プレスリリース

2026.06.19

金属らせん磁性体の巻き方制御を直接実証
- 新型磁気メモリ開発に向け重要な基盤を確立 -

国立大学法人東北大学
一般財団法人総合科学研究機構
J-PARCセンター
慶応義塾大学
国立大学法人京都大学

発表のポイント

 原子が持つ磁気モーメント(注1)がらせん状に整列した「らせん磁性体」(注2)では、らせんの巻き方(キラリティー、右巻き・左巻き)が電流と磁場によって制御できることが示唆されていました。
 微視的なプローブであるスピン偏極中性子散乱(注3)実験によりらせん磁性の巻き方を直接観測し、試料体積の90%以上(最大99%)で巻き方を制御できることを明らかにしました。
 巻き方自由度を用いた新型磁気メモリへの応用に向けて、重要な基盤となります。

概要

  磁気モーメントがらせん状に整列したらせん磁性体は、巻き方(右巻き・左巻き)の自由度を持ち、これを "0" と "1"に対応させた新しい磁気メモリへの応用が期待されています。制御した巻き方はこれまで、巨視的な実験手法である電気伝導測定によって、間接的に観測されていました。
  東北大学金属材料研究所の増田英俊講師、柳澤祐太郎大学院生、小野瀬佳文教授、総合科学研究機構中性子科学センターの大石一城主任研究員、京都大学複合原子力科学研究所の南部雄亮特定教授、慶應義塾大学理工学部の新居陽一准教授の研究グループは、スピン偏極中性子散乱実験を行うことでらせん磁性の巻き方を直接観測し、巻き方が試料体積全体の90%以上(最大99%)の高い精度で制御できることを明らかにしました。本研究成果は、らせん磁性体を用いた新型磁気メモリの実現に向け、重要な基盤となることが期待されます。
  本研究成果は 2026 年 6月16日(米国時間)に米国科学アカデミー紀要(PNAS:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America) に掲載されました。

詳細な説明

研究の背景

  スピントロニクス(注4)は、物質が持つ磁気的な性質をエレクトロニクスに活用することで、高機能かつ低消費エネルギー動作が可能なデバイスの開拓を目指す分野で、ハードディスクの読み取りヘッドや磁気ランダムアクセスメモリが代表例です。従来のスピントロニクス素子は磁石(強磁性体)を用いますが、磁石は周囲に磁場をつくって周囲の磁石と相互作用するためにビット間の干渉を起こし、高集積化には限界があると指摘されています。このため、磁化を持たず周囲に磁場をつくらない磁性体によるスピントロニクスの試みが盛んになっています。
  このような新たな磁性体のひとつがらせん磁性体です。らせん磁性体では原子が持つ磁気モーメントがらせん状に整列し、らせんの巻き方(右巻き・左巻き)の自由度を持ちます(図1)。右巻き・左巻きを"0"・"1"に割り当て、これを電気的に制御することで情報の書き込みを行うことができます。最近の研究で、金属らせん磁性体に電流と磁場を同時に印加することで巻き方を制御する試みがなされ、巨視的な電気伝導現象の測定から「制御できている」という示唆は得られていました。しかし、これは間接的な測定手法であり、巻き方制御の決定的な証明はなされていませんでした。
  らせん磁性の巻き方を直接的に観測するには、スピン偏極中性子散乱が有用です。中性子が持つスピンが、らせん磁性を形作る原子の磁気モーメントと相互作用することで、らせんの巻き方を微視的かつ直接的に観測することができます。

今回の取り組み

  今回の研究では、室温でも安定ならせん磁性体であるYMn6Sn6に着目し、中性子散乱実験が可能な大型単結晶試料に、独自に開発した実験セットアップを用いて大電流と強磁場を印加することで、らせん磁性の巻き方を制御した試料を用意しました(図2)。この試料を中性子実験施設に持ち込み、スピン偏極中性子散乱実験を実施しました。
  実験の結果、入射中性子のスピンに応じて、中性子散乱強度が大きく異なる結果を観測しました(図3)。これは試料体積全体の90%以上(最大99%)が片方の巻き方に揃えられていることを示します。さらに巻き方制御に用いる電流と磁場を反転させた試料でも測定を行い、巻き方を「右巻き」「左巻き」のいずれか一方の状態へと高い精度で制御できることを実証しました。

今後の展開

  本研究では、らせん磁性金属が持つ巻き方が電流と磁場によって制御できることを、微視的なプローブであるスピン偏極中性子散乱を用いることで、直接的に実証しました。これによって巻き方制御の微視的機構に対する理解が進み、らせん磁性体を用いたスピントロニクスの発展に向けて重要な基盤となることが期待されます。

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図1 らせん磁性体の巻き方制御。原子が持つ磁気モーメントがらせん状に整列しており、 右巻き・左巻きの巻き方の自由度が生じる。電流と磁場を同時に印加すると左巻きまたは右巻きに揃えることができる。らせん磁性メモリではこれらを"0"と"1"に割り当てる。

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図2 らせん磁性の巻き方制御に用いた実験セットアップ。

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図3 スピン偏極中性子散乱の測定結果。互いに並行な電流と磁場を印加した試料Aで測定した。試料全体の98%が左巻きに揃っていることが分かった。

謝辞

  本研究はJSPS科研費(課題番号:JP22H05145, JP23K13654, JP24H01638, JP24H00189, JP24K00572, JP25K01489, JP26H00621)、JSTさきがけ(課題番号:JPMJPR245A)、JST創発(課題番号:JPMJFR202V)の支援を受けて実施されました。スピン偏極中性子散乱実験は、大強度陽子加速器施設(J-PARC)の物質・生命科学実験施設(MLF)に設置されたビームライン BL15「大観」(課題番号2024B0119) において実施しました。

用語説明

注1. 磁気モーメント
  物質中の原子が持つ、微小な磁石(原子磁石)としての性質。原子の磁気モーメントの整列の仕方によって、物質全体の磁気特性が決まる。

注2. らせん磁性体
  原子の磁気モーメントが、図1のようにらせん状に整列した構造を持つ物質。一つの原子層内では磁気モーメントが同じ方向に揃っているが、隣接する原子層ごとに少しずつ向きが変わり、物質全体としてらせん状の構造を形成する。らせんの巻き方(右巻き・左巻き)の自由度を持つ。

注3. スピン偏極中性子散乱
  中性子の持つスピン(小さな磁石としての性質)自由度に注目した中性子散乱手法のこと。スピンを揃えた中性子を試料に入射し、その散乱パターンを観測することで磁気構造の情報を得る。中性子スピンを揃えない非偏極中性子散乱の場合と比べて得られる情報が増え、らせん磁性の巻き方を直接観測することができる。

注4. スピントロニクス
  物質が持つ磁気的な性質をエレクトロニクスに利用する研究分野。代表的な例であるハードディスクドライブや磁気抵抗メモリでは、強磁性体の磁化方向を情報記憶に用いることで不揮発メモリを実現している。

論文の情報

タイトル Direct demonstration of electric chirality control in a helimagnetic YMn6Sn6 by spin-polarized neutron scattering
著者 Hidetoshi Masuda*, Yutaro Yanagisawa, Kazuki Ohishi, Yusuke Nambu, Yoichi Nii, and Yoshinori Onose
*責任著者 東北大学金属材料研究所 講師 増田英俊
掲載誌 Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS)
DOI 10.1073/pnas.2600410123

問い合わせ先

< 研究に関すること >
東北大学金属材料研究所
講師 増田英俊
 
< 報道に関すること >
東北大学情報企画室広報班
 
総合科学研究機構中性子科学センター
利用推進部 広報担当
 
J-PARCセンター 広報セクション
TEL:029 -287 -9600
E-mail:pr-section[at]ml.j-parc.jp
 
慶應義塾広報室
 
京都大学 広報室 国際広報班
 
※上記の[at]は@に置き換えてください。