プレスリリース

2024.09.06

原子配列の乱れをもつフッ化物イオン導電性固体電解質のイオン伝導メカニズムの解明
- リチウムイオン電池を凌駕する次世代蓄電池の創成を目指して -

大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
J-PARCセンター
国立大学法人 京都大学
国立大学法人 総合研究大学院大学
国立大学法人 茨城大学
一般財団法人 ファインセラミックスセンター

本研究成果のストーリー

 - Question - ✣ 蛍石型構造をもつフッ化カルシウム(CaF2)やフッ化バリウム(BaF2)は、全固体フッ化物電池において重要な高電圧下での利用が期待されますが、その反面、イオン伝導率が低い物質です。CaF2とBaF2を原子レベルで混合することでイオン伝導率が飛躍的に向上することが知られていましたが、CaF2-BaF2系のフッ化物イオン伝導メカニズムについては不明のままでした。
 - Findings - ✣ 蓄電池研究用中性子回折装置を利用し、熱プラズマ法で作製したCa0.48Ba0.52F2固体電解質のBa、CaおよびFの原子位置ならびにそれらの核密度分布を精密に決定しました。その結果、異なるイオン半径をもつCaとBaが混合したことで構造歪みを誘発し、それによってFの原子配列が局所的に乱れることがわかりました。さらにフッ化物イオン伝導経路の可視化に成功し、Fの原子配列の乱れが伝導経路内のイオン流れ(イオン伝導率)の向上に大きく寄与していることを明らかにしました。
 - Meaning - ✣ 本系のイオン伝導メカニズムの解明によって、フッ化物イオン伝導体のイオン流れに関する理解をより深めることができると考えられます。さらに、本研究成果が、次世代蓄電池(ポスト・リチウムイオン電池)の最有力候補の一つであるフッ化物電池の材料開発に大きく貢献することも期待されます。

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図1 Ca0.48Ba0.52F2固体電解質の中をフッ化物イオンが高速で流れていくイメージ図

120文字サマリー

  蓄電池研究用中性子回折装置を用いてフッ化物イオン導電性固体電解質Ca0.48Ba0.52F2のイオン伝導メカニズムを原子レベルで解明しました。本成果は、革新型蓄電池の最有力候補であるフッ化物電池の材料開発に大きく貢献することが期待されます。

概要

  革新型蓄電池(ポスト・リチウムイオン電池)の開発競争をリードする上で、全固体フッ化物電池(※1)で使用するフッ化物イオン導電性固体電解質は、今後の蓄電池開発において重要なキーマテリアルとなります。高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所(総合研究大学院大学 先端学術院、茨城大学大学院 理工学研究科)森一広 教授、同研究所 ソン スンヨプ 特任助教、齊藤高志 特別准教授、京都大学成長戦略本部 佐藤和之 特定研究員、福永俊晴 研究員、同工学研究科 安部武志 教授、ファインセラミックスセンター 小川貴史 主任研究員、桑原彰秀 主席研究員の共同研究グループは、フッ化物イオン導電性固体電解質Ca0.48Ba0.52F2のイオン伝導メカニズムを原子レベルで解明しました。

  蛍石型構造をもつフッ化カルシウム(CaF2)やフッ化バリウム(BaF2)は、全固体フッ化物電池において重要な高電圧下での利用が期待されますが、その反面、イオン伝導率(※2)が低い物質です。CaF2とBaF2を原子レベルで混合することで、イオン伝導率が飛躍的に向上することが知られていましたが、CaF2-BaF2系のフッ化物イオン(F-)の分布やその伝導メカニズムは不明のままでした。

  本研究では、熱プラズマ法(※3)で作製したCa0.48Ba0.52F2固体電解質を用いて中性子回折実験(※4)を行い、本系の原子配列と核密度分布を精密に決定しました。その結果、異なるイオン半径をもつCaとBaが混合したことで構造歪みを誘発し、それによってFの原子配列が局所的に乱れることがわかりました。さらにフッ化物イオン伝導経路の可視化に成功し、Fの原子配列の乱れが伝導経路内のイオン流れ(イオン伝導率)の向上に大きく寄与していることを明らかにしました。

  本研究成果は、2024年9月5日(米国時間)に、米国化学会(ACS)発行のエネルギー材料科学の専門誌「ACS Applied Energy Materials」のオンライン版に掲載されました。

※1.フッ化物電池
  マイナスのフッ化物イオン(F-)が正極と負極の間を移動して充放電する蓄電池。

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図2 フッ化物電池の動作原理

※2.イオン伝導率
  抵抗率の逆数で、物質中でのイオンの流れやすさを表す。単位はS/cm(S:ジーメンス)。

※3.熱プラズマ法
  熱プラズマがもつ非常に反応性が高い状態を利用し、従来にはない形態、結晶構造、化学組成の材料を合成する手法。

※4.中性子回折実験
  中性子による回折現象を利用し、原子配列を観察する実験手法。特に、軽元素(水素、リチウム、フッ素、酸素、等)に敏感であることが大きな利点である。

研究グループ

KEK物質構造科学研究所 中性子科学研究系 森一広 教授
(総合研究大学院大学 先端学術院 物質構造科学コース 教授、茨城大学大学院 理工学研究科 量子線科学専攻 教授 <KEK-茨城大学 クロスアポイントメント>)
KEK物質構造科学研究所 中性子科学研究系 ソン スンヨプ 特任助教
KEK物質構造科学研究所 中性子科学研究系 齊藤高志 特別准教授
京都大学 成長戦略本部 佐藤和之 特定研究員
京都大学 成長戦略本部 福永俊晴 研究員(名誉教授)
京都大学大学院 工学研究科 安部武志 教授
ファインセラミックスセンター 小川貴史 主任研究員
ファインセラミックスセンター 桑原彰秀 主席研究員

研究者からひとこと

  ◆ KEK物質構造科学研究所 の 森一広 教授
  中性子の"目"を通じて物質内部の原子配列を見ることができます。中性子は、特にフッ素や水素、リチウムなどの軽元素の観察に適しています。リチウムイオン電池や次世代蓄電池では、主役である軽元素(イオン)の動きが電池特性に大きく影響します。中性子の利用によって蓄電池研究・開発がより一層加速するよう日々努力しています。

  ◆ 京都大学 成長戦略本部 の 佐藤和之 特定研究員
  固体電解質のイオン伝導性向上はこの電池系の大きな課題の一つです。熱プラズマ法で作製したCaF2-BaF2は不純物相が非常に少ないため、イオン伝導機構についての詳細な解析を進めることができました。今後、この解析をもとにさらなる研究を重ねて新たな材料の創出につなげていきたいと思います。

なぜこの研究を始めたのですか

  CaF2やBaF2を用いることで高電圧下での蓄電池の利用が期待できますが、イオン伝導率が低いため、単体で固体電解質として使用することはできません。一方、原子レベルで混合したCaF2-BaF2系固体電解質は高いイオン伝導率を示すことが知られていましたが、詳細な原子配列やフッ化物イオン伝導経路など、不明な点が多く存在していました。

ひらめいたところはどこですか

  中性子回折は、重元素を含む化合物中の軽元素の位置決定を得意としています。CaやBaのような重元素を含むCaF2-BaF2系固体電解質の場合、中性子回折を利用することで、Fの原子位置をより正確に決定できることに着目しました。また、Fの核密度分布を可視化することができれば、F-のイオン伝導経路を特定することができるのではないかと考えました。

努力したところはどこですか

  本研究で利用した特殊環境中性子回折装置SPICA(スピカ)(※5)は、中性子回折を利用した蓄電池研究を推進するため、大強度陽子加速器施設 物質・生命科学実験施設(J-PARC MLF)(※6)に建設されました。今回得られた研究成果のように、原子レベルで蓄電池や電池材料を観察できるように本装置をデザインしたことが最も努力した点です。また、良質なCa0.48Ba0.52F2固体電解質を作製するため、検討を重ね、熱プラズマ法を採用しました。これにより、より精密な構造解析を行うことが可能となりました。

※5.特殊環境中性子回折装置SPICA
  国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)革新型蓄電池先端科学基礎研究事業(RISING)の下、J-PARC MLFのビームライン(BL09)に建設された蓄電池研究用中性子回折装置。
  例えば、高分解能・高強度を活かしたリアルタイム観測により、充放電中の蓄電池の反応を構造変化より明らかにすることが可能。(参考文献:M. Yonemura, K. Mori, T. Kamiyama, T. Fukunaga, S. Torii, M. Nagao, Y. Ishikawa, Y. Onodera, D. S. Adipranoto, H. Arai, Y. Uchimoto, and Z. Ogumi, Development of SPICA, new dedicated neutron powder diffractometer for battery studies. J. Phys. Conf. Ser. 2014, 502, 012053; S. Taminato, M. Yonemura, S. Shiotani, T. Kamiyama, S. Torii, M. Nagao, Y. Ishikawa, K. Mori, T. Fukunaga, Y. Onodera, T. Naka, M. Morishima, Y. Ukyo, D. S. Adipranoto, H. Arai, Y. Uchimotro, Z. Ogumi, K. Suzuki, M. Hirayama, and R. Kanno, Real-time observations of lithium battery reactions - operando neutron diffraction analysis during practical operation. Sci. Rep. 2016, 6, 28843)

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図3 特殊環境中性子回折装置SPICA(スピカ)

※6.大強度陽子加速器施設 物質・生命科学実験施設(J-PARC MLF)
  高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が茨城県東海村で共同運営している大型研究施設で、素粒子物理学、原子核物理学、物性物理学、化学、材料科学、生物学などの学術的な研究から産業分野への応用研究まで、広範囲の分野での世界最先端の研究が行われている。J-PARC内の物質・生命科学実験施設では、世界最高強度のミュオン及び中性子ビームを用いた研究が行われており、世界中から研究者が集まる。(https://mlfinfo.jp/ja/

何がわかったのですか

  図4より、CaF2とBaF2の電気伝導率(もしくは、イオン伝導率)は非常に低いのに対して、CaF2とBaF2を原子レベルで混合したCa0.48Ba0.52F2固体電解質では3〜5桁程度、電気伝導率が急激に上昇している様子がわかります。SPICAを利用して中性子回折実験を行い、図5に示すような結晶の原子面間距離のピークについてのパターン、すなわち中性子回折データを得ることができます。本研究では、さまざまな温度でCa0.48Ba0.52F2固体電解質の中性子回折データを測定しました。これらのデータを用いてリートベルト解析(※7)を行うことで、図6に示すようなCa0.48Ba0.52F2固体電解質の結晶構造(573 K)を得ることができました。さらに、最大エントロピー法(※8)により核密度分布を求めることで、イオン伝導に必要な格子間サイト□Fを明らかにし、「-F-□F-F-」間を結ぶフッ化物イオン伝導経路の可視化に成功しました(図6)。

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図4 Ca0.48Ba0.52F2固体電解質およびCaF2、BaF2の電気伝導度の温度変化 図5 Ca0.48Ba0.52F2固体電解質の結晶構造解析の結果(573 K)

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図6 573 KにおけるCa0.48Ba0.52F2固体電解質(MI = Ca0.48Ba0.52)の結晶構造(左)と核密度分布(右)。赤線は「-F-□F-F-」間を結ぶフッ化物イオン伝導経路。□Fは格子間サイトに相当する。

  結晶構造解析より得られた原子変位の大きさを示す値から、Fの配置が乱れていることを推測できますが、より具体的なFの位置を調べるため、二体分布関数(※9)データを用いて逆モンテカルロモデリング(※10)を行いました。図7より、CaF2とBaF2の場合、Ca、BaおよびF原子が規則正しく配列していますが、Ca0.48Ba0.52F2固体電解質では原子配列が乱れている様子がわかります。これは有効イオン半径(※11)が小さいCaと有効イオン半径が大きいBaが混合したことで構造歪みを誘発し、それによってFの位置も局所的に乱れたと考えられます。図8に示すような、「-F-□F-F-」イオン伝導経路内において、CaF2やBaF2では見られなかったFの原子配列の乱れが、伝導経路内のイオン流れ(イオン伝導率)の向上に大きく寄与していることを明らかにしました。

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図7 Ca0.48Ba0.52F2固体電解質およびCaF2、BaF2の逆モンテカルロモデリングの結果と局所構造(室温)

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図8 Ca0.48Ba0.52F2固体電解質のフッ化物イオン伝導経路と原子配列の乱れを重ね合わせたイオンの流れのイメージ図。赤線は「-F-□F-F-」間を結ぶフッ化物イオン伝導経路。

※7.リートベルト解析
  回折パターン全体を対象として、非線形最小二乗法により格子定数や構造パラメーターを精密化する方法。具体的には、最初に結晶構造モデルを仮定し回折ピークのパターンを計算した後、実測したデータと比較することで、仮定した結晶構造モデルを修正する。

※8.最大エントロピー法
  限られた情報に基づき、情報エントロピーS(処理すべき情報の不確かさ)を用いて、統計的に最も確からしい散乱振幅密度分布を計算する方法。本研究では、リートベルト解析で得られた構造情報を基に核密度分布を計算し、その中でFによる核密度分布の繋がり(ネットワーク)をフッ化物イオン伝導経路と見なしている。

※9.二体分布関数
  ある原子を中心に、そこから距離 r離れたところに他の原子が存在する確率 g(r)を表した指標。

※10.逆モンテカルロモデリング
  乱数を用いて原子をランダムに動かし、二体分布関数 g(r)や構造因子 S(Q)などを計算した後、実測したデータと比較することで、構造モデルを修正する手法。本研究では、立方体空間の中に合計768個のCaおよびBa、Fを予め配置し、それぞれの原子をランダムに動かし g(r)を計算している。

※11.有効イオン半径
  酸化物やフッ化物から多くの原子間距離を選び出し、各元素(イオン)のイオン半径を経験的に求めた値。例えば、Ca2+r値は0.112 nm、Ba2+r値は0.142 nm(nm:ナノメートル)。(参考文献:R. D. Shannon, Acta Crystallogr., Sect. A 1976, 32, 751)

それで世界はどう変わりますか

  CaF2やBaF2単体ではフッ化物イオンは動きにくいのですが、CaF2とBaF2を原子レベルで混合し、フッ化物イオンの原子配列の乱れを誘発することで、フッ化物イオンが急激に動きやすくなることを明らかにしました。本系のイオン伝導メカニズムの解明によって、フッ化物イオン伝導体のイオンの流れに関する理解をより深めることができたと考えています。さらに本研究の成果が、革新型蓄電池(ポスト・リチウムイオン電池)の最有力候補の1つであるフッ化物電池の材料開発に大きく貢献することも期待されます。

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謝辞

  本研究は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業「電気自動車用革新型蓄電池開発(RISING3)」(JPNP21006)、JSPS科研費(23H01720、23K26413)の助成の成果によるものです。中性子回折実験は、大強度陽子加速器施設 物質・生命科学実験施設 [BL09](課題番号:KEK物質構造科学研究所S1型実験課題2019S10)にて実施しました。

論文情報

 〇  Experimental visualization of F-ion diffusion pathways and geometric frustration-induced disorder in CaF2-BaF2 solid electrolytes
Kazuhiro Mori, Kazuyuki Sato, Takafumi Ogawa, Akihide Kuwabara, Seungyub Song, Takashi Saito, Toshiharu Fukunaga, and Takeshi Abe
ACS Applied Energy Materials (2024).
 〇  DOI: https://doi.org/10.1021/acsaem.4c01278

お問い合わせ先

< 研究内容に関すること >
高エネルギー加速器研究機構
物質構造科学研究所 中性子科学研究系 森一広 教授
 
< 報道担当 >
高エネルギー加速器研究機構 広報室
TEL:029 -879 -6047
E-mail:press[at]kek.jp
 
J-PARCセンター広報セクション
TEL:029 -287 -9600
E-mail:pr-section[at]ml.j-parc.jp
 
※上記の[at]は@に置き換えてください。