2016年1月20日
J-PARCセンター
次世代の全固体リチウムイオン電池の開発に向けて
-  電池材料中のリチウムイオンの動きを解明  -
  

  現代社会のキーテクノロジーの一つとして活躍の場を広げているリチウムイオン電池には、さらなる高性能化、高安全性が求められています。次世代のリチウムイオン電池材料として注目を集める超イオン伝導体を使用して、リチウムイオン電池を全固体化することは、リチウムイオン電池の性能と安全性を向上させる上で必要不可欠な技術です。

  今回、京都大学原子炉実験所の森一広 准教授らの研究グループは、リチウムイオン電池の開発に大きく貢献する超イオン伝導体中でのリチウムイオンの動きを、J-PARCの中性子実験装置を使い解明しました。

  この結果は11月20日 (米国時間) に、米国物理学会誌「Physical Review Applied」にオンライン掲載され、編集部による注目論文「Editors' Suggestion」に選ばれました。

  

 【 リチウムイオン電池 】         


  リチウムイオン電池は、電化の進む現代社会において必要不可欠なキーテクノロジーの一つです。情報化社会を支える携帯電話やノートパソコンなど可搬型の身近な小型製品から、ハイブリッドカーや燃料電池自動車、家庭用蓄電システムから果ては人工衛星のような大型機器まで、リチウムイオン電池の活躍する場所はどんどん増えてきています。今後も、より長距離を走れる電気自動車や、携帯電話やパソコン用のより小型で軽量な電池のためにも、リチウムイオン電池の大容量化、高出力化が求められます。一方で、現在使用されているリチウムイオン電池には可燃性の有機溶媒を含む電解液が使用されており、発火や漏洩の危険性を常にはらんでいます。特に、宇宙のような極限環境下や自動車・飛行機のように事故の危険性を考慮する必要がある用途にリチウムイオン電池を用いるためには、大容量化、高出力化に加えてより高い安全性も要求されます。

 【 電池の全固体化と超イオン伝導体 】         


  電池の構造は大きく分けて、正極と負極、その間をつなぐ電解質の3つからできています (図1) 。電池に電球などをつなぐと、負極から正極へ電子が移動することで電流が流れますが、同時に電池の内部ではリチウムイオンが負極から正極へ電解質を介して移動します。一方、充電する場合は電子とリチウムイオンが同じ経路を逆方向に移動します。つまり、充放電とはリチウムイオンが電解質中を正極と負極を行き来することによって生じる現象で、電解質は充放電の際にリチウムイオンが行き来するための道であると言えます。リチウムイオンを効率的に移動させるには有機溶媒に溶かしてしまうのが手っ取り早いのですが、先ほど述べたとおり可燃性の有機溶媒が発火する危険性が生じます。そこで登場するのが「超イオン伝導体」です。

  超イオン伝導体は固体にもかかわらず、内部でイオンが移動するという不思議な性質を持っています。これは、物質中において「イオンが移動しやすい」特殊な原子配列 (構造) を持っているためと考えられています。もし、電解液をこの超イオン伝導体に置き換える事が出来れば、可燃性の有機溶媒を持たない、より安全な電池の実現が期待できます。現在までに数10種類の超イオン伝導体がリチウムイオン電池の材料として研究されています。

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  図1  リチウムイオン電池の概念図

 【 Li7P3S11準安定結晶 】         


  今回、京都大学原子炉実験所の森一広 准教授らの研究グループが注目したLi7P3S11準安定結晶は、従来の有機電解液に匹敵するイオン伝導度を持つ固体電解質材料として有望な超イオン伝導体です。しかしこれまで、リチウムイオンがどのようにこの物質の中を高速で移動しているかは、十分に解明されていませんでした。超イオン伝導体の中でのリチウムイオンの伝導経路を解明することは、全固体電池の性能向上において、とても重要なことです。

 【 見えないモノを見る技術 - 中性子散乱 -  】         


  そこで研究グループは、Li7P3S11準安定結晶中のリチウムイオンの伝導経路の解明のために、中性子散乱法を利用しました。中性子散乱法は、観測したい試料に中性子線を照射し、試料中の原子・分子によって散乱された中性子の分布を評価する手法です。中性子は試料で散乱する際、原子・分子の配置や運動に応じて散乱する角度や飛び出すエネルギーが変化します。そこで、逆にその分布を精密に測定・解析することで、ナノメートル (100万分の1ミリメートル) スケールにおける原子・分子の構造やその動きを調べることができるのです。J-PARCでは光速の約97%まで加速した陽子ビームを使って世界最高強度の中性子線を作りだし、それを用いて短時間に大量かつ高精度の中性子散乱パターンを得ることができます。

 【 リチウムイオンの高速ジャンプ 】         


  今回の解析では、J-PARC/物質・生命科学実験施設 (MLF) の高強度全散乱装置 (BL21 NOVA) を使用して、Li7P3S11準安定結晶の中のリチウムイオンの伝導経路を可視化し、さらにダイナミクス解析装置 (BL02 DNA) を用いることでリチウムイオンの動きを直接観測しました。

  図2は、NOVAの実験結果をリバースモンテカルロ法という特殊な方法で詳細に解析したLi7P3S11準安定結晶中の原子の位置とリチウム伝導経路を示した図です。興味深いことに、リチウム伝導経路内にリチウムは均一に存在するのではなく、リチウムイオンが比較的安定にとどまることができる領域 (安定領域:オレンジ色) とやや不安定な領域 (準安定領域:青色) が存在する、という結果が得られました。一方、リチウムイオンの動きを直接捉えるため、温度を変えてDNAを用いた中性子準弾性散乱実験を行いました。図3に、150 K (マイナス123℃) 、297 K (24℃) 、及び473 K (200℃) での中性子準弾性散乱スペクトルを示します。473 K (200℃) の高温域で、中性子準弾性散乱スペクトルが広がっています。これは、熱を加えたことでリチウムイオンの一部が、固体中で動き始めたことを示しています。詳細に解析すると、リチウムイオンが平均で約200億分の1秒毎に0.43 nm (ナノメートル、1ナノメートルは1ミリメートルの100万分の1) の距離を、固体中でジャンプ移動していることが分かりました (図2) 。このジャンプ距離は、図2のオレンジ色で示す安定領域間の平均距離とよく一致しており、リチウムイオンが伝導経路内の安定領域間を高速でジャンプしながら移動していると考えられます。

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図2  Li7P3S11準安定結晶の原子レベルでの構造 (a) と拡大図 (b) 。四面体のPS4とそれが2つ繋がったP2S7の周囲に、リチウム原子が点在し、安定領域と準安定領域が広がっている。c, dは、リチウム伝導経路の概念図。

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  図3  中性子準弾性散乱スペクトルの温度変化。

 【 広がる応用 】         


  今回の実験手法は、さまざまな固体電解質材料の解析にも応用可能です。今後さらに、固体中でリチウムイオンが高速で移動できる伝導空間 (もしくは環境) を原子レベルで解明することができれば、より高品質な全固体電池の開発につながることが期待されます。

  関連サイト          


  京都大学原子炉実験所 中性子材料科学研究分野 福永研究室
  革新型蓄電池先端科学基礎研究事業 (RISING事業) 
  J-PARC 物質・生命科学実験施設

  論文情報          


Kazuhiro Mori, Keigo Enjuji, Shun Murata, Kaoru Shibata, Yukinobu Kawakita, Masao Yonemura, Yohei Onodera and Toshiharu Fukunaga, "Direct Observation of Fast Lithium-Ion Diffusion in a Superionic Conductor : Li7P3S11 Metastable Crystal",
Physical Review Applied, 4 (2015) 054008.
[DOI] 10.1103/PhysRevApplied.4.054008
  
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