プレスリリース

2020.12.14

核変換研究のための陽子ビーム制御技術を開発
- 微小出力陽子ビーム取り出し技術の確認試験に成功 -

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
J-PARCセンター

【発表のポイント】

  ✣ 大出力陽子ビームから微小出力陽子ビームを取り出す場合、通常は電磁石や金属薄膜を用いていますが、ビーム出力が安定しない課題がありました。
  ✣ 電磁石内で陽子ビームと高出力レーザー光を衝突させることで、大出力陽子ビームから微小出力陽子ビームを取り出すシステムを開発しました。
  ✣ 本技術により、J-PARCを活用して加速器駆動核変換システムの研究開発を推進するための一つのマイルストーンを達成しました。
  ✣ 本技術は今後、極短パルス陽子ビームなど、多様な加速器ビーム利用のさらなる発展に繋がると期待されます。

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図1 新たに開発したレーザー荷電変換システム
負水素イオン(H-)ビームを3 MeVまで加速する陽子加速器の下流に本システムを設置し、電磁石中でH-ビーム(橙色)にレーザー光(桃色)を照射します。

【概 要】

  国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉 敏雄、以下、「原子力機構」)J-PARCセンターの武井 早憲研究主幹らのグループは、実験のニーズに応じた多様な微小出力陽子ビームを大出力陽子ビームから安定して取り出す技術を開発してきました。今回、ビームエネルギー300万電子ボルト(3メガ電子ボルト、3 MeV)の陽子加速器に本技術を適用し、多様な出力の陽子ビームを取り出すことに成功しました。

  J-PARCセンターでは、原子力発電所から発生する放射性廃棄物を効率よく減容・有害度低減するための加速器駆動核変換システム(ADS、注1)による分離変換技術の実現に向けて、基礎的な研究を行う核変換実験施設(TEF、注2)を検討してきました。TEFは、ターゲット試験(注3)核変換の対象となる放射性物質(注4)核変換特性試験(注5)などを通して、ADSの実用化に必要なデータ・知見を取得するための実験施設です。

  TEFは現在、建設に向けて設計検討の段階ですが、ターゲット試験のためにエネルギー4億電子ボルト(400メガ電子ボルト、400 MeV)の大出力陽子ビームを供給する予定です。また、核変換特性試験のために、エネルギーは同じく4億電子ボルトですが、出力の微小な陽子ビームを供給する予定です。

  特に、核変換特性試験では、ビームの強さやその時間幅を変えた陽子ビームが必要になります。そのためには、J-PARCの特長である大出力陽子ビームから最大で2万5千分の1という極めて微小な出力の陽子ビームを取り出さなくてはなりません。

  そこで研究グループは、レーザーで陽子ビームを診断する技術に着目し、複数の高出力レーザー光源を選択的に使用して、陽子ビームの出力を制御する独自の技術を考案しました。安定した微小出力陽子ビームを取り出すため、電磁石内で陽子ビームとレーザー光を衝突させながら、衝突点におけるレーザー光の位置を高い精度で制御するシステムを構築しました。

  ビームエネルギー300万電子ボルトの陽子加速器と本技術を組み合わせた試験により、核変換特性試験に必要な微小出力陽子ビームを安定して取り出すことに成功しました。また、取り出された陽子ビームの出力が理論的な予測値と一致することを確認しました。

  この技術により、J-PARCを活用してADSの研究開発を推進するための一つのマイルストーンを達成しました。今後、極短パルス陽子ビームや低出力長パルス陽子ビームなど、多様なビーム利用のさらなる発展に繋がることが期待されます。

  本成果は、Journal of Nuclear Science and Technologyのオンライン版に12月14日(月)15時(日本時間)に掲載されます。

【研究の背景】

  ADSの開発には、ターゲット試験のように極めて大出力陽子ビームが不可欠な反面、核変換の対象となる放射性物質を用いた核変換特性試験のために、エネルギー400 MeVの極めて微小出力の陽子ビームが必要になります。特に、核変換特性試験のために、ビームエネルギーを変えることなく、照射するビームの強さやその時間幅を任意に変えた陽子ビームが必要になります。

  実験に必要となる陽子ビームの出力が大きく異なっている場合、通常は2台の独立した陽子加速器が必要になります。しかし、原子力機構では、J-PARCの陽子加速器のビームを分岐することでこれらの試験を行うことにしました。すなわち、核変換特性試験に供する極めて微小な出力の陽子ビームをJ-PARCの特長である大出力陽子ビームから安定に取り出すのです。

  J−PARCの大出力の負水素イオン(H-、注6)ビーム(エネルギー400 MeV、出力250 kW)から微小出力の陽子(H+)ビーム(最大出力10 W、2万5千分の1)を安定して取り出す必要があります。また、核変換特性試験の内容に応じ、時間幅が数ナノ秒(10億分の数秒)から数十マイクロ秒(10万分の数秒)の範囲の多様な時間幅のH+ビームを取り出す必要があります。

  通常の加速器施設では、大出力陽子ビームから電磁石や金属薄膜を用いて微小出力陽子ビームを取り出しています。しかしながら、この方法では出力や時間幅の異なる陽子ビームを取り出すことができません。また、電磁石の異常や金属薄膜の変形等により想定以上の出力の陽子ビームが取り出されるおそれがあり、ビームの安定性に課題がありました。このため、安定して微小出力陽子ビームを取り出す方法を開発することが不可欠でした。

【研究の内容・成果】

  世界最高レベルの出力を誇るJ-PARCの陽子ビームから、多様な微小出力ビームを安定して取り出す、例えて言うと、毎秒125リットルの水の流れから毎秒スプーン1杯分(2万5千分の1)の水を正確にくみ取る必要があります。そこで、これまでレーザーでH-ビームの形状などを診断する技術として使われてきたレーザー荷電変換技術(注7)に着目しました。レーザー荷電変換は、H-ビームに特定の波長のレーザー光を照射し、H-から電子を剥ぎ取ることで荷電状態を変換する技術です。微小出力ビームを取り出すためのもう一つの課題として、真空の加速器の加速管内にごく僅かに残ったガスとH-ビームが衝突して生成する中性水素のバックグラウンドを除去する必要がありました。研究グループは、バックグラウンドを除去しながら所定の出力のH+ビームを取り出すため、電磁石内でH-ビームと高出力レーザー光を衝突させる独自のアイデア(図2)に基づくレーザー荷電変換システム(図1)を開発しました。また、安定したH+ビームを取り出すために、衝突点におけるレーザー光の位置を高い精度で制御するシステムも構築しました。

  ビームエネルギー3 MeVの陽子加速器を用いた本システムの確認試験では、時間幅の異なるH+ビームを取り出すため、二種類のレーザー(高出力パルス発振レーザーと高出力連続発振レーザー)を用いました。

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  図2 レーザー荷電変換の模式図。陽子加速器で加速された負水素イオン(H-)ビームは電磁石で軌道を曲げられ、ターゲット試験に供給されます。電磁石で曲げられる途中のH-ビームにレーザー光を照射すると、中性水素(H0)ビームが生成します。H0ビームは電磁石中の磁場で曲げられることなく直進するので、そのまま金属薄膜へ輸送され、陽子(H+)ビームに変換されます。そして、核変換特性試験に供給されます。
  一方、加速されたH-ビームの一部は真空中に残留しているガスと衝突し、弱く結合している電子が容易に引き離され、中性水素(図中の混在H0ビーム)となります。この混在H0ビームは電磁石中の磁場中で曲げられることなく直進してビームダンプに向かうために取り除くことができ、核変換特性試験には供給されません。

  まず、時間幅が短い(数ナノ秒)H+ビームを取り出すため、高出力パルス発振レーザー(1パルス当たり1.6ジュール)とビームエネルギー3 MeVの陽子加速器を組み合わせて、実験を実施しました。その結果、ビーム出力の変動を約2%以内に抑えながら、出力が約3万分の1だけのH+ビームを取り出すことに成功しました[1]。この値はJ−PARCの出力250 kWのH-ビームから約8 WのH+ビームを取り出すことを意味しています[1]。次に、時間幅が長い(数十マイクロ秒)H+ビームを取り出すために、高出力パルス発振レーザーを高出力連続発振レーザー(出力196 W)に置き換えて実験を実施し、時間幅が約50マイクロ秒で、出力が約36万分の1だけのH+ビームを取り出すことに成功しました(図3)。この値はJ−PARCの出力250 kWのH-ビームから約0.7 WのH+ビームを取り出すことを意味しています。

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  図3 高出力連続発振レーザー(出力196W)を用いて取り出された陽子ビームの電流波形。陽子ビームのパルス時間幅が約50マイクロ秒で、取り出し効率が約36万分の1に相当します。

  また、取り出されたこれらのビームの出力が理論的な予測値と一致することを確認しました。理論通りにH+ビームを取り出すことができたことから、安定かつ正確に所定の出力と時間構造を有するH+ビームの取り出し技術を確立できました。

【今後の展開・波及効果】

  この技術の確立により、J-PARCを活用してADSの研究開発を推進するための一つのマイルストーンを達成しました。

  この技術は、今後、極短パルス陽子ビームや低出力長パルス陽子ビームなど、多様なニーズへの対応が必要となる加速器ビーム利用技術の発展に繋がることが期待され、既に学術界で国際的な評価を得つつあります。

【参考文献】

[1] H. Takei, K. Hirano, K. Tsutsumi and S. Meigo, Plasma and Fusion Research 13, 2406012 (2018).

【論文情報】

雑誌名 Journal of Nuclear Science and Technology
タイトル Low-Power Proton Beam Extraction by the Bright Continuous Laser using the 3-MeV Negative-Hydrogen Linac in Japan Proton Accelerator Research Complex
著者 Hayanori Takei1, Kazuyoshi Tsutsumi2, and Shin-ichiro Meigo1
所属 1日本原子力研究開発機構、2日本アドバンストテクノロジー株式会社(現 株式会社NAT)
DOI番号 10.1080/00223131.2020.1848654

【本件に関する問い合わせ先】

<研究内容について>

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
J-PARCセンター 核変換ディビジョン
施設利用開発セクション
武井 早憲
Tel:029 -282 -6935
Fax:029 -282 -5671
e-mail:takei.hayanori[at]jaea.go.jp

<報道担当>

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
J-PARCセンター 広報セクション
リーダー 阿部 美奈子
Tel:029 -284 -4578
Fax:029 -284 -4571
e-mail:abe.minako[at]jaea.go.jp
e-mail:press[at]kek.jp

※上記の[at]は@に置き換えてください。

【用語解説】

 (注1) 加速器駆動核変換システム(ADS:Accelerator-Driven nuclear transmutation System)
  原子力発電所の使用済み核燃料には、 燃え残ったウランや新たな燃料となるプルトニウムの他に、核分裂反応や放射性崩壊により生成した放射性物質が含まれます。これらの放射性物質の中には、人体に対する有害度や環境負荷が比較的大きい物質も存在しています。これらを選択的に分離し、その物質の特性に応じて処理・処分できれば、使用済み核燃料からの環境負荷を大きく低減できる可能性があります。有害な元素を分離し、核反応により異なる元素に変換する技術を「分離変換技術」と呼んでいます。
  この技術の一環として、加速器と原子炉を組み合わせ、加速器からの高エネルギーの陽子を鉛などのターゲットに照射し、発生した中性子による核分裂反応で連鎖的に核変換していくシステムを「加速器駆動核変換システム」と呼んでいます。加速器駆動核変換システムは、世界的に研究開発が進められている次世代の原子炉です。

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加速器駆動核変換システムの概要

 (注2) 核変換実験施設(TEF:Transmutation Experimental Facility)
  J-PARCでは、ADSの実用化に向けて基礎的な研究を行うため、核変換実験施設を検討してきました。核変換実験施設では、ADSで大出力陽子ビームを受けるためのターゲット試験や核変換の対象となる放射性物質の核変換特性試験などを通して、ADSの実用化に必要なデータ・知見を取得します。

 (注3) ターゲット試験
  原子力機構が提案するADSでは、陽子から中性子を生み出すターゲットに鉛ビスマス共晶合金(LBE)を使用します。LBEは中性子の発生量が多いなどの利点がありますが、金属材料を腐食しやすいうえ、陽子・中性子照射により金属自体の強度も変化していくため、これらの特性を良く知る必要があります。そこで、J-PARCの大出力陽子ビームを用いてLBEターゲットの試験を行い、ADSの設計に必要なデータベースの構築を目指しています。

 (注4) 核変換の対象となる放射性物質
  アクチノイド元素(アクチニウム(Ac、原子番号89)からローレンシウム(Lr、原子番号103)までの元素の総称)のうち、ウランとプルトニウムを除く元素を総称してマイナーアクチノイドと呼びます。核変換の主な対象となるのは、使用済み核燃料に含まれるマイナーアクチノイドのうち、人体に対する有害度や環境負荷が比較的大きいネプツニウム(Np、原子番号93)、アメリシウム(Am、原子番号95)、キュリウム(Cm、原子番号96)の3元素です。

 (注5) 核変換特性試験
  陽子ビームを用いて放射性物質を核変換する際、どこでどの程度の核変換が発生するのかを実験的に検証し、シミュレーションでどれだけ正確に予測できるのかを比較する必要があります。このため、エネルギー 400 MeVの微小出力の陽子ビームを使い、少量の中性子を発生させて、実際の核変換特性を把握するための試験を計画しています。

 (注6) 負水素イオン
  原子・分子に1個又はそれ以上の個数の電子が付随して負の電荷を帯びた状態にあるものを負イオンといいます。正(+)の電荷を持つ1個の陽子の周りを負(-)の電荷を持つ1個の電子が回っている水素原子に、さらに電子1個が加わり、1個の陽子の周りを2個の電子が回り負の電荷を帯びたイオンを負水素イオンと呼びます。J-PARCの陽子加速器(リニアック)では、負水素イオンを加速しています。

 (注7) レーザー荷電変換技術
  負水素イオン(H-)では、水素原子に加わった1個の電子は水素原子と弱く結合しているので、赤外線から可視光程度の波長を持つレーザー光で容易に負水素イオンから電子を引き離し、電気的に中性な水素へ変換することができます。この中性水素が金属薄膜を通過すると、金属薄膜中の原子との衝突により中性水素の電子もはぎ取られ、正の電荷を持つ陽子(H+)に変換されます。
  レーザー荷電変換技術は、これまで米国のロスアラモス国立研究所、オークリッジ国立研究所及びフェルミ国立研究所等で加速器のビーム診断や制御に用いられてきました。