プレスリリース

2024.11.28

パーコレーション理論を新規量子磁性体で初実証 新しい"静的短距離磁気秩序"を発見
- 次世代磁気デバイスへの活用に期待 -

国立大学法人東北大学
国立大学法人佐賀大学
国立大学法人筑波大学
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
国立大学法人九州大学
国立研究開発法人理化学研究所
J-PARCセンター

発表のポイント

  ✣ 新たな量子磁性体(注1)Cu4 (OH) 6Cl2を合成し、従来にはない特異な磁気特性を発見しました。
  ✣ 既知の動的な短距離秩序(注2)とは異なる、静的な短距離磁気秩序を初めて観測しました。
  ✣ パーコレーション理論(注3)の予測と一致する磁気転移の実証に成功しました。
  ✣ 量子工学や次世代の情報技術への応用が期待されます。

概要

  物質の相転移は、自然界におけるさまざまな変化の基礎として重要な現象で、例えば、水が温度変化によって氷や水蒸気になるのも相転移の一つです。相転移の普遍理論としてパーコレーション理論と呼ばれる数学的なモデルがあり、材料科学、電気伝導、生物学、ウイルスの増殖などさまざまな分野でその応用が試みられています。しかし、代表的な相転移として知られる磁気転移については、この理論の実証は単純モデルでの数値計算が行われているのみで、物理学的な実証はされていませんでした。

  東北大学大学院工学研究科の鄭旭光特任教授(佐賀大学理工学部教授)らの研究グループは、カゴメ格子(注4)状の新しい量子磁性体を合成し、これまで未観測の静的な短距離磁気秩序を発見しました。さらに、この磁性体においてパーコレーション理論の予測と一致する相転移を実証することにも成功しました。

  本成果は、量子コンピューティングや次世代の情報処理技術の発展に寄与する可能性があり、新しい磁性材料を応用したデバイス開発など、量子工学分野への波及効果が期待されます。

  本成果は11月25日(日本時間)、科学誌Nature Communicationsに掲載されました。なお、本成果は佐賀大学理工学部の山内一宏准教授、東北大学大学院工学研究科の徐超男教授、内山智貴助教、陳迎教授、日本原子力研究開発機構の萩原雅人研究員、筑波大学数理物質系の西堀英治教授、九州大学大学院工学研究院の河江達也准教授、理化学研究所仁科加速器科学研究センターの渡邊功雄専任研究員との共同研究によるものです。

詳細な説明

研究の背景

  自然界のさまざまな現象は、物質の相転移と呼ばれる状態の変化が基礎となっています。相転移は、物質がある条件(例えば温度や圧力)の変化により異なる物理的状態に移行する現象全般を指し、例えば水が温度変化によって氷や水蒸気に変化する現象が典型例です。相転移の普遍理論としてパーコレーション理論と呼ばれる数学的なモデルがあり、近年、多くの分野での応用が試みられており、材料科学や電気伝導、生物学、ウイルスの増殖、さらには社会現象の分析に至るまで幅広く利用されています。

  代表的な相転移として磁気転移が知られています。磁気転移は、温度の変化によって物質中のスピン(注5)と呼ばれる小さな磁石のような性質が整列し、秩序を持った状態に移行することを指します。磁気転移の理解は、量子コンピューティングや省電力ストレージなど次世代の技術にとって重要ですが、パーコレーション理論の有効性については、従来の単純なモデルでのみ数値計算で検証されている状況で、物理学的な実証はまだ達成されていないのが現状です。

今回の取り組み

  本研究では、新規の結晶構造の磁性体Cu4 (OH) 6Cl2を合成し、従来にない特異な磁気的な性質を示すことを発見しました。この物質は、磁気秩序を形成するスピンがカゴメ格子と呼ばれる特定の配置を取り(図1左)、低温になるとスピンが整然とした秩序構造(長距離秩序(注6))を形成します(図1右)。

  具体的には、従来の磁気転移では、スピン同士が短い距離でクラスターを形成する際、クラスター同士は固定されず、スピンが流動的に揺らぐ動的な短距離秩序が一般的でした。これは、原子間距離が長距離秩序を成す氷結晶に転移する前の水の流動的な状態に相似します。しかし、この新しい磁性体では、図2に示すように、スピンの一部のみが短距離秩序化し、残りのスピンはカゴメ格子に起因するスピン液体(注7)と呼ばれる量子力学的な状態にあります。温度低下に従い、短距離秩序のスピンクラスターが成長しますが、スピン液体を侵食するような形でその割合が増加します。このスピン液体が量子力学的にもつれた多くの状態が重なりあった状態にあるため、隣接しているスピン液体が全体の後押しを受けるような形で短距離秩序の成長を抑える方向に働きます(ピン留め効果)。この働きにより、短距離秩序のスピンクラスター集団が固定されていると考えられ、特異な静的短距離秩序をもたらします。この特異な静的短距離磁気秩序はこれまでに観測されておらず、本研究によって初めて発見されました。

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図1. 発見された新規量子磁性体Cu4 (OH) 6Cl2の結晶構造(左)と磁気構造(右)。青い丸はCuイオンを示し、右図の青い矢印はCuイオンの持つ電子スピンを表している。

  さらに、上記のようなスピンクラスターの短距離秩序とスピン液体のせめぎ合いで保たれている均衡は温度の低下に伴って秩序化する方向に徐々に傾き、短距離秩序が図2の星印のように、他に例のない線形的な増加を示しました。また、単純モデルである2次元正方格子におけるパーコレーション理論の予測閾値0.5と一致する0.492(±0.008)の実験値が得られ、パーコレーション理論の有効性が実証されました。

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図2. スピン液体(青い矢印ペア)とせめぎ合いながら、線形的に成長するスピンクラスター(短距離秩序)(白抜き赤★)の様子。5.5Kの温度でスピンクラスターの割合がスピン液体と等しくなり、すべてのスピンが一気につながった長距離秩序(塗りつぶし赤●)へ転移する。

今後の展開

  本研究成果は、磁気転移に関する基礎的な理解を深める重要なものです。特に、量子スピン系の磁気転移におけるパーコレーション理論の有効性が実証されたことは、磁性体研究の発展や量子スピン系の科学的理解に寄与するものであり、基礎科学的に大きな意義を持ちます。同時に単純な数学的なモデルのパーコレーション理論が複雑な実在物質系での厳密な物理学検証によって証明された意義が評価され、材料科学、電気伝導、生物学、ウイルスの増殖などさまざまな分野での応用に波及効果が期待できます。さらに静的な短距離磁気秩序の発見は、量子コンピュータや高度な情報処理技術における、より安定した量子状態の実現に貢献する可能性があります。また量子工学などの研究への波及効果が見込まれ、新しい磁性材料の特性を活用したエネルギー変換デバイスや電子機器の開発への応用が期待されています。

謝辞

  本研究はJSPS科研費(JP22H01529, JP20K20912, JP22H00269, JP19H00835, JP18H05462)の助成を受けました。また、本研究では、高輝度光科学研究センター大型放射光施設SPring-8(BL02B2)、九州大学低温センター、国際ミュオン科学研究施設TRIUMF(カナダ)とRIKEN-RAL(UK)、J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)のSuperHRPD超高分解能粉末中性子回折装置を利用して測定実験を行い、さらに東北大学金属材料研究所計算材料学センターのスーパーコンピューターMASAMUNE-IMRを利用したものです(Project No.202212-SCKXX-0513)。また、掲載論文は東北大学「令和6年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」によりOpen Accessとなっています。

用語の説明

注1. 量子磁性体
  電子や光子などの量子同士に強い結びつきができる「量子もつれ」や、量子が複数の状態をとる「量子重ね合わせ」といった量子性を強く示す物質を量子物質と呼ぶ。量子物質が磁性体の場合は特に「量子磁性体」と呼ぶ 。量子力学の特性が大きいスケールで現れるため直接観測できる。

注2. 短距離秩序
  考えている系において短い距離での秩序、例えば液体や液体状態を凍結したようなアモルファス物質での原子間の結合距離。

注3. パーコレーション理論
  浸透理論とも言う。スポンジへの水の浸透や、伝染病の感染等の普遍現象を単純化したモデルで、その浸透率、感染率(確率)に応じて、ある値を境に様相が一変するという現象(臨界現象)が起きる。その値(臨界確率、閾値)がいくつなのかという問題を考えた理論。

注4. カゴメ格子
  原子などが籠の目のような幾何学的な位置に配置されている結晶。

注5. スピン
  電子はすべて磁気をもつが、その磁気発生を分かりやすく説明するために電子が自転(スピン)することを考え、電子の電荷の自転が電流のように磁気を発生させることで磁気の発生が説明できる。

注6. 長距離秩序
  考えている系において十分長い距離まで保つ秩序。例えば氷結晶や水晶のような結晶は長距離秩序を持つ。

注7. スピン液体
  電子スピンが絶対零度でも規則的に整列せず、量子的にもつれた多くの状態が重なりあった状態。

論文情報

タイトル Unique magnetic transition process demonstrating the effectiveness of bond percolation theory in a quantum magnet
著者 Xu-Guang Zheng*, Ichihiro Yamauchi, Masato Hagihala, Eiji Nishibori, Tatsuya Kawae, Isao Watanabe, Tomoki Uchiyama, Ying Chen, Chao-Nan Xu
*責任著者:東北大学大学院工学研究科 特任教授 鄭 旭光(佐賀大学理工学部教授)
掲載誌 Nature Communications
DOI 10.1038/s41467-024-54335-6
URL https://www.nature.com/articles/s41467-024-54335-6

問い合わせ先

< 研究に関すること >
東北大学大学院工学研究科
特任教授 鄭 旭光(佐賀大学理工学部教授)
 
< 報道に関すること >
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
総務部 報道課
 
J-PARCセンター
広報セクション
TEL:029 -287 -9600
E-mail:pr-section[at]ml.j-parc.jp
 
※上記の[at]は@に置き換えてください。