9. 双子のパラドックス-- Langevin’s Traveller and Twin Paradox--¶
双子のパラドックス 1 は特殊相対論の時間の遅れ効果の一例としてよく知られています 2 。
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日本では、「ウラシマ効果」「浦島効果」の方が通りが良いのかもしれません。
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arxiborg/1205.0922.pdfによれば、Einsteinは時計を移動させた場合の時間の遅れについて議論した(1905)。 Paul Langevinはその説明を双子のパラドックスとして、(時計ではなく)人間を移動させた場合の時計の進みについて議論した。双子のパラドックスはLangevin travelers とも呼ばれるらしい。
双子のパラドックスとは、双子の片方が地球に残り、もう一方は光速に近い速度のロケットで旅行した後 地球に戻ってくる。特殊相対論による時計の遅れの効果と相対性原理がどの様に両立しているのか?という問題です。
パラドックスと呼ばれますが、特殊相対論を正しく適用した結果であって、パラドックスではありません。 旅行者が進行方向を反転することから、加速度運動が避けられないことから、この加速度運動を正しく 計算に取り入れる必要があります。そこを間違えると一見パラドックスに見えてしまうわけです。
さて、この小文では、
二人の観測者 \(\cal{O}_E\), \(\cal{O}_R\) を考えます。
\(\cal{O}_E\) と \(\cal{O}_R\) は時刻 t=-T/2 で同じ時空にあり、 \(\cal{O}_R\) は初速 \(v\) で移動を開始するとします。 その後 \(\cal{O}_R\) は 一定の加速度で減速され、 \(\cal{O}_E\) でみた時刻、\(T\) に速度 \(-v\) でもとの地点に戻ってくるとします。これは、通常言われる双子のパラドックス(行きも帰りも、同じ速さ)とは少し異なっていますが本質は同じです。
この状況でののそれぞれの観測者からみたお互いの時計の進みぐあいを、相対論的な運動方程式の解に基づいて計算します。 これによって、二人の観測者がそれぞれ持っていた時計の進みの関係がわかります。
9.1. 特殊相対性理論での定加速度運動¶
次のような質点の運動を考えてみます 3 。
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\(\alpha\) は後で見る様に、この運動の加速度になっています。 \(c \rightarrow \infty\) の極限を考えると、 \(x(t) \rightarrow_{c \rightarrow \infty} - \frac{1}{2} \alpha t^2\) です。
この質点の運動が双曲線 \(\left( x - \frac{c^2}{\alpha}\right)^2 - c^2 t^2 = \frac{c^4}{\alpha^2}\) に沿っていることは直ぐに確認出来ます( 図-9.1 )。
この質点の運動の速度 \(u\) および運動量 \(p\) は、
となります。つまり、この質点の運動は特殊相対論の運動方程式
を満足していることが解ります。つまり、この質点は一定の力を受けて運動しているということになります。Newton力学とは異なり、 質点の速度の絶対値は \(c\) を超えることがありません。一方運動量にはその様な制限はなく、その絶対値は時間に比例して増えて行きます。
9.2. 運動する質点の固有時刻¶
次に質点の固有時刻 \(\tau\) を 求めて見ます。
ここで \(\tau\) の積分定数は \(t=0\) で \(\tau=0\) として定めています( 図-9.2 )。 また、この \(\tau\) を使うと、質点の軌道は、
と書き表すことができます。
ですから、四元運動量ベクトル \(g^\mu \equiv \frac{d^s z^\mu}{d \tau^2}\) の大きさは、
となり、この運動では四元加速度の(Minkowski 空間のベクトルとしての)大きさが一定であることが分かりました。
9.3. 出発時の速度と時間経過および移動距離¶
観測系では \(t=-T/2\) で動いていた質点は、一定の力(減速)を受ける結果、 \(t=T/2\) でに観測系でみた同じ空間点に速度 \(u=-\beta c\) で戻ってきます。
\(u(T/2)^2 = \beta^2 c^2\) を解いて、
と求められます。往復の時間 \(T\) の間に質点の固有時 \(\tau\) は
進むことになります( 図-9.3 )。
この様に、一定の力の元で運動しているロケットの固有時の進みは、静止している観測系の時計の進み 4 に比べて遅れています。実際、
です。 等号が成り立つのは \(t=0\) の折り返し地点で ロケットの速度が0になった場合であることが分かります。
また、この間にロケットが観測系でみて移動した距離 \(D\) は、
です。
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地球の観測者に取っては、静止系での経過時間 = 固有時 であることに注意します。
9.4. それぞれの観測者からみた時間の経過¶
ロケットの観測者 \(\cal{O}_R\) からこの現象を考えてみます。観測者 \(\cal{O}_R\) からみても相手が一定の加速度を受けながら 徐々に減速/反転し、やがて同じ場所に戻ってくるということは同じです。しかしながら、 \(\cal{O}_E\) に働くは力 \(\cal{O}_R\) が加速度運動による見かけの力です。この見かけの力は \(\cal{O}_R\) にも働いており、この見かけの力と \(\cal{O}_R\) 働いている 力 \(f\) が釣り合っていることで、 \(\cal{O}_R\) はその座標系の中で同じ位置に留まり続けることが出来ます。 という様に、働いている力までを考慮すると、 \(\cal{O}_R\) と \(\cal{O}_E\) は特殊相対性理論の枠内では同等ではありません。 二つの立場を全く同等に取り扱うためには、一般相対性理論を用いて一般座標変換の枠組みを使うことが自然です。この立場からは、時計の進みは 重力場のポテンシャルに依存しているということから、この現象を説明することが出来ます。 が、双子のパラドックスがパラドックスではないということ自体は、ここで説明した様に特殊相対性理論の枠内でも説明は可能です。
今、二つの観測者はお互いの時計を(望遠鏡を使って)みており、その時計の見かけの進みかたがどうなるかを考えてみましょう。 この様に観測される時計の進みは、座標系の変換規則を用いて得られる観測時間とは異なるものであることに注意しましょう。
ロケットの乗員が望遠鏡をのぞいて自分自身の時計が \(\tau\) の時に、望遠鏡でみた地上の時計の時間を \(t_R(\tau)\) とします。 また、逆に地上の観測者が ロケットの固有時が \(\tau\) の時の時計を見る時間を \(t_E(\tau)\) とします。 それぞれ時計をでた光がロケットあるいは地上の観測者に届く時間の分だけ、これは座標の時間と異なっていることに注意します。 ロケットが地上を速度 \(c \beta\) で出発した時刻を \(t_s\) および固有時 \(\tau_s\) として、それらの時刻は:
となります。これらの時刻と位置 \(x_p\) の関係を 図-9.5 に示します。
これらの3種類の時刻を 図-9.6 に示します。見易くするために、出発時の時刻 \(t_s\) および \(\tau_s\) からの変化を 図示しています。また地上の時計が \(t\) の時のロケットの速度 \(\beta=\frac{v}{c}\) も合わせて表示しています。 固有時 \(\tau\) (青実線)を見ると、出発の初めでは地上の時計の進みに比べゆっくり進んでいたロケットの固有時が、減速に従い、徐々に地上の時計の進みに近づき、 速度が上昇するのに従って、再び進み方が遅くなることが解ります。 地上の観測者が見ているロケットの時計は、次第にロケットが遠ざかって行くため、固有時よりもゆっくり進んでいる様に見えます。 しかし、折り返し点を超えたところのあとの時計は、急激に進み、ロケットが戻ってきた時には、その時の固有時を示す時計が見えることになります。
一方で、ロケット上の観測者が見ている地上の時計は、折り返し地点までは、非常にゆっくりと進み、折り返し後は、急激に早く進んで行く様に見えることが 解ります。この場合もロケットが地上に戻ってきた時には、地上の時計は、ロケットの固有時に比べ進んだ表示になることが解ります。
望遠鏡で見る時計の時刻と、相対性理論でいうところの"観測時間"との違いに注意しましょう。後者は事象の時空点の座標系が示す時刻です。 それぞれの慣性系では空間の各点に時計が置かれており、その時計が属する慣性系の同時刻には全てのその慣性系の時計は同時刻を指す様調整されていると 考えます。