プレスリリース

2024.01.17

J-PARC加速器、ビームパワーを大幅更新し省エネも実現
- ニュートリノ研究の強力な原動力に -

J-PARCセンター
高エネルギー加速器研究機構
日本原子力研究開発機構

本研究成果のストーリー

  - Background -
✣ 茨城県東海村の大強度陽子加速器施設J-PARCでは、陽子をほぼ光の速さまで加速し、素粒子や原子核の未知の現象を捉えるさまざまな実験を行っています。実験の成否は、加速された陽子を実験施設に供給できる数に大きく依存するため、その指標である「ビームパワー」を増やす努力を続けてきました。
  - Achievements -
✣ 「メインリング」と呼ばれる加速器では、2008年の運転開始以来、段階的にビームパワーをあげて来ました。大幅な増強を経て2023年12月25日、当初目標を超えるビームパワー760kWを達成しました。電磁石にたまったエネルギーを効率よく回収、再利用することで、これまでと同じ消費電力で約1.5倍のビームパワーを供給しており、大幅な省エネも実現しました。
  - Meaning -
✣ J-PARCでは、ニュートリノという素粒子の基本的な性質を調べるT2K実験を行っています。ノーベル賞が相次いで出るなど日本のニュートリノ研究は世界のトップレベルですが、今回のビームパワー向上でT2K実験が大きく飛躍し、それに続くハイパーカミオカンデ計画に向けて新しい成果を世界に先駆けて出すことが期待されます。

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J-PARCのメインリングの電磁石の一部

120文字サマリー

  茨城県東海村の大強度陽子加速器施設J-PARCの「メインリング」加速器で、性能指標であるビームパワーが当初目標を超える760kWを達成しました。大幅な省エネも実現しています。T2K実験の飛躍が期待されると同時に、ハイパーカミオカンデ計画への道筋を確実にしました。

概要

  茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設J-PARC(Japan Proton Accelerator Research Complex)を、高エネルギー加速器研究機構(KEK)と日本原子力研究開発機構(JAEA)が共同で建設し運営しています。素粒子物理学、原子核物理学、物性物理学、化学、材料科学、生物学などの学術的な研究から産業分野への応用研究まで、広い分野での世界最先端の研究が行われています。運営組織をJ-PARCセンターと呼んでいます。

  線形加速器(LINAC)と、3GeV(ギガ電子ボルト、GeVは加速された粒子の運動エネルギーの単位)まで加速できるRCS (Rapid-Cycling Synchrotron)と呼ばれる円形加速器、メインリングと呼ばれる円形加速器の3台で段階的に陽子を加速し、ニュートリノ実験施設などに陽子ビームを供給しています。

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  加速した陽子を標的にぶつけ、生成される中性子やK中間子、ニュートリノなどの粒子をさまざまな実験に使います。実験の感度は、生成される粒子の総数で決まります。その数は、標的に入射した陽子の数に比例します。より高い感度の実験を行うためには、より多くの陽子が必要です。そのためには、単位時間あたりにどれだけの陽子を加速できるかという指標「ビームパワー(※1)」が重要となります。単位はkW(キロワット)です。

  メインリングは750kWを当初の目標性能として設計されたシンクロトロン方式の円形加速器です。これまでに数多くのビーム調整と改良を積み重ね、2019年にビームパワーが500kWに達しました。加速器の大幅な増強を実施して2022年度から加速調整運転を行い、2023年12月25日にこれまでの最高となる760kWのビームパワーを出すことに成功しました(グラフ1)。

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グラフ1. 年度ごとのメインリングの最大ビームパワー

  磁場の力でビームを円軌道にする電磁石のための電源には、大容量のコンデンサーを用いる方式を採用しました。電磁石にたまったエネルギーを効率的に再利用するアイデアで、今回のビームパワー760kWを、メインリング増強前と同等の消費電力で達成しています。同じ消費電力で約1.5倍のビームパワーを実現したことになります。

  メインリングで加速された陽子を利用するニュートリノ実験施設では、ニュートリノを生成する装置が大きなビームパワーに耐えられるように増強され、放射線遮蔽などが強化されました。2023年12月25日には、ビームパワー760kWでの安定的なニュートリノの連続生成を実現しました。

※1.ビームパワー
  ビームパワーとは、陽子の運動エネルギーと単位時間あたりに取り出される陽子数の積です。これが加速器の性能指標となり、二次粒子、三次粒子の発生量の決め手になります。

研究者からひとこと

  J-PARCセンター 加速器ディビジョンの五十嵐進教授 :
  機器の改造およびビーム調整にあたり、メンバーそれぞれが努力し、優れたチームワークを発揮して、ひとつの目標に到達しました。多数の人が関わった長年の目標でしたので安堵とともに感慨深く思います。今後研究を続けさらに高い目標に向かいます。

なぜこの研究を始めたのですか

  J-PARCメインリングのビームを利用する主要な実験の一つは、ニュートリノという素粒子の基本的な性質を調べるT2K実験(東海-神岡間長基線ニュートリノ振動実験、※2)です。メインリングで30GeVのエネルギーまで加速した陽子をニュートリノ実験施設に取り出して標的に照射します。

  そこで発生した二次粒子を収束して生成したニュートリノを、295km離れた岐阜県飛騨市神岡町にある「スーパーカミオカンデ」検出器で観測します。物質とほとんど反応をしないニュートリノが長距離を飛行することで起こす変化を精度よく測定するためには、たくさんのニュートリノが必要ですが、そのためにはニュートリノをつくりだす陽子の高いビームパワーが必要となるのです。

※2. T2K実験
  J-PARCのメインリングとニュートリノ実験施設によって大強度ニュートリノビームを作り、295km離れた岐阜県飛騨市神岡町の地下1,000mに位置する東京大学宇宙線研究所の5万トン水チェレンコフ検出器スーパーカミオカンデに打ち込み、ニュートリノの謎を解明する実験です。

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T2K実験の概要

努力したところはどこですか

  メインリングはシンクロトロン方式の加速器で、前段の加速器からエネルギー3GeVのビームを入射し、30GeVまで加速し、そのビームを実験施設へ向けて1パルス出射します。そして次のビーム入射のために電磁石の磁場を3GeV相当まで戻して、次のサイクルを繰り返します。メインリングのビームパワーを上げるためには下記の工夫が必要です。

 ・一度に加速できる陽子の数(パルスあたりの陽子数)を増やす
 ・繰り返し周期を短くし、ビーム出射頻度を高くする

  加速陽子数を増やすためには、陽子の取りこぼし(ビームロス)を少なくする必要があります。ビーム内の陽子どうしの電荷による反発力がある中で、メインリングで10万回以上周回させながら加速しています。ビームロスを少なくするために、加速器を構成する電磁石の磁場および高周波加速装置の電圧などを精密に調整する必要があります。例えば、電磁石は精度良く製作されていますが、それでも微小な誤差磁場により周回中にビームサイズが大きくなり、ビームロスにつながります。そのビームロスを低減するように電磁石の磁場を調整しています。また、前段の加速器(線形加速器とRCS)のビーム調整もメインリングのビームロス低減のために重要で、それらの加速器と連携してビーム調整を行っています。大強度ビーム加速に適した運転条件の探索、およびビーム不安定性への対処、ビームロス低減のための機器を追加するなどにより、2019年にはメインリングのビームパワーが500kWに達しました。そのときのパルスあたり陽子数は265兆個で、シンクロトロン方式の陽子加速器における世界最高値です。

  2021年の夏から運転を長期休止し、サイクルの繰り返し周期を2.48秒から1.36秒に短縮する大改造を行いました。

  この改造は、陽子ビームをメインリングに入射する装置、陽子にエネルギーを与える高周波加速装置、陽子ビームを周回軌道とするための主電磁石用電源装置、加速された陽子ビームを利用する実験施設への出射のための機器など多岐にわたります。その後、更新機器の通電試験を行い、安定にビーム運転に使用できる状態となったことを確認しました。2023年から1.36秒の繰り返し周期によるビーム調整およびニュートリノ実験施設への供給運転を行い、12月25日にはビームパワー760kWでのビーム供給に成功しました(グラフ2)。

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グラフ2. メインリングを周回する陽子数の測定結果(赤線)とビームエネルギー (青線)。12月25日12:00には、ビームパワー763kW、取り出し陽子数は216兆個。「入射」「加速」「出射」「減磁」が一つのサイクルで、その繰り返し周期が1.36秒。ビーム電流が出射の時に一瞬で0になっていることが、パルス的に取り出されていることを表しています。
 

  ニュートリノ実験施設では、二次粒子を集める電磁石(電磁ホーン)などがメインリングにあわせて1.36秒周期で動作するように増強されました。また大パワーのパルス陽子ビームの照射により熱衝撃をうける標的等の装置の冷却を強化しました。また、周辺環境を守るための放射線遮蔽などの設備も強化し、メインリングの性能を活かして安定的にこれまでよりも多くのニュートリノを実験で利用することができるようになりました。

  加速陽子の数の目標は世界の誰も達成できていないもので、ビームロス低減の目標も高く、達成が容易ではないものでした。メインリングの前段に当たる線形加速器、RCSも調整や改造を重ねたうえで、予想されなかった事象にも対処しつつ、少しずつビームパワーを上げていき、メインリングを大幅に増強することで達成しました。目標達成に15年かかりましたが、大きな節目を迎えたと考えています。

  今後さらにビーム調整を進め、ビームロスを低減し、より安定な運転ができるようにしていきます。

それで世界はどう変わりますか

  T2K実験は、ニュートリノと反ニュートリノの性質の違いを確かめるのが現時点での大きな目標です。性質の違いは「CP対称性の破れ」と呼ばれ、宇宙が誕生した時には同量できたと考えられている物質と反物質のうち、反物質は消えて物質だけが残って現在の宇宙ができている理由の解明につながるものです。目標達成のためには大量のデータ取得が必要です。

  将来的には、T2K実験に続く次世代のニュートリノ研究であるハイパーカミオカンデ計画(※3)に向けて、繰り返し周期をさらに短い1.16秒に短縮することに加えて、取り出し陽子数を330兆個と増やすことができるように高周波加速装置の増設を行います。2028年までにビームパワー1.3MWまで高める計画です。

※3. ハイパーカミオカンデ計画
  岐阜県飛騨市神岡町の地下にあるスーパーカミオカンデに隣接する形で新型検出器を建設し、陽子崩壊やニュートリノの精密観測を通じて素粒子の統一理論や宇宙進化の解明を目指す実験です。検出器は直径68m、深さ71mの円筒形のタンクに超純水を満たしたもので、感度はスーパーカミオカンデの約10倍の予定。実験開始は2027年を見込んでいます。

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お問い合わせ先

< 研究内容に関すること >
メインリングに関すること
J-PARCセンター 加速器ディビジョン
(教授) 五十嵐 進
 
ニュートリノ実験施設に関すること
J-PARCセンター 素粒子原子核ディビジョン
(教授) 中平 武
 
< 報道担当 >
J-PARCセンター 広報セクション
TEL:029 -287 -9600
E-mail:pr-section[at]j-parc.jp
 
高エネルギー加速器研究機構 広報室
TEL:029 -879 -6047
E-mail:press[at]kek.jp
 
※上記の[at]は@に置き換えてください。