそのまま25 cm下方に下げることとし、その移設作業を夏期休止期間に行った(図1右)。その後真空排気試験を行ったが、移設前と比べて排気速度や到達真空度に目立った変化は見られなかった。今後、ビーム休止期間に実際にマグネットを設置しての磁場印可試験を行う予定である。

検出器増設
BL01では2016年度に2本の検出器を新規に購入しており、その取り付けも行った。ただし、うち1本は損傷していた検出器と交換したため、実質的に増加した検出器本数は1本(約0.5°に相当)である。

図1 (左)新しいガイド管を組み込んだジャケットをビームラインに設置している様子。 (右)真空散乱槽下部のターボ分子ポンプ。矢印で示した距離だけ取り付け位置が下がった。

参考文献
  1. R. Kajimoto et al., J. Phys. Soc. Jpn. 80, SB025 (2011).

論文リスト

学術誌

プロシーディングス

その他刊行物

受賞

日本中性子科学会第15回技術賞

  • 2017-12-02

第14回日本中性子科学会ポスター賞

  • 2017-12-02

第14回日本中性子科学会ポスター賞

  • 2017-12-02

学会発表

日本中性子科学会第17回年会

日時:2017-12-2 - 2017-12-3
場所:福岡大学七隈キャンパス

第6回JASRIワークショップ「中性子で何がわかるか、J-PARCで何ができるか」

日時:2017-12-22 - 2017-12-22
場所:大型放射光施設SPring-8放射光普及棟中講堂

平成 29 年度中級者向け Z-Code 講習会

粉末構造解析の経験者を対象にZ-Codeを用いて少し高度な構造解析を一人で行えることを目指す。X線と中性子データの同時解析やMEM解析、簡単なプロファイル解析、磁気構造解析についても解説した。(中級者向け講習会は年1回開催)

日時:2017-11-02 - 2017-11-02
場所:LMJ 東京研修センター

リートベルト解析ソフトウェアZ-Rietveld、指数付けソフトウェアConographを配布中

Z-Rietveld for Mac 1.0.5 (動作環境:Mac OS 10.9 or later 有効期限 2019/12/31)
Z-Rietveld for Mac 0.9.44.4 (動作環境:Mac OS 10.7 - 10.8 有効期限 2020/03/31)
Z-Rietveld for Win 1.0.2 (動作環境:Windows 7, 8.1 and 10 有効期限 2018/10/31)
Sample_data (Ver. 2017/11/10)
Conograph_Mac (Ver. 0.9)
Conograph_Win_JPN (Ver. 0.9)
Conograph_Win_ENG (Ver. 0.9)

いずれも下記のアドレスからダウンロードできます。
https://z-code.kek.jp/zrg/
なお、すべての問い合わせ等はZ-Code(pjzcode[at]gmail.com [at]は@に置き換えてください)にお願いします。