J-PARCセンター
2011年6月22日
大強度・高品質陽子ビームの実現を目指して

加速空胴用高インピーダンス金属磁性体コアの製造成功
  2011年6月10日、J-PARC加速器グループは素粒子原子核研究所ハドロングループ、J-PARC低温グループ、物質構造研究所ミュオングループと協力し、磁場中熱処理を用いて加速器用高性能金属磁性体コアの製造開発に成功しました。金属磁性体コアは陽子ビームをシンクロトロンで加速するためにJ-PARCの高周波加速空洞で使われているもので、これにより従来のフェライトコアを用いた空洞の2倍以上の高い加速勾配が得られていました。今回の高インピーダンス金属磁性体コア開発は、この性能を更に飛躍させるもので、J-PARC加速器で進められているビーム強度増強計画の実現に必要不可欠なものです。
 < 磁性体製造 > 

  図1は今回初めて製造した、高性能な金属磁性体コアの写真です。この金属磁性体は元々アモルファス状態であったものを、約600℃の高温で熱処理することにより、内部にナノメーターサイズの微小な結晶を成長させたものです。この微小結晶が作られる際に高い磁場をかけることにより、結晶の持つ磁化容易軸をそろえることができます。磁場をかけた状態では微小結晶の磁区も磁場の方向を向いていますが、これは磁場を切ると同時に180度逆向きのものが出てきます。しかし、磁化容易軸が揃っているため、微小結晶の磁区の向きは元の磁場の向きに平行なものと反平行なものが半々の状態となります。図2はこの磁性体コアの製造装置です。大型の磁性体に均一な磁場をかけるために重さ約300トンの電磁石が使われています。この電磁石は高エネルギー原子核実験のために用意されたものですが、実験が始まるまでの間、磁性体の製造装置としてお借りしています。この磁石の間には専用の大型熱処理炉が設置され、磁性体を結晶化させることができます。現在、この装置はJ-PARCハドロンホールに置かれていますが、設置エリアは震災の影響で立ち入りが制限されており、安全に留意し注意深く作業が進められています。
図1.今回製造した金属磁性体コア (1枚目) 。直径80cm、厚さ2.5cm、重量約60kg。製造のための高温炉から取り出した直後の写真。強力な磁場中で熱処理をするため外周部のリボンが数枚程度弾けているが、性能には問題がない。
図2.磁性体コアの磁場中熱処理装置。旧東京大学原子核研究所のFMサイクロトロンで使われていた電磁石に熱処理炉が組み込まれている。一日に1枚のコアを熱処理することができる。この磁場中熱処理炉のあるJ-PARCハドロンホールの南側は震災の影響で立ち入りが制限されているため、安全に留意しながら製造を進めている。
 < 高インピーダンスコアと高加速勾配 > 

  図3は金属磁性体の特性を評価するために用いられるμQf積を周波数に対してグラフにしたものです。今回、J-PARCで製造したFT3Lとよばれる磁場中熱処理をした大型コアは従来までの、磁場なしでの熱処理コア (FT3M) に比べ約2倍の性能を持つことが分かります。また、今回のものは、磁性体コアのメーカーで作られた一回り小さな磁性体コアと比較しても同等の性能がでています。実際の磁性体の中での高周波損失はこのμQf積に磁性体コアの形状因子 (内外径の比や厚さによる) をかけたインピーダンスと呼ばれる値に反比例します。
  この高インピーダンスコアを用いる利点は、加速空洞の小型化、高勾配化を可能にすることです。J-PARCでは、金属磁性体コア (FT3M) を用いた高周波加速空洞を他に先駆けて開発し、従来のフェライトコアを用いた空洞を大きく上回る加速勾配を得ています。このFT3Mを今回開発に製造したFT3L大型コアに置き換えることにより、一層の加速空洞の小型化、高勾配化を実現できることを示したものが図4です。
図3.磁性体コアの特性の比較。縦軸μQfは磁性体の透磁率とQ値と周波数の積であり、磁性体コアのシャントインピーダンス値からコアの形状因子を除いたもので、磁性体自身の評価に用いられる。横軸は周波数、J-PARCでは0.9MHzから1.7MHzが使われている。従来の加速器用大型コアではFT3Mと呼ばれる磁場をかけないものが使われてきた (黒線) 。
  これに対し、今回のJ-PARCでの磁場中熱処理をしたもの (FT3L) は約2倍の性能を持つことがわかる (赤線) 。比較のため、メーカーで作られた外径27cmのFT3Lコアの値を青線で示している。始めて製造したコアであるが、メーカーで作られたものと同程度の特性が出ている。
図4.高周波加速空洞の加速勾配の比較。J-PARCでは金属磁性体 (FT3M) 空洞を他に先駆けて開発し、高い加速勾配 (加速電圧÷空洞長さ) を実現している。磁場中熱処理で得られたFT3L大型コアを用いることにより、自身の開発したFT3M空洞を大幅に上回る加速勾配を実現することができる。
 < J-PARCの更なる大強度化への道のり > 

  大強度の陽子加速器では、加速器内の粒子数が増えるにつれ空間電荷効果やビーム不安定性といったビーム損失を招く現象が現れ始めます。これらは粒子数が増えると急激にビーム損失を増加させる原因となるため、ユーザーへの大強度ビーム供給の際の障害となります。このため、J-PARCでは更なる大強度化を目指し、加速粒子数を増やすと同時に加速サイクルを高速化し、空間電荷効果やビーム不安定性の厳しくない範囲で、ユーザーの求めるビーム供給を実現しようとしています。このような、高速のビーム加速には高い加速電圧と高性能な電磁石電源が必要となります。高い加速電圧を得るためには多くの加速空洞が必要となりますが、実際の加速器では加速空洞を設置できる場所は限られています。このため、加速空洞の加速勾配をあげることが必要不可欠となるのです。今回、J-PARC加速器で製造に成功した高性能な金属磁性体コア (大型FT3Lコア) はこの目的のためです。また、J-PARCでは、MRのみならずRCSにもこのFT3Lを用いた空洞を設置し、ビーム品質と強度の向上が考えられています。J-PARCは世界有数の大強度陽子ビーム施設として、更なる性能向上を進めていきます。
 < 用語解説:インピーダンス > 

  インピーダンスはあまり聞きなれない用語ですが、これは加速空洞の性能を表す指標で、高周波電圧 (V) の2乗を電力損失 (P) の2倍で割ったものです。陽子加速器では必要な高周波電圧を得るために、多くの磁性体コアを空洞に装填し、インピーダンスを増やしています。ここで開発できた高インピーダンスコアを用いることにより少ないコア枚数、すなわち短い距離で高い電圧を得ることができるようになるわけです。またJ-PARCのように既にある加速器ではインピーダンスが上がることにより、同じ高周波源でも得られる電圧が増加することになります。このように、磁性体コアのインピーダンスが上がることは高い加速電圧を得ることになり空洞性能の向上につながるのです。
   [関連ページ] KEKトピックス  


Page TOP




Copyright 2011 JAEA and KEK Joint Project. All rights reserved.