大阪大学、名古屋大学の4年生、J-PARCで卒業研究!

大阪大学久野研究室

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左から、樋口さん、西村さん、吉田さん、指導教員の青木先生。

  大阪大学久野研究室の学部4年生、樋口さん、西村さん、吉田さんは、マイナスのミュー粒子μ-が原子核と反応してプラスのミュー粒子μ+に転換する現象が起こるかどうかを探索しに、J-PARCに来たという。この反応が起こることが見つかれば、ニュートリノが「マヨラナ粒子」であることを示すことになるからだ。マヨラナ粒子とは、粒子と反粒子が同一である粒子だ。実験は、J-PARC加速器を用いて生成されるμ-を標的に打ち込み、止まるまでの間にμ+に変わるかどうかを、ミュオン2次ビームラインに設置された陽電子/電子検出器「カリオペ」を用いて調べるというものだ。もしμ-のまま止まれば、止まったμ-は原子核と反応するために寿命が標的の種類に応じて減少し、標的の材料で決まる短い寿命で崩壊して電子が放出され、これが検出されるはずである。一方、μ+に変われば、μ+は2.2マイクロ秒という比較的長い寿命で陽電子を放出し、これが検出されるはずである。

学生達が用いた実験装置(D1実験装置)の全景。右奥からμ-が入射する。オレンジ色の箱の中に、標的と検出器が設置されている。

どうしてこの実験をするのか?

  ニュートリノがマヨラナ粒子であることを示すための実験としては、「ニュートリノを放出しない二重ベータ崩壊」を見つけようとする実験が主流だという。では、学生達は、どうしてこの実験を選んだのだろうか?「ニュートリノを放出しない二重ベータ崩壊にしても、μ-のμ+への転換にしても、どちらも、起こるとしてもたまにしか起こらない反応なので、見つけるのはとても大変なことです。二重ベータ崩壊の実験的な研究は数多く行われていますが、μ-のμ+への転換の測定はこれまで行われたことがありませんでした。それは、物質中にμ-を静止させてしまうとエネルギー保存則によりμ-からμ+への転換が起こらなくなる、という特徴があるからです。僕たちは、運動エネルギーを持って飛行中のμ-を利用すればこの問題を解決できることに着目しました。自分たちで反応断面積の計算を行った結果、実験が可能な標的材料をいくつか見つけることもできたので、この実験を行うことを決めました。なによりも、世の中でやられていないことをやりたいという思いがありました。」慎重に検討する緻密さと、挑戦的な野心の両面が伺えた。

J-PARCでの実験に至るまでの道のり

  「このテーマを候補の1つとして指導教員の青木先生から示していただいた後、まず、実際に実験ができそうか、自分達で文献調査等を行って検討しました。この方法でニュートリノがマヨラナ粒子であるかを調べることができるというアイディア自体はすでに存在していたものですが、この手法を実際に試みている人は世の中にいないので、文献もなく、調査は大変でした。」と、学生達。そして、大学院入試を乗り越えた後の9月にこのテーマで卒業研究を行うことを決めてから、わずか4カ月で、J-PARCでの実験の準備をしてきたという。適切な標的の種類の検討と、宇宙線による背景事象を測定するカウンターの開発が、実験を左右する鍵であり、労力をかけたそうだ。

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学生達が持参したニッケル標的。

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黒いシートで覆われているのが、学生達が開発した宇宙線による背景事象を測定するカウンター。J-PARCに持ち込み、カリオペ検出器の上に設置した。上から降り注ぐ宇宙線による背景事象を測定することで、測定データに混入する背景事象を取り除くことができる。

いざ、J-PARCへ!

  取材させていただいた日は、実験準備を含めたJ-PARCでの4日間の日程の3日目で、実際にμ-ビームを用いた測定を実施する12時間のビームタイムの最中だった。実験は順調かと尋ねると、彼らは首を横に振った。「加速器を用いて生成されているμ-の運動エネルギーが想定していたよりも低いため、これでは反応が起こる条件を満たせないのです。指導教員の先生を通して、μ-の運動エネルギーを上げてもらえないか施設の方に交渉してもらっているところです。」また、μ-の運動エネルギーによって、どの種類の標的中でμ-からμ+への転換が起こりやすいかは異なる。「事前の計算では、鉛標的を用いるのがよいと考えて準備してきましたが、このままμ-の運動エネルギーを上げてもらえないようであれば、ニッケル標的に変更して実験しようかと、検討しているところです。ですが、ニッケル標的だと不純物による偽の信号が大きくなってしまい、見たい信号が埋もれてしまう恐れがあります。」明るく元気に取材に応じてくれる彼らだが、実は、まさに困難に直面していたのだ。

初めての実験現場、そして今後は?

  初めて、ゼロから自分達で実験を計画し、実行した学生達。実験現場で臨機応変な対応を迫られたのも、もちろん、初めての経験だ。「ニッケル標的を持ってきていたのが不幸中の幸いでした。現場に来ないと分からないことがいっぱいあることを知り、自分たちの認識の甘さを痛感しています。」と語りながらも、来てよかったかと尋ねると、「4年生で現場に来られるとは思っていなかった。非常にモチベーションが上がったし、貴重な経験ができた。今後の研究活動に生かしたい。」と、力強く答えてくれた。

  4月からは修士課程に進学し、2人は同研究室、1人はスイスの研究機関で、それぞれの所属組織が行う先端研究の一翼を担っていくことになる。全員、ミュー粒子に関する研究を行うそうで、「4年生での経験が大いに役立ちそう」と意気込んでいる。同研究室に進学する2人は、引き続きJ-PARCを利用するので、「4年生で利用した経験は特に貴重だ」と語る。

  最後に、「今の気持ちは?」と尋ねると、「おなかすいた! ご飯も忘れてやっていた!」と学部学生らしい無邪気さを見せると同時に、「そのくらいの意気込みでやらないと、やばい!」と、頼もしさを見せてくれた。