J-PARCハドロン実験施設のKOTO実験が 中性K中間子の稀な崩壊で世界最高感度を十倍更新- 「物質と反物質の違い」の解明に第一歩を踏み出す -
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
J-PARCセンター
【 本研究成果のポイント 】
✣ J-PARCの実験でK中間子の稀な崩壊を探索する感度を十倍更新。
✣ K中間子の崩壊を用いて物質と反物質の違い (CP対称性の破れ) を解明する研究が本格的にスタート。
【概 要】
大強度陽子加速器施設「J-PARC」のハドロン実験施設で中性K中間子の稀な崩壊を探索する国際共同研究:KOTO実験は、2015年に収集したデータを解析し、中性K中間子が中性パイ中間子と二つのニュートリノに崩壊する割合は三億分の一より小さいという結果を得ました。これまでの世界最高感度を十倍更新しています。K中間子の崩壊を用いて物質と反物質の違い (CP対称性の破れ) を解明する研究が本格的にスタートしたと言えます。今後は、2016年以降に収集したデータの解析による世界最高感度の更新が期待されます。2018年の秋に行った測定器の増強をもとに新たなデータ収集が2019年2月から始まります。
本研究の成果は、物理学の国際的な専門誌である「Physical Review Letters」の2019年1月18日号に掲載されました。
【背 景】
物質と反物質の性質の違い (CP対称性の破れ) は現代物理学の重要なテーマです。この現象はK中間子注1) の崩壊注2) の測定で1964年に発見され、実験を行った米国のJ.Cronin博士とV.Fitch博士は1980年のノーベル物理学賞を受賞しました。KEKでも、B中間子の崩壊でのCP対称性の破れをBファクトリーのBelle実験で測定し、2008年のノーベル物理学賞の対象となった小林・益川理論を検証しました。小林・益川理論はBファクトリーで観測されたB中間子の性質をよく説明し、素粒子の標準模型に組み込まれています。しかし、これまでの実験で測定された違いだけでは、宇宙全体から反物質が消えてしまった謎を説明するには不十分であることもわかってきました。小林・益川理論のほかに、標準模型を超える新しい物理とそれに起因する物質と反物質の違いがあるはずです。そのため、KEKのスーパーBファクトリーのBelle II実験やJ-PARCのT2K長基線ニュートリノ振動実験をはじめとして、物質と反物質の違いの謎に迫る研究が世界中で進められています。
K中間子の崩壊で物質と反物質の違いを解明するために、中性のK中間子Kʟ (Kʟ のLは寿命の長い中性K中間子を意味します) を大量に生成して中性のパイ中間子π0と二つのニュートリノνに崩壊するかどうかを探します注3) 。この崩壊:Kʟ → π0ννは標準模型では三百億回に一度という稀な割合でしか起こりません。新しい物理に起因する物質と反物質の違いがあれば、数倍あるいは数十倍多く崩壊する可能性があります。
そのため、Kʟ → π0νν崩壊の感度を上げる努力が長い間続けられてきました。これまでの世界最高感度は、2000年代にKEKの12GeV陽子加速器で六ヶ月間行われたE391a実験の結果 (崩壊の割合は四千万分の一より小さい) です。感度をさらに上げてこの稀な崩壊の発見を目指すために、茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設「J-PARC」の大強度の陽子ビームによる新しい実験 (KOTO実験) を進めています。
【研究内容と成果】
J-PARCのハドロン実験施設では、中性K中間子の稀な崩壊Kʟ → π0ννを探索する国際共同研究:KOTO実験 (実験責任者:山中卓 大阪大学理学研究科教授、共同代表者:Yau W. Wah シカゴ大学エンリコ・フェルミ研究所教授) が行われています。KOTO (コト) という略称は"K0 at TOkai" (中性を表すゼロをオーと読み替える) から来ています。大阪大、KEK、J-PARCセンター、京都大、山形大、防衛大、佐賀大、岡山大のほか、米国のシカゴ大、ミシガン大、アリゾナ州立大、台湾の国立台湾大、韓国の高麗大、全北大、済州大、ロシアのJINR研究所から69名の研究者が参加しています (図1) 。この実験は文部科学省、日本学術振興会、米国エネルギー省 (DOE) 科学局 (SC) 高エネルギー物理学部門 (HEP) 、台湾教育部 (MOE) 、台湾國家科學委員會 (NSC) /科技部 (MOST) 、韓国研究財団 (NRF) のサポートを受けて行われています。現時点で、Kʟ → π0νν崩壊を研究する世界で唯一の実験です。
図1. KOTO実験の共同研究者たち。 (2018年6月、実験グループが撮影)
ハドロン実験施設では、メインリング加速器から取り出された30ギガ電子ボルトのエネルギーの陽子ビームを実験ホールで金の標的に衝突させて様々な二次粒子を生成し、素粒子原子核物理実験を行います。KOTO実験では、標的で生成された中性K中間子を長さ20メートルのビームラインでホール南側のフロアにある実験エリアへ導きます。直径4メートル、長さ6メートルの円筒形の真空容器の中に測定器が設置され、真空中で中性K中間子が崩壊して生じた粒子を検出します (図2、図3) 。Kʟ → π0νν崩壊のニュートリノは検出できないので、中性パイ中間子がすぐに崩壊して生じる二つのガンマ線を後方に設置した電磁カロリメータ注4) で精密に測定します。二つのガンマ線以外にも粒子が出ていればこの実験で測ろうとしているKʟ → π0νν崩壊ではないので、そうした背景雑音 (バックグラウンド) 事象を検知して取り除くために、中性K中間子が崩壊する領域をガンマ線検出器や荷電粒子検出器で覆います。
図2. KOTO実験の測定装置の概略図。中性K中間子のビームは左から真空容器に入る。紫色で描かれている電磁カロリメータで中性パイ中間子からの二つのガンマ線を測定する。
図3. J-PARCのハドロン実験施設にあるKOTO実験の測定装置。青色に塗られたタンクが真空容器。下流側から撮影。
KOTO実験は2009年度にビームラインを、2010年度に電磁カロリメータを建設し、東日本大震災を経て2012年度に測定器を完成させて2013年度に最初の運転を数日間行い、ハドロン実験施設が利用運転を再開した2015年4月より本格的なデータ収集を開始しました。
中性K中間子の主要な崩壊 (Kʟ → π0π0π0、Kʟ → π0π0、Kʟ → π0π+π-、...) やビームに含まれる中性子によって生じるバックグラウンド事象からKʟ → π0νν崩壊だけをより分けて検出するのは非常に困難で、いったん完成したKOTO実験の測定器に対してもこれまで多くの改良が施され、また収集したデータの解析も時間をかけて慎重に行われました。
今回得られたのは、2015年の4月から6月、10月から12月にハドロン実験施設で実施された合計68日の利用運転期間のデータを解析した結果です。Kʟ → π0νν崩壊の割合は三億分の一より小さいという、これまでで最も厳しい制限を与えました (図4) 。
図4. KOTO実験の2015年データの解析の最終結果。横軸は中性パイ中間子のビーム軸上での崩壊位置、縦軸は中性パイ中間子の横方向の運動量。黒の数字は各領域にある事象の数で、赤の数字は予想されるバックグラウンド事象の数。赤い線で囲まれた信号領域に、Kʟ → π0νν崩壊の候補となる事象は観測されませんでした。
【本研究の意義、今後への期待】
KOTO実験の今回の研究成果はKʟ → π0νν崩壊の世界最高感度を十倍更新し、K中間子の崩壊を用いて物質と反物質の違いを解明する研究が本格的にスタートしたと言えます。KOTO実験では2016年にガンマ線検出器の増強を行い、2016年から2018年にかけて今回のデータの1.4倍に相当するデータをすでに取得しています。その解析が進行中で、世界最高感度の更新が期待されます。2018年の秋には電磁カロリメータの増強を行い、中性子によって生じるバックグラウンドへの対処を強化しました。新たな測定器によるデータ収集が2019年2月より開始します。実験の感度を更新し標準模型の予想する割合に近づくにつれ、新しい物理の兆候を得る可能性が高まり、あるいは様々な理論のモデルを棄却するなど、新たな成果が期待されます。
【論文情報】
J.K.Ahn et al. (KOTO Collaboration) ,
"Search for Kʟ → π0νν and Kʟ → π0X0 Decays at the J-PARC KOTO Experiment", Physical Review Letters 122, 021802 - Published 15 January 2019
DOI: https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.122.021802.
【 お問い合せ先 】
研究内容に関すること
国立大学法人 大阪大学
理学研究科物理専攻 教授 / KOTO実験責任者 山中 卓
Tel : 06 -6850 -5356
E-mail : taku[at]champ.hep.sci.osaka-u.ac.jp
シカゴ大学
エンリコ・フェルミ研究所 教授 / KOTO実験共同代表者 Yau W. Wah
E-mail:ywah[at]uchicago.edu
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素粒子原子核研究所 教授 小松原 健
Tel : 029 -284 -4757
E-mail:takeshi.komatsubara[at]kek.jp
報道担当
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広報室長 引野 肇
Tal : 029 -879 -6047
Fax : 029 -879 -6049
E-mail : press[at]kek.jp
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広報コーディネーター 多田 裕子
TEL:029 -864 -5335
E-mail:htada[at]post.kek.jp
J-PARCセンター 広報セクション
リーダー 阿部 美奈子
TEL:029 -284 -4578
E-mail:abe.minako[at]jaea.go.jp
※上記の[at]は@に置き換えてください。
【 用語解説 】
注1.K中間子
K中間子は、第二世代のクォークであるストレンジクォーク (s) を含む粒子です。第一世代のアップクォーク (u) との組み合わせの"電荷を持つK中間子 (K+) "、ダウンクォーク (d) との組み合わせの"電荷を持たない中性のK中間子 (K0) "、そして各々の反粒子 (K-、K0) があります (図5) 。中性のK中間子はK0とK0の二種類あり、粒子と反粒子の関係にあります。
図5. ストレンジクォークを含むK中間子。
注2.崩壊
高エネルギー衝突反応で生成される粒子は、時間とともに質量が軽いいくつかの粒子に移り変わっていきます。数億分の一秒という、日常生活では考えられないほど短い瞬間に起こる出来事です。粒子の中にあるクォークに相互作用がはたらいて起こるこのような現象を"崩壊"と呼びます。粒子が崩壊するパターンは一通りではありません。様々な崩壊パターンを詳しく調べていくと、どのような相互作用がはたらくのかがわかります。
注3.寿命の長い中性K中間子の崩壊
粒子と反粒子の関係にある二つの中性K中間子:K0とK0の量子力学的な重ね合わせにより、寿命の長い中性K中間子 (KL) と短い中性K中間子 (KS) が生じます。KLはその重ね合わせから、CP対称性がマイナスという性質をもっています。中性パイ中間子と二つのニュートリノの系はCP対称性がプラスです。そのため、Kʟ → π0ννは崩壊の前後でCP対称性がマイナスからプラスに変わり、CP対称性を破る崩壊になります。
注4.電磁カロリメータ
電磁カロリメータは、ガンマ線の入射位置、時間そしてエネルギーを測定する装置です。KOTO実験の電磁カロリメータは、直径2メートルの円筒の中に長さ50センチメートル、断面が2.5センチメートル角と5センチメートル角の二種類のヨウ化セシウム (CsI) の結晶を合計で2716本積み上げて作りました (図6) 。米国のフェルミ国立加速器研究所で1990年代に行われたK中間子崩壊実験 (KTeV実験) に使用されていた結晶を、日米科学技術協力事業のもとで日本に移設しました。ガンマ線のエネルギーはCsI結晶の発光に変換され、発光は光電子増倍管により電気信号となり、その信号波形をシカゴ大学で開発された高速の電子回路とミシガン大学で開発されたデータ収集システムで読み出しています。
図6. CsI結晶による電磁カロリメータ (2011年2月の完成時に撮影)