プレスリリース

2024.01.13

高感度の新型中性子干渉計の開発に成功
- 中性子の相互作用の精密測定が可能に -

理化学研究所
名古屋大学
高エネルギー加速器研究機構
J-PARCセンター
京都大学複合原子力科学研究所

概要

  理化学研究所(理研)光量子工学研究センター先端光学素子開発チームの藤家拓大大学院生リサーチ・アソシエイト(研究当時、現研究パートタイマー)(名古屋大学大学院理学研究科博士後期課程学生)、山形豊チームリーダー、細畠拓也上級研究員、名古屋大学素粒子宇宙起源研究所現象解析研究部門の北口雅暁准教授、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所中性子科学研究系の三島賢二特別准教授、京都大学複合原子力科学研究所粒子線基礎物性研究部門の日野正裕教授らの共同研究グループは、従来手法を大幅に上回る感度で中性子に及ぼされる相互作用[1]を測定できる、新型中性子干渉計の開発に成功しました。本研究成果は、中性子の相互作用の測定の限界を打開し、物理学の発展に寄与することが期待されます。

  量子ビーム[2]の一種である中性子[3]を利用した干渉計は、中性子が波動として分割・重ね合わせできる性質を利用することで、中性子による相互作用を精密に測定できます。中性子干渉計は、測定感度の高さから、これまで物質分析などのさまざまな物理実験に利用され、物理学の発展に貢献してきました。しかし、従来の中性子干渉計は、ビーム制御の難しさと実験体系の制約から感度向上に限界がありました。

  共同研究グループは、従来手法と全く異なる原理を用いた新型中性子干渉計を開発しました。本装置は人工的に作成した中性子反射ミラーを高精度に配置することで幅広い波長帯域の中性子を利用できるようになったため、従来型と比べて飛躍的に感度が向上したことに加え、取り扱いが容易になりました。今回開発した干渉計は、物質分析の高精度化だけでなく、原子核や素粒子の間に働く力の研究や宇宙膨張の謎の解明など、幅広い分野の研究に活用されると期待されます。本研究は、科学雑誌『Physical Review Letters』オンライン版(1月12日付:日本時間1月13日)に掲載されます。

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背景

  われわれの身の回りにある光などの電磁波は波の性質を持っています。シャボン玉が虹色に光る現象は、特定の条件において光が干渉していることに由来します。中性子も同じく波の性質を持ち、二つの異なる経路を通った中性子を再び重ね合わせると干渉現象を観測できます。この干渉を測定することに特化した中性子干渉計は、観測される干渉模様の周期構造からそれぞれの経路で中性子が経験した相互作用の違いを極めて精度よく決定することができます。

  中性子干渉計は1974年に実用化されて以来、核子間の相互作用の解明、量子力学の検証、重力の理解などのための実験に広く利用されてきました。近年は、素粒子標準理論[4]では想定されていない未知の相互作用の探索実験などにも利用することが期待されています。これらの研究の精度向上のために、中性子干渉計のさらなる高感度化が期待されています。

  従来の中性子干渉計は、シリコン単結晶を加工することで構成されています。単結晶のブロックは結晶構造がそろっているので、複雑な位置調整をしなくても中性子波を正確に重ね合わせて干渉縞[5]を測定できます。一方で、測定感度は装置内で中性子が2経路に分かれて飛んでいる時間に比例するため、感度を上げるには利用する中性子の長波長化、あるいは装置の大型化が求められます。しかし、大きな単結晶のブロックを作ることは困難です。さらに、単結晶では特定の条件を満たした波長の中性子しか利用できないため、実験施設が供給する中性子のごく一部しか実験に利用できません。そのため、一回の測定に長い時間がかかり、装置全体を安定させるために大型の防振装置や温度調整機構などが必須でした。これらの問題を解決しようと中性子干渉計の開発は継続的に行われてきましたが、中性子が干渉するよう各素子を精密に制御することが困難なため、どれも実用化には至っていませんでした。

研究手法と成果

  共同研究グループは、反射できる中性子の波長を自在に選べる「多層膜中性子ミラー」を用いた中性子ビームの制御に着目しました。ニッケルとチタンの薄い膜をガラス基板に交互に積層した多層膜は、中性子にとっては人工的な結晶のように振る舞い、層の厚さに対応した波長の中性子を反射します。基板として高精度光学素子であるエタロン[6]を利用することで、中性子ビームを重ね合わせるのに必要な精度を満たしたミラーの設置が実現しました(図1)。中性子干渉計に必要な4枚のミラーはそれぞれ独立に作製され、実験に応じて柔軟に位置を変更できます。さらに、多層膜中性子ミラーは結晶に比べ幅広い波長の中性子を利用できます。中性子の利用効率が向上し測定時間が短くなることで、装置の安定化のための仕組みが簡便になりました。

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図1 多層膜中性子ミラーが成膜されたエタロンで構成された中性子干渉計

左:エタロンは、2枚のガラス基板とスペーサーを用いて平行に固定することで構成されている。ガラス基板の内側には多層膜中性子ミラーが成膜してあり、これによって中性子を反射する。
右:中性子ビームは一つ目のエタロンによって2経路に分離し、二つ目のエタロンで再び重ね合わせられる。

  干渉縞の測定実験は、大強度陽子加速器施設(J-PARC)[7]物質・生命科学実験施設(MLF)[7]において行われました。ここでは、実験装置にさまざまな波長の中性子がパルス状に飛来する「パルス中性子源」が利用できます。中性子は波長に応じて速度が異なるため、検出器で中性子を捉えた時間により中性子の波長を決定できます。そして干渉縞の構造は波長に依存することから、本研究において中性子の波長に依存した干渉縞の観測に初めて成功しました(図2)。観測された干渉縞の可視性はおよそ60%であることが確認され、物理実験に十分利用可能であることが示されました(図3a)。さらに、繰り返し飛来するパルス状の中性子による干渉縞を連続して測定することによって、干渉縞の時間変化を追随して観測できるようになりました。これにより観測データから時間に依存したノイズの除去が可能になり、防振装置など安定化のための仕組みが簡便になりました。

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図2 開発した中性子干渉計の概略図と観測された干渉縞

中性子ビームは二つのエタロンによって2経路に分離し、再び重ね合わせられる。重ね合わさった中性子ビームの強度(O-Beam、H-Beam)は、その波長に依存して周期的に変化する。それぞれの経路での波の進み方は、挿入された試料に依存して変化する。

  実証実験としてシリコン試料を一方の経路に挿入したところ、明らかな干渉縞の変化が観測されました(図3b)。この変化を解析することで、中性子と物質の相互作用を表す中性子核散乱長[8]を決定できました。共同研究グループは、アルミニウム、チタンなどのいくつかのサンプルに対する中性子核散乱長の測定にも成功しました。特に、バナジウムに関しては、これまでの研究と異なる結果が得られ、新たな議論を呼び起こす可能性があります。

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図3 試料の挿入によって変化する干渉縞

左:一方の経路にシリコン試料を挿入しない場合の干渉縞。
右:一方の経路にシリコン試料を挿入することで、干渉縞の明確な変化を観測した。
赤のデータ点は強度比によって規格化された干渉縞の実験値であり、実線はモデル関数を用いたフィットの結果である。干渉縞の変化は、それぞれの縞にフィットされたモデル関数の変化から評価した。

今後の期待

  本研究で開発した中性子干渉計は、今後の開発でさらなる高感度化が可能です。例えば、強度の大きい中性子を利用できるよう実験施設ごとに多層膜中性子ミラーの構成を最適化することで、測定精度を今より約5倍向上できます。また、ミラーの配置にはシリコン単結晶のような制限がないため、さらなる大型化が可能です。このような改善により、飛躍的な感度向上が期待されます。

  今回の干渉計は、幅広い中性子を利用して波長に対する干渉縞を取得するという、新しい原理で動作します。そのため、過去に従来の干渉計で行われた実験を高い精度で再検証することができます。例えば、地球の重力が中性子に与える影響を測定することで、微小な粒子における重力の理解を深めることができます。今後は測定感度の高さを生かして未知の相互作用の探索実験など、物理学の幅広い分野への貢献が期待できます。

論文情報

タイトル Development of Neutron Interferometer using Multilayer Mirrors and Measurements of Neutron-Nuclear Scattering Length with Pulsed Neutron Source
著者名 Takuhiro Fujiie, Masahiro Hino, Takuya Hosobata, Go Ichikawa, Masaaki Kitaguchi, Kenji Mishima, Yoshichika Seki, Hirohiko M. Shimizu, Yutaka Yamagata
雑誌 Physical Review Letters
DOI 10.1103/PhysRevLett.132.023402

補足説明

[1] 相互作用
  物体や粒子が互いに及ぼし合う力のこと。現在の物理学では、「電磁気力」「重力」「強い力」「弱い力」の4種類の基本的な相互作用によって自然現象を説明する。

[2] 量子ビーム
  量子力学的な性質を利用するビーム。飛来する中性子や光などを指す。

[3] 中性子
  原子核を構成する基本粒子の一つ。質量を持ち電荷を持たない特徴がある。

[4] 素粒子標準理論
  物質を構成する最小の粒子である素粒子の振る舞いを記述する基本理論。現在知られている物理現象を最も精度よく統一的に説明できる。一方で、理論的には不完全な点が指摘されており、この問題を解決するための新しい理論は未知の相互作用の存在を予言している。

[5] 干渉縞
  波動が干渉したときに生じる明暗の縞模様。位相の異なる波動が重なり合ったとき、波動の山と山が重なった地点では強め合い、山と谷が重なった地点では弱め合うため、波動の強度が周期的に変化して縞模様を作る。

[6] エタロン
  二つのガラス基板とエアギャップにより構成される。双対するガラス基板は10ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)程度の平行精度を持つ。光学分野では、入射した電磁波がエアギャップ内で多重反射することによって、特定の波長を持った電磁波を取り出すことができる素子として広く使われる。

[7] 大強度陽子加速器施設(J-PARC)、物質・生命科学実験施設(MLF)
  J-PARCは、高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が茨城県東海村で共同運営している大型研究施設で、素粒子物理学、原子核物理学、物性物理学、化学、材料科学、生物学などの学術的な研究から産業分野への応用研究まで、広範囲の分野での世界最先端の研究が行われている。J-PARC内のMLFでは、世界最高強度のミュオンおよび中性子ビームを用いた研究が行われており、世界中から研究者が集まっている。J-PARCはJapan Proton Accelerator Research Complexの略、MLFはMaterials and Life Science Experimental Facilityの略。

[8] 中性子核散乱長
  中性子と原子核の相互作用の大きさを表す量。中性子を利用したさまざまな研究において基礎的なパラメータとして用いられる。その値は核子の種類によって異なり、理論計算が困難なことから、実験値がデータベース化されている。

共同研究グループ

理化学研究所 光量子工学研究センター 先端光学素子開発チーム
大学院生リサーチ・アソシエイト(研究当時、現 研究パートタイマー)
藤家拓大(フジイエ・タクヒロ)
(名古屋大学 大学院理学研究科 博士後期課程学生)
上級研究員 細畠拓也 (ホソバタ・タクヤ)
チームリーダー 山形 豊 (ヤマガタ・ユタカ)
名古屋大学
大学院理学研究科 素粒子物性研究室
教授 清水裕彦 (シミズ・ヒロヒコ)
素粒子宇宙起源研究所 現象解析研究部門
准教授 北口雅暁 (キタグチ・マサアキ)
高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 中性子科学研究系
特別准教授 三島賢二 (ミシマ・ケンジ)
研究員 市川 豪 (イチカワ・ゴウ)
京都大学 複合原子力科学研究所 粒子線基礎物性研究部門
教授 日野正裕 (ヒノ・マサヒロ)
東北大学 多元物質科学研究所 計測研究部門 量子ビーム計測研究分野
准教授 關 義親 (セキ・ヨシチカ)

研究支援

  本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(B)「中性子干渉計を用いた暗黒宇宙の多角的研究(21H01092、研究代表者:北口雅暁)」による助成を受けて行われました。藤家拓大は理化学研究所の大学院生リサーチ・アソシエイトおよび東海国立大学機構融合フロンティア次世代研究事業(助成番号:JPMJSP2125)の支援のもとで研究を行いました。J-PARC MLFでの中性子利用実験は、ユーザープログラム(課題番号: 2020A0226、2020B0222、2021B0109、2022A0116)およびKEKのS型プロジェクト(課題番号: 2019S03)のもとで実施されました。

機関窓口

J-PARCセンター
TEL:029 -287 -9600
E-mail:pr-section[at]j-parc.jp
 
※上記の[at]は@に置き換えてください。