J-PARCのメインリングシンクロトロンから蹴りだされた陽子ビームは、多数の常伝導電磁石や超伝導電磁石、ビームモニターを軌道上に配列した一次ビームラインを通って西向きに曲げられます。陽子ビームはターゲットステーション内のグラファイトで作られた標的に衝突して、数多くの2次粒子を作り出します。このうち正電荷を持つパイメソン(ミューニュートリノの親にあたる)を、電磁ホーンによって前方に収束させます。電磁ホーンは、ビーム射出に同期した数百キロアンペアのパルス状の電流によって荷電パイメソンを収束させるよう設計された特殊な電磁石です。パイメソンは、長さ100mのトンネル(ディケイボリュームと呼ばれる)を飛行中にミューオンとミューニュートリノの対に崩壊します。ニュートリノ(およびごく一部のミューオン)以外の粒子、たとえば標的を反応せずに通過した陽子や崩壊しなかったパイメソンなどは、大型グラファイトブロックで作られたビームダンプで吸収されてしまい、実験施設の外には出ていきません。ビームダンプを通過したミューオンの空間分布をミューオンモニターによって観測することで、ニュートリノの空間分布を間接的にモニターします。標的から280m下流には、ニュートリノ前置検出器があって、ニュートリノの空間分布、ミューニュートリノの純度やエネルギー分布を測定します。これらの測定結果を295km離れたスーパーカミオカンデの測定結果と比較することで、ニュートリノ振動を詳細に研究する事が可能となります。 |
※ J-PARCニュートリノ実験施設は、世界に先駆けてオフアクシスビームを生成利用する施設として設計開発されました。ニュートリノビームの中心軸をスーパーカミオカンデの方向より僅かに下に向けることによって、神岡に到達するニュートリノのエネルギーをより低く、分布の幅をより狭くすることが出来ます。ニュートリノビームの中心は遠く日本海を通り抜けていきます。
一次ビームラインは上流から下流に向かう順に、メインリングから取り出したビームを調整する前段部・ビームを神岡の方向に曲げるアーク部・ビームを標的に導く最終収束部の3つの部分から構成されています。前段部と最終収束部には常伝導電磁石が使われています。
前段部(上) 最終収束部(右) |
アーク部には超伝導電磁石が使われています。長さ3.3m、二極磁場最大2.6テスラ、四極磁場勾配最大18.6テスラ/mの、二極・四極複合磁場超伝導電磁石(SCFM)28台から構成されています。これらの磁石を超伝導状態にするために、絶対温度4.5度で2キロワットの冷凍能力を持つ冷凍機が設置されます。
複合磁場超伝導電磁石(SCFM)(左) 磁石内の磁場分布(上) |
一次ビームラインには、ビームの強度・位置・形状を監視する多数のビームモニター(CT・ESM・SSEM)が設置され、メインリングから取り出された陽子ビームを漏れなく標的まで送り込みます。
ターゲットステーション棟の内部には、ディケイボリュームと一体の、体積1,500m3の巨大な真空・ヘリウム容器が建設されています。3台の電磁ホーン・ホーンを保護するバッフル・標的でのビーム形状を光学的にモニターする装置(OTR)などがその中に設置されています。これらは放射線を遮蔽する鉄やコンクリートによって厳重に覆われています。ヘリウム容器内部の電磁ホーンや遮蔽ブロックはクレーンの遠隔操作によって内部から取りだしたりインストールすることが出来ます。
ヘリウム容器内部の断面図(上) 第2電磁ホーン インストールの様子(右) |
電磁ホーンはアルミニウムの円筒管が二重になった装置で、32万アンペアのパルス電流により2テスラの磁場を内外管の間に発生させ、パイメソンを前方に収束させます。T2K実験では3台の電磁ホーンが使われます。 パイメソンを作り出す標的は、第一ホーン内管の中心に挿入されています。長さ約90cmのグラファイトの棒で出来ており、グラファイト(中)とチタン合金(外)の2重の鞘に覆われています。その隙間にヘリウムガスを流し発生する熱を冷却します。ビーム運転時にはその中心温度は約700℃にもなります。
標的(上) 第一電磁ホーン(右) |
ディケイボリュームは約6mの厚さのコンクリートで覆われた炭素鋼製の矩形トンネルで、その内部には二次粒子により発生する熱を冷却するためプレートコイルと呼ばれる水冷管が敷き詰められています。ディケイボリュームの最下流部にはグラファイトブロックとアルミ冷却モジュール、水冷・空冷の鉄遮蔽からなるビームダンプが設置され、標的で反応しなかった陽子などを吸収し、発生する熱・放射線を遮断します。
ディケイボリューム内から上流を望む(上) ビームダンプコア据付(右) |
パイメソンがディケイボリューム内で崩壊すると、ミューニュートリノとともに荷電ミューオンが生成されます。ミューオンモニターはこの荷電ミューオンを測定することにより間接的にニュートリノビームの方向とその安定性を監視するための測定器で、ビームダンプ下流の地下約18mの実験室内に設置されています。
前置検出器は、標的の下流280mの位置にある、深さ33.5m、直径17.5mの実験ホール(ニュートリノモニター棟)内に設置されています。前置検出器は、ビーム中心に置かれているオンアクシス検出器(INGRID)と、神岡の方向に置かれているオフアクシス検出器の独立した2つの検出器から構成されています。前者はニュートリノビーム中心の安定性をモニターし、後者はニュートリノビームのエネルギー分布やビーム中の電子ニュートリノ成分の測定を行います。
INGRID(左) オフアクシス検出器(右) |
オフアクシス検出器を取り囲む電磁石は欧州原子核研究機構(CERN)の陽子-反陽子衝突型加速器での実験(UA1)のために製作され、WボゾンとZボゾンの発見(1983)に貢献したもので、T2K実験のためにCERNから供与されました。
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