芳香族炭化水素の圧力誘起重合反応のメカニズムの解明- 原子種を制御したグラファン設計へ道筋 -
J-PARCセンター
【トピックスのポイント】
✣ 芳香族炭化水素を圧力誘起重合させることで、sp3炭素骨格を持った新規重合体を合成できるが、そのメカニズムはよく分かっていなかった。
✣ ベンゼンの水素の一部をフッ素でマーキングした結晶を加圧することで、sp3結合をもつ新物質H-Fグラファンを合成し、高圧下中性子その場観察および回収試料の分析を行うことでその重合メカニズムを明らかにした。
✣ 重合メカニズムが分かったことで今後、原子種を制御した新規重合体の合成が期待される。
【概 要】
北京高圧科学研究センターのハイヤン・ツェン (郑海燕) )とクオ・リー (李阔) )らの研究グループは、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 (理事長 児玉敏雄、以下「原子力機構」という。) のJ-PARCセンターの服部高典研究主幹らおよび中国綿陽研究炉、英国ラザフォード・アップルトン研究所、米国オークリッジ国立研究所、米国カーネギー研究所、米国アルゴンヌ国立研究所、中国浦項工科大学校と共同で、ベンゼンとヘキサフルオロベンゼンからなる結晶 (C6H6-C6F6共結晶 (注1) ) を約20万気圧まで加圧することでH-Fグラファン (注2) が合成できること、また高圧下中性子その場観察 (注3) および回収試料の質量分析により、その重合にディールス・アルダー反応 (注4) が主たる役割を果たしていることを明らかにした。重合メカニズムが分かったことで今後、原子種を制御したsp3炭素骨格 ( (注5) をもつ新物質のデザインが可能になると期待される。本研究の成果は、平成30年11月29日に、ドイツの国際科学論文誌Angewandte Chemie International Editionに掲載された。
【研究の背景】
重合反応とは、単量体を多数結び付けて高分子を作る反応である。現在、数多くの重合反応が知られ、それらによってできた重合体 (ポリマー) )は、われわれの普段の生活に広く役立てられている。通常それらの反応は、常温、あるいは高温下で行われるが、重合しないような物質であっても、高圧力をかけて分子どうしを強制的に接近させることで、反応させることができる (圧力誘起重合反応 (注6) ) 。例えば、ベンゼンは、約20万気圧まで加圧されると重合が起こり、ダイヤモンドに似た構造をもつ極細のナノワイヤーが生成される。このようにしてできた物質は、これまでにない特質 (高い引っ張り強度や非圧縮性) )持つことが期待されており、圧力誘起重合は新しい重合方法のひとつとして近年注目を集めている。しかしながら、そのメカニズムに関して未だわかっておらず、この反応を利用した物質合成にむけてその解明が急務となっていた。
【研究内容と成果】
そこで本研究グループは、ベンゼン結晶のベンゼン環 (C6H6) の半分をヘキサフルオロベンゼン環 (C6F6) に置き換えたもの (フッ素がマーカーとして働く) )を加圧し、重合過程の観察および回収試料の分析を行った。実験を行うと結晶を約20万気圧まで加圧したのち回収すると、白色の重合体が得られた (図1) )。重合メカニズムを解明するためには、加圧により分子が近づく様子を直接的に観察する必要がある。しかしながら、そのような高い圧力で、 (水素を含む) )原子の位置を決定する方法がなかった。一方、J-PARCの物質・生命科学実験施設の高圧ビームラインPLANETでは、建設当初よりその開発を進め、世界の他の施設では不可能な約20万気圧での中性子回折実験が可能となっていた。そこで本グループは、PLANETでC6H6-C6F6共結晶の高圧下中性子その場観察を行った。得られたデータを解析した結果、加圧に伴い、構造中のベンゼン環およびヘキサフルオロベンゼン環からなる柱状ユニットが加圧によって徐々に倒れていき、約20万気圧では異なる員環に属する炭素が臨界反応距離 (約2.8A) まで近づくことがわかった (図2) )。高圧下から回収した試料を、電子顕微鏡観察、元素分析、固体NMR、X線・中性子・電子線回折、赤外分光、ガスクロマトグラフィー質量分析、第一原理計算を用いて分析した結果、約20万気圧から回収した試料はsp3炭素骨格を主体としており、グラファイトシートの上下が水素やフッ素でキャップされたもの (H-Fグラファン) )が形成されていることが分かった。これらの結果から、加圧によりベンゼン環およびヘキサフルオロベンゼン環が分子構造を保ったまま近づき、隣り合う炭素の間に結合ができて重合したものと考えられる。
より詳細なメカニズムを調べるために、その途中の圧力から回収した試料を分析した。その結果、その中間生成物として重合度の小さい重合体 ([4+2]オリゴマー (注7) ) が検出された。その分子構造から、グラファン生成の素過程がベンゼン環とヘキサフルオロベンゼン環の[4+2]ディールス・アルダー反応であることがわかった。高圧下ではこの反応が連続的に進み、最終的に重合度の高いH-Fグラファンが生成されたものと考えられる (図3) 。
図1. 20万気圧から回収された試料の電子顕微鏡写真。グラファンに由来する層状構造が見てとれる。
図2. 高圧中性子回折実験と第一原理計算により得られた20万気圧での結晶中のベンゼン環 (C6H6) とヘキサフルオロベンゼン環 (C6F6) の空間配置 (黒:炭素原子、桃色:水素原子、緑:フッ素原子) )。隣りあうC6H6、C6F6分子の炭素原子どうしが臨界反応距離 (2.8Å) にまで近づいていることが分かる。
図3. H-Fグラファンの生成メカニズム。初期構造 (左) の中で、点線で示した部位でディールス・アルダー反応が起こり (中央) )、その後炭素、水素、フッ素が脱離することで、H-Fグラファン (右) が形成されたものと思われる。
【研究の意義と今後の展望】
芳香族炭化水素を圧力誘起重合させることで、これまでにない特性 (高い引っ張り強度や非圧縮性) を持つ新規重合体を合成することができる。今回、その反応のメカニズムが分かったことで、反応を設計し、目的とする物質を意図的に合成することが可能になると考えられる。
【論文情報】
タイトル : Pressure-Induced Diels-Alder Reactions in C6H6-C6F6 Cocrystal towards Graphane Structure
著者 : Yajie Wang, Xiao Dong, Xingyu Tang, Haiyan Zheng, Kuo Li, Xiaohuan Lin, Leiming Fang, Guang'ai Sun, Xiping Chen, Lei Xie, Craig L. Bull, Nicholas P. Funnell, Takanori Hattori, Asami Sano-Furukawa, Jihua Chen, Dale K. Hensley, George Cody, Yang Ren, Hyun Hwi Lee, Ho-kwang Mao
雑誌 : Angewandte Chemie International Edition
DOI : 10.1002/anie.201813120
公開日 : 2018/11/29
【用語説明】
(注1) 共結晶
結晶構造の単位ユニットが2種類以上のイオン化していない分子によって構成されている結晶。 それらの分子は水素結合などにより結合している。
(注2) H-Fグラファン
Cn (H, F) nの化学式であわらされる炭素、水素、フッ素からなる2次元シート。炭素だけからなるシート (グラフェン) の各炭素に水素ないしフッ素を1つずつ結合させたものでダイヤモンドの2次元類似物質。次世代炭素材料の一つとして注目されている。
(https://en.wikipedia.org/wiki/Graphaneより)
(注3) 高圧下中性子その場観察
物質透過性の高い中性子を加圧容器を通して試料に照射し、その散乱信号を解析することで、試料の状態を高圧下で調べる方法。今回の実験では、J-PARCの物質・生命科学実験施設のBL11超高圧中性子回折装置 (PLANET) を用いることで、約20万気圧という高い圧力での試料のその場観察を行うことができた。
(注4) ディールス・アルダー反応
有機化学において、共役ジエンにアルケンが付加して六員環構造を生じる反応。[4+2]環状付加反応とも呼ばれる。1928年にドイツの化学者、オットー・ディールス (Otto Diels) とクルト・アルダー (Kurt Alder) によって発見された (1950年にノーベル化学賞受賞) )。
(注5) sp3炭素骨格
炭素原子が等価な4つの混成軌道を用いて他の原子と結合し、形成する骨格。結合の相手のすべてが炭素の場合、結合角が109.5° となり、最も固い物質の一つであるダイヤモンドを形成する。
(注6) 圧力誘起重合反応
単量体を加圧し構成分子を接近させることで、重合する方法。通常の重合反応 (塊状重合、溶液重合、懸濁重合、乳化重合等) )に比べて、固体のまま重合させることができるため、結晶中の分子の空間配置を利用した反応制御ができるという特徴を持つ。
(注7) [4+2]オリゴマー
比較的少数 (一般には10~100個) )の単量体が結合した重合体。特にディールス・アルダー反応で結合したものを[4+2]オリゴマーと呼ぶ。