トピックス

2023.09.29

J-PARC News 第221号

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■中性子源セクション涌井隆氏らが日本実験力学会2023年度学会賞(論文賞)を受賞

 中性子源セクションの涌井隆氏、茨城大学の山崎和彦氏、J-PARCセンター客員研究員の二川正敏氏は「放射線遮へいガラスの微小塑性挙動に及ぼすレーザー照射の影響」について日本実験力学会2023年度学会賞(論文賞)を受賞し、8月30日、和歌山県にて受賞式が行われました。
 涌井氏らはミクロ領域を対象とした微小押込み試験の結果から、有限要素法を組み入れた逆解析を行い、マクロな機械的特性を定量的に評価する手法を考案しました。
 本手法を高出力のパルスレーザー照射で局所的に熱衝撃を与えた脆性材料である放射線遮へいガラス材に適用し、微小の塑性流動に着目することにより、き裂先端部の損傷程度を定量的に評価できるようになります。今後、本手法を実水銀標的容器に適用し、照射損傷による寿命評価を行なっていく予定です。

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■プレス発表

(1)中性子と水素のスピンでナノプレート状の氷結晶観測に成功
 -食品・医薬品・細胞組織の凍結保存技術開発への貢献に期待-(8月22日)

 JAEA、J-PARCセンター、CROSS、広島大学らのグループは、スピンコントラスト変調中性子小角散乱法を用いて、グルコース水溶液中に生成した直後の氷結晶の特異な形状を観測することに初めて成功しました。
 水を多く含む食品、医薬品、生体試料を凍結保存する場合、水の中に生成するナノサイズの氷結晶の成長により細胞組織が破壊されて食品や医薬品の品質低下や生態組織の機能が損なわれるのを防止するため、試料中に糖などの凍結保護剤を添加して氷結晶の成長を阻害する手法の開発が進められています。この結晶成長阻害のメカニズムを解明するために、物質・生命科学実験施設(MLF)BL15「大観」において長年技術開発を進めてきたスピンコントラスト変調中性子小角散乱法を用い、糖溶液中におけるナノメートルサイズの氷結晶の観測に挑みました。
 解析の結果、凍結保護剤の一つであるグルコースを添加すると、厚さが2-3 nmで数十nm以上の広がりをもつプレート状に氷結晶が生成し、グルコース溶液中において氷結晶の核は特定の軸方向にはほとんど成長していないことが示されました。本結果は、グルコースは水分子を水和するだけでなく、氷結晶の特定の面に対して選択的に結合してその面の成長を抑えるなどの機能も兼ね備えている可能性を示しています。
 今後、計算科学などとあわせてグルコース分子や他の凍結保護剤による氷成長抑制メカニズムを明らかにするとともに、長期的には本手法を通じて臓器・細胞・卵子や精子の冷凍保存技術の開発や、寒冷地における生物の糖分泌による生命維持機能の解明に貢献していきたいと考えています。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2023/08/22001192.html

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(2)アルカンとベンゼンの直接結合反応のため 金属ナノ粒子-ゼオライト複合触媒を開発
 -酸点とPd粒子の近接による反応の高効率化を実現-(9月7日)

 横浜国立大学、東京工業大学、電気通信大学、JAEAらの研究グループは、ゼオライトの外表面にPdナノ粒子を担持した触媒を開発し、この触媒を用いてアルカンとベンゼンの直接結合反応を実現しました。
 アルキルベンゼンは合成洗剤等の材料となるため工業的付加価値が高い物質ですが、アルカンを直接活性化して合成反応に用いることは難しく、従来の生成方法では大量の酸(HX)を副生します。もしベンゼンとアルカンから直接アルキルベンゼンを合成することができれば、プロセスの簡略化が可能な上、副生成物が水素(H2)あるいは酸化条件では水(H2O)のみとなります。
 研究グループでは、新たに高活性な触媒として「Pd/H-ZSM-5」を開発し、ベンゼンとアルカンの直接結合反応を実現しました。MLFのミュオン(D1エリア)においてμ+SR 法を用いた測定から原子状水素がゼオライト中に生成した場合、反応に必要な時間にわたってその状態を維持し得ることが確かめられ、新たに開発した触媒が反応に関与している可能性が高いことを示しました。
 本手法は副生成物の削減ができるだけでなく、入手が容易なアルカンを基質とする点にメリットを有しています。今後はさらに高難度なアルカンの活性化反応に適用していくことが望まれます。加えて、ゼオライトの固体表面における水素移動機構を明らかにすることは、水素スピルオーバー現象の活用に向けて重要であると考えています。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2023/09/07001205.html
※ミュー粒子のことを「ミュオン」または「ミューオン」と表す。

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■J-PARCハローサイエンス「今更だけど“ビーム”って何?」(8月25日)

 今回は加速器ディビジョンの守屋克洋氏が講師を務め、J-PARCで最もよく使われている「ビーム」という言葉の意味から、ビームを取り扱う面白さや難しさまでを紹介しました。
 世の中には建築用語やSFアニメなどで、「ビーム」という言葉が使われています。J-PARCで加速されるビームは同じ向きに飛んでいる陽子の集まりです。舞台演出などでお馴染みのレーザービームはイメージに近いものだそうです。講演中の実験では、LED光源の光をビームに見立てて、ビーム収束の原理を紹介しました。
 J-PARCにある3つの加速器では、電場や磁場の力を使って、ビームを加速・収束しています。しかし世界最高性能の加速器では、大強度ビームが作る電磁場がビーム自身に悪影響を与えたり、ビームを構成する粒子の数が多すぎてビームモニターを破壊したりするため、多くの課題に挑戦しながらビームの制御に取り組んでいることが紹介されました。
 講演後、会場の方から「とてもわかりやすく、興味を持った」などの感想を頂きました。また「なぜ、J-PARCは世界に誇れる大強度ビームを作れたのか。」という問いに対しては、「様々な分野の人々が、垣根を越えて円滑に協力し合っているところが、良い成果へつながる一つの要因である。」と守屋氏は熱く答えていました。

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■マグネットパワー展に出展(8月19、23日、日立シビックセンター)

 日立シビックセンターのマグネットパワー展において、低温セクションが超伝導コースターの実演を行い、延べ272名の方にお集まりいただきました。両日ともサイエンススタジオでサイエンスショーを2回行い、8月19日はオリエンテーションルームにてワークショップを行いました。
 超伝導体を液体窒素で冷却すると、電気抵抗がゼロになるとともに、「マイスナー効果」と呼ばれる磁石に反発する力が生じます。この状態で超伝導体を無理やり磁石に押し付けると、「ピン止め効果」によって超伝導体が磁石の磁力線を記憶し引力も生じます。超伝導コースターでは、この反発力と引力の釣り合いを利用してゴム磁石でできた軌道の上を超伝導体でできたコースターが浮上滑走します。
 会場の皆さんは、浮いているのに落下せず、マグネットの上を滑るように移動していく超伝導体を見失わないように、目を凝らしていました。

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■記者サロン「ミューオンg-2 実験の最新結果を徹底解説」を開催(8月18日)

 KEK素粒子原子核研究所では、オンラインで記者サロンを行い、14社、27名のメディア関係者にご参加いただきました。
 ミューオンg-2(異常磁気能率)実験における最新結果について、J-PARCミューオンg-2/EDM実験代表の三部勉教授とBelle II実験に携わる石川明正准教授が対応し、 J-PARCを舞台に進めているミューオンg-2/EDM実験の概要や独立した他の実験でg-2の実験値を測定する意義、Belle II実験と連携した今後の展望について解説しました。
詳しくはKEK素粒子原子核研究所ホームぺージをご覧ください。https://www2.kek.jp/ipns/ja/news/4937/

 

 

■「宇宙線ミュオンで古墳を透視プロジェクト」でJ-PARC施設見学(8月27日)

 8月27日にJ-PARCの施設見学が行われ、47名が参加しました。まず、小林センター長からJ-PARCの概要についての紹介がありました。その後、3班に分かれて、リニアック、MLF、ニュートリノ実験施設を見学しました。いずれも普段見学することができない施設なので、この講座を楽しみにされていた方も多かったようです。各施設とも研究者の説明を聞くだけでなく、疑問に思ったことを研究者に質問しながら見学することができたので、参加者にとっては貴重な体験になりました。
※東海村、J-PARCセンター、茨城大学、東京都立大学主催で、今年4月より活動しているプロジェクト。

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■J-PARC施設公開2023のお知らせ(10月1日)

 10月1日(日)、J-PARC施設公開を4年ぶりに現地開催します。宇宙や物質・生命の謎に迫る、J-PARCの巨大な実験施設、加速器の見学や、サイエンスカフェ、実験工作教室などもあります。
詳しくはJ-PARC施設公開特設サイトをご覧ください。https://j-parc.jp/OPEN_HOUSE/2023/

 

 

■ご視察者など

 8月23日 第17回KEKサマーチャレンジ
 9月21日 文科省 科学技術・学術政策局 研究環境課長 他

 

 

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J-PARCさんぽ道 ㊳ -業務連絡バス-

 J-PARCがある東海キャンパスとKEKのつくばキャンパスとの間には、1日5往復、片道80kmの道のりを1時間半かけて業務連絡バスが走っています。乗客は、つくば付近に家があってJ-PARCに勤務するスタッフや、実験や会議のために往復する人など、さまざまです。
 停留所で仕事の話の続きをしながらバスを待っていた人たちは、バスに乗り込むととたんに無口になり、別々の席に座ります。長い乗車時間を有効に過ごすため、パソコンで仕事をしたり、イヤホンで音楽を聴いたり、リクライニングを少し倒して睡眠時間に充てるのです。
 日立南太田インターから土浦北インターまでの常磐道は、ある人にとっては最も仕事がはかどり、ある人にとっては最も熟睡できる区間です。高速道路の細かい凹凸を拾って小刻みに揺れるバスの車内は、キーボードをたたく音と、穏やかな寝息に包まれます。夜になると対向車線をすれ違うトラックのヘッドライトが頻繁に車内まで差し込みますが、乗り慣れた乗客たちには気にもなりません。
 バス停に着くと、みんな我に返り、短い挨拶を交わし、それぞれの目的地へと散っていきます。業務連絡バスで過ごす1時間半は、乗客にとって、誰にも邪魔されない自分だけの貴重な時間になっています。

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