プレスリリース

2025.02.27

約400度の温度変化でも超弾性を示す 軽量な形状記憶合金を開発
- 宇宙環境や生体用途での利用に期待 -

国立大学法人東北大学
日本原子力研究開発機構
J-PARCセンター

 

発表のポイント

  ✣ チタン(Ti)とアルミニウム(Al)を主成分とし、軽量でありながら高い強度を持つ新規形状記憶合金を開発しました。
  ✣ この合金は−269℃から+127℃までの非常に広い温度範囲において優れた超弾性(注1)特性を持ちます。
  ✣ 地球上での環境はもちろん、極低温の宇宙空間、液体水素環境にも利用可能であり、宇宙開発や水素社会の発展に貢献すると期待されます。

概要

 宇宙開発や水素社会などの分野においては、軽量でありながら激しい温度変化に対応できる形状記憶合金の開発が求められています。東北大学学際科学フロンティア研究所の許勝助教、同大学大学院工学研究科貝沼亮介教授、大森俊洋教授、宋雨鑫大学院生(研究当時)らの研究グループは、日本原子力研究開発機構、J-PARCセンター、チェコ科学アカデミーなどとの共同研究により、−269℃の極低温から+127℃の高温までの広い温度範囲で優れた超弾性特性を示す新規軽量形状記憶合金の開発に成功しました。
  開発したチタン-アルミニウム基合金は、室温での比重(注2)が4.36と従来材より約3割低く、回復変形ひずみは7%を超え、超弾性動作温度幅は約400℃に及びます。激しい温度変化に曝される火星や月などでの利用が可能なほか、液体水素のような極低温環境や生体材料などへの応用も期待されます。
  この研究成果は、英国科学誌Natureに2025年2月26日付で掲載されました。

詳細な説明

研究の背景

  一般的な金属材料では0.5%程度を超えるひずみを与えると、荷重を除去した後にひずみが残りますが、超弾性特性を示す形状記憶合金では、数%から最大20%程度の変形を与えても元の形状に復元します。ゴムのように伸び縮みし、さらに高い強度も持つため、ニッケル-チタン(Ni-Ti)合金をはじめとする形状記憶合金は、医療デバイスや制震構造などの分野で実用化されています。さらに近年、宇宙開発分野での活発な取り組みの中で、形状記憶合金を利用した超弾性エアレスタイヤなどの新しい応用が米航空宇宙局(NASA)によって提案されています。しかし、宇宙環境のように温度変化が激しい中での超弾性の実現と航空・宇宙産業に求められる材料の軽量化とを両立する形状記憶合金は、これまで存在していませんでした。

今回の取り組み

  今回、研究グループでは、軽量な元素であるチタンとアルミニウムの二元系合金状態図(注3)を参考にし、これらの二元素を主成分とした上でクロムを少量添加した軽量な形状記憶合金(Ti-Al-Cr)を新たに開発しました(図1)。この合金の比重は室温で4.36であり、Ni-Ti実用合金の約7割と低く、800 MPa(メガパスカル)以上の高い強度を持ちながら、超弾性変形による最大回復ひずみは7%を超えています。さらに、この大きな形状回復機能は極低温の−269℃(ヘリウムの沸点)から+127℃の高温までの広い温度範囲で現れます(図2)。Ni-Ti実用合金の超弾性では、室温付近の約80℃の温度幅に限られますが、この合金の超弾性では、極低温からの約400℃にわたる温度幅をカバーします。これにより、地球上の温度範囲はもちろん、月や火星における温度範囲で利用することが可能です。

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図1. 本研究で開発した軽量形状記憶合金。

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図2. 開発されたTi-Al-Cr合金の各温度での超弾性変形応力―ひずみ曲線。−269℃から+127℃までの非常に広い温度範囲において、この合金に応力を加えて数%の形状のひずみを生じさせても、応力を解放すると形状が回復します。地球、火星、および月の表面温度の変化範囲も上部に表示しています。

今後の展開

  軽量性と超弾性動作温度幅の観点から、開発された合金は他の既存形状記憶合金と比して格段に優れた特性を持ちます(図3)。チタン合金であることから高い耐食性も備えていると考えられ、日本や米国などが構想している火星・月や小惑星探査などの宇宙開発への応用が期待されます。例えば、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が計画している月面探査プロジェクト「LUPEX」(注4)においては、月の南極域の激しい温度変化(約−173℃から+127℃まで)にも耐えうる超弾性エアレスタイヤに本合金を利用することで、月面探査車の開発に貢献できる可能性があります。
  また、開発された合金は極低温でも超弾性特性が発揮されるため、液体水素温度(−253℃)の環境でも利用可能であり、シール材などへの応用を通じて水素社会の実現への貢献が期待されます。さらに、弾性率と生体安全性の観点からも、骨プレートなどの超弾性特性を活かした生体材料への応用が可能です。開発された合金は比較的安価な元素からなり、熱間加工性に優れており、加工・熱処理による材料組織制御(注5)も可能なので、将来的には工業的な量産性も期待できます。
  本研究をリードした許勝助教は「今後、実用化に向けて製造性と耐久性などの評価と検討を行い、企業と連携しながら応用のシーズを発掘していきたいと考えています」と、今後の展望を述べています。

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図3. 超弾性動作温度幅と比重のマップにおいて、開発されたTi-Al-Cr合金と従来の形状記憶合金との比較。この新規合金はより軽量で、より広い温度範囲で動作可能です。

謝辞

  本研究は、JSPS科学研究費助成事業(21K18179, 22K14498, 23K23070, 24K01190)、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJFS2102)、MEXTマテリアル先端リサーチインフラ事業(JPMXP1222TU0015)、公益財団法人池谷科学技術振興財団研究助成金、チェコOP JAK FerrMionプロジェクト(CZ.02.01.01/00/22_008/0004591)の支援を受けて行われました。中性子回折実験はJ-PARC 物質・生命科学実験施設にて一般利用課題により実施されました(2022B0155, 2023A0126)。本論文は東北大学 2024 年度オープンアクセス推進のための APC 支援事業により Open Access となっています。

用語説明

注1. 超弾性
  形状記憶合金がゴムのように見かけ上数%程度も可逆的に変形(力を取り除くと元に戻る)する特性です。

注2. 比重
  ある物質の密度を水の密度で割った値です。密度とは、単位体積あたりの質量を意味し、4℃における水の密度は約1 g/cm3です。

注3. 合金状態図
  二つ以上の元素から成る合金の相状態(固体、液体、混合状態など)を温度、組成、場合によっては圧力の関数として示した図です。これにより、合金が異なる成分比と温度でどのような状態になるかを知ることができ、材料設計の地図と言われています。

注4. 「LUPEX」
  月極域探査機プロジェクト(Lunar Polar Exploration Mission)を略したもので、月の水などの資源探査と月での表面探査技術の獲得を目的とした、JAXAが参画する国際協働プロジェクトです。2025年度以降の打ち上げが予定されています。

注5. 組織制御
  材料の微細構造を意図的に操作して、特定の機械的、物理的、または化学的性質を達成するプロセスです。微細構造とは、材料、特に金属や合金における結晶粒や粒界、析出相(固体中の異なる成分や化学的状態)などのサイズや配向に関する微視的構造を指します。

論文情報

タイトル A lightweight shape-memory alloy with superior temperature fluctuation resistance
著者 Yuxin Song#, Sheng Xu#*, Shunsuke Sato, Inho Lee, Xiao Xu, Toshihiro Omori*, Makoto Nagasako, Takuro Kawasaki, Ryoji Kiyanagi, Stefanus Harjo, Wu Gong, Tomáš Grabec, Pavla Stoklasová, Ryosuke Kainuma*#共同第一著者)
*責任著者 東北大学学際科学フロンティア研究所 助教 許勝
東北大学大学院工学研究科 教授 大森俊洋
東北大学大学院工学研究科 教授 貝沼亮介
掲載誌 Nature
DOI 10.1038/s41586-024-08583-7

各機関の役割

東北大学 発案および研究全般;試料作製、組織観察、機械特性および物理特性評価、データ解析、論文執筆。
日本原子力研究開発機構、J-PARCセンター 機械試験中のその場中性子回折実験
チェコ科学アカデミー レーザー超音波法による弾性定数測定

問い合わせ先

< 報道に関すること >
日本原子力研究開発機構
総務部 報道課
 
J-PARCセンター 広報セクション
E-mail:pr-section[at]ml.j-parc.jp
TEL:029 -287 -9600
 
※上記の[at]は@に置き換えてください。