新開発の量子線顕微装置でタイヤ用ゴム材料物質の選択的な観測に初成功- 製品や使用後の製品そのものの評価が可能に 他の材料への利用展開にも期待 -
2020年1月23日
茨城大学
住友ゴム工業株式会社
茨城県
J-PARCセンター
本研究成果のポイント
○ 茨城大学大学院理工学研究科の小泉 智 教授、能田 洋平 講師は、高分子複合材料の精密解析を可能とする新しい量子線顕微装置を開発し、さらに住友ゴム工業株式会社と共同で、本装置を用いてタイヤ用ゴムに含まれる様々な材料を選択的に観測することに初めて成功しました。従来の中性子利用観察方法では、重水素置換法が不可欠でしたが、本手法により製品そのものや使用後の評価が可能になり、他の製品への利用展開も大いに期待されます。
○ 今回開発したのは、高レベルの水素核スピン偏極を動的に制御することで、素材の特定の成分を強調した観測画像を得られる「動的核スピン偏極コントラスト変調中性子小角散乱装置」(DNP-SANS) というものです。この装置は、大強度陽子加速器施設 (J-PARC/茨城県東海村) に茨城県が設置した「茨城県材料構造解析装置 (iMATERIA) 」に整備され、今後は同装置を使ったほかの複合材料の観察も可能となります。
■ 新しい量子線顕微装置の開発
今回、茨城大学は、大強度陽子加速器施設 (J-PARC) に茨城県が設置した「茨城県材料構造解析装置 (iMATERIA) 」で、動的核スピン偏極コントラスト変調中性子小角散乱装置を用いた測定を実施しました。本装置に用いた手法の原理は古くから知られていましたが、産業利用を目的とした実装置として開発されたのは、世界的にも今回が初めてです。
コントラスト変調法とは、材料を構成する様々な部材から出てくる中性子線の強度を強調した画像を得て、それぞれの構造を特定する手法です。これまでは物質を構成する水素を重水素に置き換える「重水素置換法」による実施が一般的で、高分子などの有機材料を中心に使われてきました。一方、今回開発した「動的核スピン偏極装置」は、室温においてばらばらな方向を向いている水素の核スピンを、一定の方向に揃えて「偏極」させるだけで実施できる画期的なものです。従来の重水素置換法では、観測にあたって高額な試薬や化学的な置換による材料の合成が必要でしたが、本技術はそうした合成加工が不要となり、市販の実製品そのものを観測できることから、産業利用にも適したものといえます。
iMATERIAに整備された動的核スピン偏極装置は、図1で示したような構成のものです。偏極させることの容易な「電子スピン」を導入した試料について、まずは強磁場・低温環境のもとで電子を偏極させ、次にマイクロ波を照射しながら電子から水素へと偏極移動させて全体に偏極を発生させます。今回、iMATERIAの中性子小角散乱装置に組み込むため、強磁場・マイクロ波印加機構や中性子ビーム偏極機構を新たに開発しましたが、これらは、最先端機器で構成されており、磁気工学、低温工学、高周波工学といった幅広い分野に及ぶ高い技術を必要としました。
図1: (a) 開発した動的核スピン偏極装置。7テスラ超電導マグネット、液体ヘリウム減圧式冷凍機、マイクロ波発生装置、NMR装置で構成される。 (b) 本装置により得られた水素核スピン偏極度の実験データ。世界最高レベルの高い偏極度を達成した。右模式図は試料中の水素核スピンの向きを示している。
■ タイヤ用ゴム材料中の硫黄の濃度粗密の観測に初成功―経年変化の議論が可能に
今回、茨城大学と住友ゴム工業株式会社は共同で、「動的核スピン偏極コントラスト変調中性子小角散乱装置」を用いたタイヤ用ゴムの内部構造の解析を実施しました。
自動車のタイヤ用ゴムは、数十種類の材料からできており、それぞれの材料がタイヤ内部で階層構造を作っています。このため、タイヤ性能の向上にはタイヤ用ゴムの内部の各材料をそれぞれ分けて観察し、その階層構造を明らかにすることが必要となります。特にゴムの弾性を生み出す硫黄架橋構造は、ゴムの強度や劣化などの経年変化に大きく関係することが一般に知られている一方で、ゴム中での詳細な構造については未解明なままでした。今回、開発した装置では、材料内部の各材料を「分けて観察」することが可能となりました。
今回の解析では、iMATERIAで強磁場 (7テスラ) と低温 (1ケルビン= −272℃) のもとに試料を置き、マイクロ波を照射して観察を行った結果、タイヤ材料のスチレンブタジエンゴムにおいて、90%という高い偏極度を達成する技術の開発に至り、正偏極の条件でゴムの情報を消し去り、硫黄架橋を選択的に観察することに成功しました。タイヤ用ゴムは様々な材料を含み、特に通常の観測法では補強性粒子の信号が大きくデータに乗ってきますが、コントラスト変調法を使うことによって、補強性粒子や硫黄架橋といった特定の成分がそれぞれ色づけされた鮮明な画像を得ることができました (図2) 。これにより、硫黄架橋を選択的に観測することに初めて成功しました。
重水素置換法を行わずにもともとの水素のままで素材の高分子を観察できるということは、製品であるタイヤの評価や、使用後のタイヤそのものの構造評価を可能にします。燃費と構造劣化の関係の解明にもつながり、タイヤのさらなる性能向上に寄与するものといえます。
図2:「動的核スピン偏極コントラスト変調中性子小角散乱装置」を使ったタイヤ材料のスチレンブタジエンゴムの観測から得られた図像
■ 今後の展望
<産業利用分野>
開発した動的核スピン偏極コントラスト変調中性子小角散乱装置は、産業界からの期待が極めて高いものであり、本研究チームは、茨城県が主催する「iMATERIA研究会 (生活分野) 」という活動を通じて、材料メーカー研究者と議論を深めてきました。この技術はタイヤに留まらず、生体関連の材料に展開することも可能です。「自然を模倣する」というバイオミメティックの観点から、新たな材料設計につながることも期待されます。
<学術研究分野の展望>
iMATERIAは動的核スピン偏極コントラスト変調中性子小角散乱装置が整備された世界的に見ても唯一のビームラインです。そのため、開発途中から世界的にも注目を集め、茨城大学と海外の研究グループ (ドイツユーリッヒ研究所) との共同研究にも発展しています。将来的には日本発の技術として、海外の中性子施設への技術展開も期待されます。
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