素粒子用写真技術を応用した超高分解能新型中性子検出器の開発に成功!- - 中性子の波紋を撮って解読し、この世の成り立ちに迫る。物体の透視にも期待 - -
名古屋大学
京都大学
高エネルギー加速器研究機構
J-PARCセンター
【 概要 】
名古屋大学未来材料システム研究所の 長縄 直崇 研究員、同大学院理学研究科の 粟野 章吾 大学院生、北口 雅暁 准教授、京都大学複合原子力科学研究所の 日野 正裕 准教授、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所の 三島 賢二 特別准教授をはじめとする、名古屋大学、京都大学、九州大学、高エネルギー加速器研究機構から成る研究グループは、最高で11ナノメートルという未到の分解能を持つ全く新しい中性子注1) 検出器の開発に成功しました。
中性子もミクロに見ると波として振舞います。中性子がさまざまな状況で作り出す波紋は、この宇宙の成り立ちの解明や様々な物質の内部構造の透視などに利用できます。高い空間分解能による中性子検出はその要となる技術です。 この検出器は、ニュートリノやミュオンなどの素粒子を用いた実験や古代の遺跡の透視等で活躍している素粒子現象を写し出す写真技術注2) を応用したものです。名古屋大学で宇宙の未知の質量の正体と目されるダークマター粒子の微弱な信号を捉えるために特別に開発した超高分解能な素粒子用写真フィルムの原料を、京都大学で開発したホウ素を含む特殊な薄膜に塗布し、様々な試行錯誤を繰り返して安定化に成功しました。
今回、大強度陽子加速器施設 J-PARC注3) の物質・生命科学実験施設において、この検出器に中性子を照射し、中性子の到達位置を分解能100 ナノメートル以下、最高で 11 ナノメートルで決定できることを確認しました。これは、現在利用されている検出器の分解能よりも2桁程度高い、突出した結果です。 この研究成果は、平成30年11月21日付欧州科学雑誌「The European Physical Journal C」のオンライン版に掲載されました。
本研究は、科学研究費助成事業若手研究 (B) (JP26800132) の支援を受けました。また、京都大学複合原子力科学研究所の共同利用課題 (27071) 、J-PARC物質・生命科学実験施設の一般課題 (2014B0270、2015A0242、2016A0213) 、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所S型課題 (2014S03) 行いました。
【ポイント】
✣ 素粒子用銀塩写真乳剤を用いた新しい原理の低速中性子用検出器を開発しました。
✣ 従来の検出器よりも2桁程度良い分解能を得ることに成功し、宇宙の成り立ちの解明、物体の内部構造の透視に利用可能です。
【研究背景と内容】
量子力学によって、あらゆる物質は波として振る舞うことが知られています。中性子もミクロに見ると波として振舞います。中性子がさまざまな状況下で作り出す波紋は、中性子とその周囲の場による相互作用の影響を受けています。その波紋を分析することで、中性子の性質や場の性質を調べることができ、我々の住む世界、この宇宙の成り立ちを解明する手がかりを得ることができます。また、様々な物質の内部構造の透視などにも応用できます。高い空間分解能による中性子検出はその要となる技術です。しかし、従来用いられている検出器の原理では、その分解能に限界がありました。
そこで、研究グループは、写真乾板の原理を使った全く新しい中性子検出器開発に取り組みました。素粒子物理学の実験で用いられている写真フィルムの技術を適用しようという発想です。
素粒子用の写真フィルムも一般の銀塩写真フィルムと同様に、ゼラチン中に感光性のあるハロゲン化銀を分散させた写真乳剤を薄いプラスチックのフィルムやガラス板に塗布したものです。そして、ハロゲン化銀結晶は、光だけでなく、電気を帯びた粒子が貫通した場合にも感度を持ちます。ある結晶を電気を帯びた粒子が貫通すると、その結晶の内部に数個以上の銀原子から成る痕跡が生じます。現像によってその痕跡は大きくなり、光学顕微鏡で観測可能な大きさにまでなります。それを光学顕微鏡で観測することで電気を帯びた粒子が通った道筋の痕跡「飛跡 (ひせき) 」をとらえることができます。素粒子実験用の写真フィルムは、ハロゲン化銀結晶の感度を、電気を帯びた粒子の飛跡をとらえるために最適化したものです。今回の検出器開発では、素粒子用の写真乳剤の中でも、特別に高分解能なものを採用しました。宇宙の未知の質量の正体と目されるダークマター粒子が原子核に衝突する現象をとらえるために名古屋大学で特別に開発されたものです。
研究グループは、京都大学複合原子力科学研究所でホウ素を含む薄膜を開発し、スパッタリングによってシリコン板上に製膜しました。そして、その薄膜の上に名古屋大学で超高分解能写真乳剤を塗布しました。製膜後および乳剤塗布後の安定性の確認試験と薄膜の改良を繰り返し、安定な薄膜の開発に成功しました。この薄膜は、ホウ素の同位体、ホウ素10を濃縮した炭化ホウ素膜の上にニッケル膜、更にその上に炭素膜を積層したものです。中性子が検出器に到達すると、薄膜中のホウ素10が中性子をイオンに変換し、変換後のイオンが写真乳剤中に痕跡を残します (図1) 。現像することで、痕跡が光学顕微鏡で観察可能な飛跡になります (図2) 。得られた飛跡を数値解析することで中性子が捕獲された場所 (飛跡の出発点) を精度良く導出することができます。
今回、大強度陽子加速器施設J-PARCの物質・生命科学実験施設において、この検出器に中性子を照射して、想定した検出能力を確認しました。そして、実際に得られた飛跡を解析した結果、中性子の到達位置を100ナノメートル未満、飛跡の角度により、最高で11ナノメートルの分解能で決定できることを確認しました。これは、現在利用されている検出器の分解能よりも2桁程度高分解能であるという突出した結果です。
図1. 炭化ホウ素膜中のホウ素10が中性子を吸収してイオンに変換し、イオンが写真乳剤中に痕跡を残す
図2. 得られた飛跡の光学顕微鏡写真 (対応論文より引用)
【成果の意義】
今回得られた11-100ナノメートルという空間分解能は、遅い中性子の波長に相当します。この検出器を使うことによって中性子の量子力学的な波動を直接的に観察できるようになりました。重力下における中性子の量子力学的振る舞いを観察することにより、量子力学や一般相対性理論の検証が可能になります。
また、中性子線を用いた透過像計測はX線による透過像計測と比較して軽元素がよく見えることから、学術研究だけでなく産業利用にも活用されています。従来の中性子透過像計測で用いられる検出器の分解能はおよそ10マイクロメートル程度でしたが、本検出器により、従来よりも1桁以上の分解能の向上が実現されます。これを用いることにより、従来は観測が困難であった燃料電池やリチウム電池の電極付近の構造評価などへの利用が可能になると考えられます。
【用語説明】
注1) 中性子:
全ての物質は原子からできており、原子は電子と原子核からできています。中性子は陽子と一緒に集まって原子核を作っている、さらに小さな粒子です。中性子は通常単独で存在することはできませんが、原子核が壊れた際に単一の粒子として飛び回ることができます。中性子は電荷がない、小さな磁石として振る舞う、透過力が高い、などの特徴があります。その性質を利用し、透過像計測など様々な研究に用いられています。
注2) 素粒子用写真フィルム (原子核乾板) :
写真フィルムはゼラチン中に微細なハロゲン化銀結晶を分散させた写真乳剤をプラスチックフィルムやガラス板に塗布したものです。そして、素粒子研究用の写真フィルムは、一般の写真フィルムよりもハロゲン化銀結晶を小さく、乳剤の厚みを厚くしたものです。電気を帯びた素粒子やイオンなどが乳剤層中を高速で飛行すると、その道筋にあるハロゲン化銀結晶を貫通し、各結晶内に痕跡を残します。現像すると、これらの痕跡を起点として銀のフィラメントが成長し、顕微鏡で観測可能な銀粒子の列ができます。この列が素粒子軌跡 (飛跡) として認識できます。飛跡はこのようにしてできるため、極めて精度の高い位置情報を持っています。そのため、素粒子研究用の写真フィルムは最も空間分解能の高い素粒子検出器として活躍してきており、パイ中間子やチャームクォークを含む中間子、タウニュートリノなどの新粒子を発見してきました。近年、飛跡の高速自動読み取り技術が発達し、高い分解能と共に大量の飛跡の解析が必要な素粒子実験、宇宙線実験、ミュオンを用いたピラミッドなどの大型構造物の解析などにおいても活躍しています。
注3) 大強度陽子加速器施設 J-PARC:
高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が茨城県東海村で共同運営している大型研究施設で、素粒子物理学、原子核物理学、物性物理学、化学、材料科学、生物学などの学術的な研究から産業分野への応用研究まで、広範囲の分野での世界最先端の研究が行われています。J-PARC内の物質・生命科学実験施設では、世界最高強度のミュオン及び中性子ビームを用いた研究が行われており、世界中から研究者が集まっています。
【 論文情報 】
雑誌名:The European Physical Journal C
論文タイトル:A cold/ultracold neutron detector using fine-grained nuclear emulsion with spatial resolution less than 100 nm
著者:N. Naganawa1 , T. Ariga2,3, S. Awano4, M. Hino5, K. Hirota4, H. Kawahara4, M. Kitaguchi6, K. Mishima7, H. M. Shimizu4, S. Tada4, S. Tasaki8, A. Umemoto4
1Institute of Materials and Systems for Sustainability, Nagoya University
2Faculty of Arts and Science, Kyushu University
3Laboratory for High Energy Physics, University of Bern
4Department of Physics, Nagoya University
5Institute for Integrated Radiation and Nuclear Science, Kyoto University
6Center for Experimental Studies, KMI, Nagoya University
7High Energy Accelerator Research Organization
8Department of Nuclear Engineering, Kyoto University
DOI:10.1140/epjc/s10052-018-6395-7
【 研究者連絡先 】
名古屋大学大学院未来材料・システム研究所
研究員 長縄 直崇 (ながなわ なおたか)
TEL:052 -789 -3532
FAX:052 -789 -2864
E-mail:naganawa[at]flab.phys.nagoya-u.ac.jp
【 報道連絡先 】
名古屋大学総務部総務課広報室
TEL:052 -789 -269
FAX:052 -789 -2019
E-mail:nu_research[at]adm.nagoya-u.ac.jp
京都大学
TEL:075 -753 -5729
FAX:075 -753 -2094
E-mail:comms[at]mail2.adm.kyoto-u.ac.jp
高エネルギー加速器研究機構 社会連携部広報室
TEL:029 -879 -6047
FAX:029 -879 -6049
E-mail:press[at]kek.jp
J-PARCセンター 広報セクション
TEL:029 -284 -457
FAX:029 -284 -4854
E-mail:pr-section[at]j-parc.jp
※上記の[at]は@に置き換えてください。