ミュオン触媒核融合を駆動するミュオン分子の直接観測に世界で初めて成功
- 高分解能X線分光法を使い理論モデルを実験で実証 -
中部大学
東北大学
高エネルギー加速器研究機構
J-PARCセンター
理化学研究所
東京都立大学
立教大学
高エネルギー加速器研究機構量子場計測システム国際拠点
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構
自然科学研究機構核融合科学研究所
発表概要
中部大学と東北大学を中心とする国際共同研究グループは、高分解能X線検出器を用いて、素粒子のミュオン(注1)を使う核融合(ミュオン触媒核融合:µCF(注2))の反応率を左右するミュオン分子の共鳴状態(注3)を世界で初めて直接観測し、量子力学的な状態ごとの存在比を定量的に決定しました。これまで不明確であった分子生成過程の実像が明らかとなり、長年にわたる理論と実験の不一致を解消しました。ミュオン分子の中では、原子核同士が極めて近距離に閉じ込められることにより、プラズマを用いず常温でも核融合を起こすことができます。本成果は、量子状態を区別して理解できる段階までµCF研究を深化させるとともに、将来的なエネルギー源として期待されるµCFの高効率化に向けた基盤を大きく前進させるものです。研究成果は、日本時間4月16日、午前3時に、米科学振興協会(AAAS)が発行する科学誌Scienceの姉妹誌であるScience Advancesに掲載されました。
µCF反応過程におけるミュオン分子とミュオン原子からのX線放出のイメージ
本研究で明らかとなった共鳴状態を経由する経路(手前)と従来想定されてきた経路(奥)を示す。手前では2つの重水素原子核(d)とミュオン(µ)からなるミュオン分子の共鳴状態(ddµ*)から、奥ではミュオン原子(dµ)からX線がそれぞれ放出されている。観測結果は、共鳴状態を経由する経路がµCFにおいて主要な役割を果たすことを実証した。
発表内容
中部大学ミュオン理工学研究センターの外山裕一特任助教と岡田信二教授、東北大学大学院理学研究科化学専攻の山下琢磨准教授と木野康志教授らを中心とする国際共同研究グループは、ミュオンを媒介とするµCFの反応率を左右するミュオン分子の共鳴状態を、極低温検出器を用いた高分解能X線分光により世界で初めて直接観測することに成功しました。さらに量子状態ごとの存在比を定量的に同定しました。これまで不明確であったミュオン分子生成過程の実像が明らかとなり、長年にわたる理論と実験の不一致を解消しました。本成果は、量子状態を区別して理解できる段階までµCF研究を深化させるとともに、将来的なエネルギー源として期待されるµCFの高効率化に向けた基盤を大きく前進させるものです。
現在、水素原子核同士を融合させる核融合(フュージョン)の実用化を目指した研究が世界各地で行われています。フュージョン発電は、原理的に暴走事故が起こらず安全性が高いことに加え、燃料となる水素は海水から得られ、発電時に二酸化炭素を排出しないという利点があります。
フュージョンを起こすには、極めて高い温度でプラズマを生成し磁場で閉じ込める方法や、レーザーによって燃料を瞬間的に圧縮して高温・高密度のプラズマを実現する方法が用いられます。これに対しµCFでは、水素分子の中の電子をミュオンに置換し、200分の1程度の小さなミュオン水素分子を作ります。このミュオン分子の中では、原子核同士が極めて近距離に閉じ込められることにより、プラズマを用いず常温でも核融合を起こすことができます。µCFを効率よく起こすためには、ミュオン原子やミュオン分子を速やかに生成することが重要です。しかし、このミュオン分子生成に至る原子・分子の反応過程については、長年にわたり理論と実験の間に不一致があり、ミュオン分子の共鳴状態の役割も未解明でした。
最近の理論研究により、共鳴状態を含む反応経路により、理論と実験の不一致を解決する可能性が、東北大の木野教授と山下准教授らによる精密な理論研究により定量的に示され、共鳴状態の生成を示す特徴的なX線スペクトルが予測されていました。本研究では、従来の半導体検出器に比べて10倍以上優れたエネルギー分解能をもつ超伝導転移端センサー(TES)マイクロカロリメータ(注4)(以下、TES検出器と略記、米国国立標準技術研究所(NIST)により製作)を用いることで、ミュオン分子とミュオン原子に由来するX線成分を分離して検出することに成功しました(図1)。さらに、観測されたスペクトルを高精度理論計算と比較することにより、共鳴状態にある2個の重水素原子核(d)とミュオン(µ)からなるミュオン分子(ddµ*)の振動量子状態を同定し、存在比を定量的に評価することに成功しました。
この定量的同定の結果、これまで考慮されてこなかった共鳴状態を経由する反応経路が、µCFにおいて主要な分子生成過程としての役割を果たしていることを実証しました。さらに、µCFの律速過程であるミュオン分子生成反応を回避し、核融合を起こす状態に直接遷移する「ファストトラック」の存在を示唆する結果も得られました。これらの結果は、理論予測とも整合的であることが確認されました。
本成果は、TES検出器による高分解能X線分光を通じて、µCF研究の根幹に関わる、反応率の理論と実験の不一致という未解決問題を解決し、µCF研究にブレークスルーをもたらしました。ミュオン分子を量子状態レベルで直接観測・同定できる段階に到達したことで、µCF研究は、不明確な理論モデルに依存した段階から、量子状態に基づく反応過程を精密実験により検証できる新たな段階へと大きく前進しました。研究成果の内容は、米国東部時間4月15日(水)、午後2時(日本時間4月16日(木)、午前3時)に、米国科学振興協会(AAAS)が発行する科学誌Scienceの姉妹紙であるScience Advancesに掲載されました。
今後は、本手法を重水素と三重水素の混合系など、より高効率な反応系へと展開することで、µCFの反応サイクルの全体像の解明や、エネルギー生産への応用に向けた研究のさらなる進展が期待されます。
本成果は、科学技術振興機構(JST)が推進する内閣府のムーンショット型研究開発事業(目標10)(注5)のもとで推進される高効率ミュオン触媒核融合の実現に向けた研究において、今後の展開を方向づける重要な科学的基盤を構成するものです。本研究で確立した高分解能X線分光技術と、共鳴状態の物理学的役割を明らかにした知見により、µCF高効率化に向けた研究戦略に明確な指針を与えるとともに、「革新的ミュオン触媒フュージョン技術の社会実装」に向けた研究開発を一層加速することが期待されます。
図1 ミュオン分子の共鳴状態の直接観測
従来型検出器では識別が困難であったミュオン分子の共鳴状態に由来するX線スペクトル構造を、TES検出器による高分解能X線分光によりミュオン原子(dµ)に由来するX線成分と明確に分離し、観測することに成功した。得られたスペクトルは理論計算と良く一致しており、ミュオン重水素分子の共鳴状態(ddμ*)を振動の量子状態レベルで同定できたことを示している。この結果は、μCFにおける分子生成過程を量子状態ごとに定量的に解析・検証するための基盤となる。
(Y. Toyama et al., Science Advances(2026)より改変)
研究成果のポイントまとめ
✣ ミュオン触媒核融合(µCF)において分子生成過程解明の決め手となるミュオン分子の共鳴状態を世界で初めて直接観測
✣ TES検出器による高分解能X線分光により、ミュオン分子を量子状態ごとに分離・定量観測する手法を確立
✣ 共鳴状態を経由する反応経路が主要な分子生成過程として機能していることを定量的に実証し、µCFにおける反応率の理論と実験の不一致を解消
✣ 律速過程を回避するファストトラックを含む遷移を観測し、µCF反応の理解・検証を可能とする新たな枠組みを提示
✣ µCFの高効率化に向けた基盤的理解を大きく進展
本研究成果の共同プレスリリース参加機関および代表者
中部大学 岡田信二 教授
東北大学 木野康志 教授
高エネルギー加速器研究機構・J-PARCセンター Patrick Strasser 教授
理化学研究所 橋本直 理研ECL研究チームリーダー
東京都立大学 奥村拓馬 准教授
立教大学 山田真也 准教授
高エネルギー加速器研究機構量子場計測システム国際拠点 東俊行 特任教授
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 高橋忠幸 特任教授
自然科学研究機構核融合科学研究所 岡田信二 特任教授(兼任)
研究助成
✣ 本研究の一部は、以下の研究助成を受けて行われました。
✣ 日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(JP18H05457, JP18H05463, JP18H05458, JP18H05461, JP24K00549, JP18H03714, JP23H00120, JP23H03660, JP20K15238, JP24K06911, JP23K13130)
✣ 核融合科学研究所 共同研究課題(NIFS23KIIF031, NIFS23KIIF032)
✣ HPCIシステム利用研究課題(hp240146, hp250118)
✣ JSTムーンショット型研究開発事業(JPMJMS25A4)
✣ 高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 ミュオン共同利用実験課題(2019MS01)
論文の情報
| 雑誌名 | Science Advances |
|---|---|
| 論文タイトル | Direct observation of muonic molecules in resonance states critical to muon catalyzed fusion |
| 著者 | Y. Toyama 1∗, T. Azuma 2,3, D.A. Bennett 4, W.B. Doriese 4, M.S. Durkin 4,5, J.W. Fowler 4, J.D. Gard 4,5, T. Hashimoto 6, R. Hayakawa 3, Y. Ichinohe 7, K. Ishida 8, S. Kanda 8, N. Kawamura 8, Y. Kino 9,*, R. Konishi 9, Y. Miyake 8, K.M. Morgan 4, R. Nakashima 9, H. Natori 8, H. Noda 10, G.C. O' Neil 4, S. Okada 1, 11,12*, T. Okumura 13, K. Okutsu 9, C.D. Reintsema 4, K. Sasaki 9, T. Sato 14, D.R. Schmidt 4, K. Shimomura 8, P. Strasser 8, D.S. Swetz 4, T. Takahashi 15, M. Tampo 8, H. Tatsuno 16, J.N. Ullom 4,5, I. Umegaki 8, S. Watanabe 17, S. Yamada 18, T. Yamashita 9∗ 1 Center for Muon Science and Technology, Chubu University 2 Atomic, Molecular and Optical Physics Laboratory, RIKEN 3 WPI-QUP, KEK 4 National Institute of Standards and Technology (NIST), USA 5 University of Colorado, Boulder, USA 6 RIKEN Pioneering Research Institute, RIKEN 7 RIKEN Nishina Center, RIKEN 8 High Energy Accelerator Research Organization (KEK) 9 Department of Chemistry, Tohoku University 10 Astronomical Institute, Tohoku University 11 Department of Mathematical and Physical Sciences, Chubu University 12 National Institute for Fusion Science (NIFS) 13 Department of Chemistry, Tokyo Metropolitan University 14 Department of Physics, Meiji University 15 Kavli IPMU, The University of Tokyo 16 Department of Physics, Tokyo Metropolitan University 17 Institute of Space and Astronautical Science (ISAS), JAXA 18 Department of Physics, Rikkyo University * Corresponding Authors |
| DOI | https://doi.org/10.1126/sciadv.aed3321 |
用語解説
注1 ミュオン
ミュオンは電子とよく似た性質を持ち、電子と同じ負の電荷に加えて電子の約207倍の質量をもつ。寿命は約2.2 µs(マイクロ秒、100万分の1秒)と短く、最終的に電子などに崩壊する。
注2 ミュオン触媒核融合(Muon Catalyzed Fusion: µCF)
ミュオンが電子の代わりに水素の同位体(重水素など)と結びつき、「ミュオン分子」と呼ばれる風変わりな分子を生成する。この分子では、ミュオンが電子よりも約207倍重いことにより、原子核同士が非常に近づく。その結果、太陽のような高温のプラズマを作らなくても核融合が起こる。さらに、反応後にミュオンは再び放出され、その寿命が続く限り何度も核融合を繰り返し引き起こすため、「触媒」として働く。
注3 共鳴状態成
寿命をもつ準安定な状態であり、より安定な状態へ遷移する際にX線などの放射線を放出して崩壊する。
注4 超伝導転移端センサーマイクロカロリメータ(TES検出器)
X線を吸収した際のエネルギーを、微小な温度上昇として測定する装置(マイクロカロリメータ)の一種であり、温度センサーとして超伝導体を用いる。超伝導体は転移温度付近で電気抵抗が急激に変化するため、わずかな温度変化を高感度に電気信号として検出できる。この特性を利用することで、TES検出器は極めて高いエネルギー分解能を実現し、従来の半導体検出器では識別が困難であった微細なスペクトル構造の観測を可能にする。
注5 ムーンショット型研究開発事業(目標10)
我が国が推進する10個の挑戦的研究開発プログラムの一つであり、目標10では「2050年までに、フュージョンエネルギーの多面的な活用により、地球環境と調和し、資源制約から解き放たれた活力ある社会を実現」することを掲げている。
本研究は、その中で推進されている「革新的ミュオン触媒フュージョン技術の社会実装」に向けた研究開発の一環として、µCFの高効率化に資する基盤的研究として位置付けられる。
(出典:AIによる生成)
