Tokai to Kamioka (T2K)は: 日本が率いる国際共同物理学実験の名称です。茨城県東海村の大強度陽子加速器施設J-PARCで大強度ニュートリノビームを作り、岐阜県飛騨市神岡町に位置する世界最大のニュートリノ検出器「スーパーカミオカンデ」に打ち込みます。ニュートリノが日本列島をほぼ光の速さで横断する際、「世代」または「フレーバー(香り)」と呼ばれるニュートリノの本質的な性質に変化が起こります。この現象は「ニュートリノ振動」として知られています。ニュートリノ振動を調べることで、ニュートリノの不思議な性質を明らかにすることが出来ます。特に、電子や核子を構成するクオークなど、ほかの基本粒子-素粒子-に比べて、ニュートリノの質量がどれくらい軽いのか、また、ニュートリノのフレーバー間の混合の大きさがどの程度であるのか、詳しく調べることが出来ます。これらは、素粒子物理学の根幹にかかわる重要な問題で、我々の物質優勢宇宙の進化の謎を解き明かす鍵であるのかもしれません。 |
ニュートリノ は原子よりもはるかに小さな、電気的に中性の謎に満ちた素粒子です。その存在は、原子核のβ崩壊を説明するため、W.E.Pauliによって最初に提唱され(1930)、そののちE.Fermiにより美しく定式化されました(1934)。その四半世紀後、E.ReinesとC.Cowanが、原子炉を強力なニュートリノ源として利用した実験によって検出に成功しました(1956)。ニュートリノは通常の物質内を飛跡や反応をおこすことなくやすやすと貫通してしまうため、検出することが非常に難しいのです。その質量はとても小さく、電子や最も軽いクオークの100万分の一以下です。ニュートリノには3つの種類(「世代」または「フレーバー」と呼ばれる)があります-電子ニュートリノ(νe)・ミューニュートリノ(νμ)・タウニュートリノ(ντ)で、それぞれ電荷を持つパートナーと対になっています。それぞれのニュートリノには、対応する反粒子-反ニュートリノとよばれる-があります。
自然界を形づくっているクオークとレプトンにはともに3世代があります。レプトンに属するニュートリノは電気的に中性で、負の単位電荷をもつパートナーと対をなしています。 |
3世代あるニュートリノのごくわずかな質量に差があると、飛行中にフレーバーの変化が起こります。たとえば、加速器によって100%純粋なミューニュートリノを生成したとしても、ある距離を飛行するとタウニュートリノとなり、そののちまたもとのミューニュートリノに戻ってしまいます。このように、ニュートリノのフレーバーが周期的に変化することをニュートリノ振動と呼びます。ニュートリノの世代間にこのような混合が起きる可能性は、牧次郎・中川昌美・坂田昌一らによって指摘されていました(1962)。
ニュートリノが有限な質量を持ち、その世代間に混合がある事の帰結であるニュートリノ振動は、スーパーカミオカンデ共同研究グループによって、一次宇宙線が地球の大気と反応して生成されるニュートリノの観測によって発見されました(1998)。発表された大気ニュートリノの天頂角分布は、地球の裏側から飛んでくるミューニュートリノが、上空から来るものに対して減少していることを示していました。これは、ミューニュートリノがニュートリノ振動によって観測できないタウニュートリノに変化したためで、ニュートリノの世代間に極々微小な、しかしゼロではない質量の違いがあることが世界で初めて実験的に証明されました。
提供:東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設 |
スーパーカミオカンデで観測された宇宙線と大気が反応して生まれた大気ニュートリノの天頂角分布。大気中では、ミューニュートリノと電子ニュートリノがおおよそ2:1の割合で生成される。電子ニュートリノ(左)ではニュートリノ振動がないとした場合の予想値(青線)と実験値は左右対称でよく一致している。ミューニュートリノ(右)のうち、地球の裏側からくるもののみ、予想値よりも有意に少なくなっている。赤線はニュートリノ振動があるとした場合の理論値。 |
K2K実験は、茨城県つくば市にあるKEKの陽子加速器によって生成されたニュートリノを250kmはなれたスーパーカミオカンデに打ち込むという世界初の長基線ニュートリノ振動実験で、1999年から2004年にかけて行われました。この間に得られた112個の人工ニュートリノ事象の解析から、ニュートリノ振動が起こっている確率は99.9985%という確定的な結果が得られました。
K2K実験のためKEKに建設されたニュートリノ実験施設(左)。スーパーカミオカンデで検出された人工ニュートリノ事象のエネルギー分布(右)。ニュートリノ振動に特徴的な歪みが見られます。 |
量子力学によると、ニュートリノのフレーバ固有状態は決まった質量を持っていません。各々のフレーバー固有状態は、異なる質量固有状態の重ね合わせ(混合)として現れます。この関係は、3つのフレーバー固有状態と3つの質量固有状態を結ぶ牧・中川・坂田(MNS)行列とよばれる3×3混合行列によって記述する事が出来ます。ニュートリノ振動の研究によって得られる、行列が含む6つの独立したパラメータのうち、2つが未測定のまま残されています。ひとつはθ13と呼ばれる第1世代-第3世代間の混合角で、もうひとつはeiδと記述される複素位相因子です。後者はCP(荷電変換とパリティ)対称性の破れを生む因子で、我々の宇宙の物質と反物質の非対称性(物質優勢宇宙の創成)に深く関わっている可能性が指摘されています。このCP非対称効果の大きさは sinθ13に比例しており、そのために θ13 がどれくらいの大きさであるのか、物理学者の間で大きな関心を集めているのです。
T2K実験が発見を目指す3世代間のニュートリノ振動の模式図。これまで未発見のνμ→νe振動を捉える事がその第一の目標です。 |
スーパーカミオカンデで観測されるミューニュートリノの反応による事象(左)と電子ニュートリノ反応による事象(右)。ミューニュートリノによって生成された荷電ミューオンは水中をほぼ直進するのに対し、電子ニュートリノ反応で生成された電子は電磁シャワーをおこすためリングの輪郭が乱れる。 |
T2K実験の第一の目的は、これまで発見・検証されているνμ→ντ 振動と相補的なνμ→νe振動 を新たに発見することによって、最後に未測定で残っている混合角θ13を決定することです。この目的を実現するため、T2K実験ではJ-PARCのニュートリノ実験施設で生成された世界最高強度のニュートリノビームを、J-PARCから295km西、神岡鉱山の地下1,000mに位置するスーパーカミオカンデに向かって打ち込みます。ニュートリノは鉄やコンクリート遮蔽や岩盤をあってなきがごとくに通り抜け、生成されてから約1ミリ秒後に神岡に到達します。そのほとんどは大気中-宇宙空間へと通り抜けていきますが、大変僅かな割合でスーパーカミオカンデの中にその航跡を残します。スーパーカミオカンデは円筒形で5万トンの純水が貯蔵されており、その内面は50cmの直径を持つ高感度の光センサー11,000本でおおわれています。ニュートリノと水中の原子核が反応すると、ニュートリノのフレーバーに応じて電荷を持ったパートナー(ミューオンや電子)が生成されます。ミューオンと電子は飛跡にそって微弱な円錐形の光の波面を放射し、隣接する光センサーにリング状のイメージを作ります。これらのイメージを解析することによってニュートリノのフレーバー(ミューオンライクか電子ライクか)とエネルギーを決定することが出来ます。 もし電子ニュートリノの出現が検出されれば、νμ→νe振動の確かな証拠となるのです。
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