金属-有機構造体におけるMg2+伝導機構の実験的裏付け
- ミクロな分子運動とマクロなイオン伝導の関係 -
理化学研究所
東京理科大学
島根大学
総合科学研究機構
J-PARCセンター
概要
理化学研究所(理研)開拓研究所小林固体化学研究室の佐藤駿研修生、山室修研究員、小林玄器主任研究員、東京理科大学理学部第一部の貞清正彰准教授、島根大学材料エネルギー学部の大政義典特任助教、総合科学研究機構(CROSS)中性子科学センターの山田武副主任研究員らの共同研究グループは、極めて高いマグネシウムイオン(Mg2+)伝導度を示す金属-有機構造体(MOF)[1] におけるイオン伝導機構への関連因子を熱容量測定と中性子散乱により明らかにしました。
本研究成果は、金属-有機構造体(MOF)を用いた多価イオン固体伝導体の設計指針の確立に貢献すると期待されます。
金属-有機構造体(MOF)と呼ばれる物質群の一種にマグネシウム塩を導入し、アセトニトリル蒸気を吸収させると、室温で極めて高いマグネシウムイオン伝導度を示すことが明らかになっていました。しかし、マグネシウムイオン伝導にアセトニトリル分子がどのような働きをしているのかは不明でした。今回、共同研究グループは、アセトニトリル分子の運動性を中性子準弾性散乱(QENS)[2] 測定と断熱法による熱容量測定によって調べ、マグネシウムイオンに対してアセトニトリル分子が配位することでイオン伝導度が高まっていることを示唆する実験結果を得ました。
本研究は、科学雑誌『Journal of the American Chemical Society』オンライン版(9月29日付)に掲載されました。
アセトニトリル分子の拡散の様子
背景
高エネルギー密度かつ低コストの次世代二次電池の実現に向けて、希少金属であるリチウムを資源量の豊富な金属に置き換える研究が進められています。中でもマグネシウムは、資源量が豊富で安価な上、2価の陽イオン(Mg2+)としてリチウムイオン(Li+)の2倍の電荷を運ぶことができるため、次世代二次電池への応用が期待されています。しかし、Mg2+は固体中を拡散しにくく、マグネシウムイオン二次電池の実現には、Mg2+が高速に移動できる固体電解質の開発が重要な課題となっています。2022年、貞清准教授らは、ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)ほどの大きさの細孔を多数持つ金属-有機構造体(MOF)の一種であるMIL-101内に、Mg(TFSI)2(TFSI:ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド)およびアセトニトリル(AN)蒸気を導入した試料(AN-Mg-MOF)を開発し、過去に開発されてきたMg2+伝導体の中で最も高いイオン伝導度を達成しました注)。吸収されたANが細孔内部でMg2+に配位してMg2+と周囲のイオンとの間に働く静電相互作用を遮蔽(しゃへい)することでMg2+伝導度が向上していると考えられましたが、その微視的なメカニズムは不明でした。
一方、ナノサイズの細孔内に分子が吸蔵されると、細孔壁との相互作用のためにその運動性がバルク状態(界面や細孔壁の影響を受けない集団としての状態)から大きく変化することが知られており、物理化学の分野で精力的に研究されてきました。しかし、ナノ空間内に分子と一緒に塩(えん)も導入された場合、分子の運動性がどのように変化するのかについては、十分な理解が得られていませんでした。AN-Mg-MOFは、Mg(TFSI)2という塩、およびアセトニトリルという分子をナノ空間内に導入することで構成されており、この物理化学的なテーマを研究する対象としても最適な系です。
以上の経緯から、共同研究グループは、AN-Mg-MOFにおけるアセトニトリル分子の運動性がMg2+やMIL-101の細孔壁によってどのように影響を受けるか、また、アセトニトリル分子の運動性がMg2+伝導にどのように関与しているか、を実験的に明らかにすることを目標としました。
注)Y. Yoshida, M. Sadakiyo et al. Super Mg2+ Conductivity around 10-3 S cm-1 Observed in a Porous Metal-Organic Framework. J. Am. Chem. Soc. 2022, 144, 19, 8669-8675.
研究手法と成果
細孔内に導入されたアセトニトリル分子の運動を観測するために、共同研究グループは中性子準弾性散乱(QENS)実験を行いました。QENSは物質中のナノメートルオーダーの運動を直接調べることのできる最も強力な手法です。実験は研究用原子炉JRR-3[3] に東京大学物性研究所が設置し所有するAGNES分光器、および大強度陽子加速器施設(J-PARC)[4] 物質・生命科学実験施設に設置されたDNA分光器で行われました。エネルギー分解能の異なるこれら二つの分光器を併用することで、ピコ秒(1兆分の1秒)からナノ秒(10億分の1秒)にわたる広い時間領域で分子運動を捉えました。また、QENS実験を行う前に、AN-Mg-MOFが温度に応じてどのような相状態を取るかを明らかにしておく必要がありました。そこで、超高精度・超高確度の熱容量測定が可能な断熱型熱量計[5] によってAN-Mg-MOFの熱容量を温度の関数として決定しました(図1)。
図1 試料のモル熱容量
AN-Mg-MOFの熱容量を温度の関数として赤色でプロットした。比較のために、MIL-101中にANのみを導入した試料(AN-MOF)の熱容量(青色)、およびMIL-101の熱容量(黒色)も示した。AN-MOFおよびAN-Mg-MOFの双方に、広い温度範囲で徐々に起こる相転移が確認できた(相転移温度:Ttrs)。
中性子準弾性散乱実験の結果と総合して考察すると、AN-MOFとAN-Mg-MOFの相転移はアセトニトリル分子の無秩序化によるものであることが分かりました。そして、相転移温度より高温では、アセトニトリル分子がピコ秒の緩和時間で拡散運動をしていることが判明しました。このことは、熱容量のデータから計算された、エントロピー(系の乱雑さの度合い)の温度依存性からも支持されました。また、AN-Mg-MOFにはガラス転移[6] (ガラス転移温度[6] :Tg)も確認されました。これはMIL-101細孔内部でのAN/Mg(TFSI)2溶液の運動の凍結によるものと考えられます。
本研究のQENS実験では、AGNES分光器およびDNA分光器で得られたQENSスペクトルをエネルギーについてフーリエ変換(多数の三角関数の重ね合わせへの変換)し、互いに連結させた中間散乱関数を解析しました。この解析からAN-Mg-MOF中のアセトニトリル分子の拡散運動の緩和時間を算出しました。さらに、緩和時間の振る舞いから、アセトニトリル分子がどのような運動をしているのかを解析しました。すると、Mg(TFSI)2を含んでいない試料では、アセトニトリル分子は連続的に拡散していることが分かりました。一方、AN-Mg-MOFなどのMg(TFSI)2を含む試料では、アセトニトリル分子はあるサイトから別のサイトへと飛び移る形で拡散していることが分かりました。解析により得られたアセトニトリル分子の拡散係数(拡散する速さ)のアレニウスプロット(温度の逆数に対する拡散係数変化の表示)から、アセトニトリル分子の拡散運動がMIL-101の細孔壁やMg2+との相互作用により遅くなっていることが分かりました(図2)。特に、MIL-101細孔内でアセトニトリル分子の拡散運動がMg2+との相互作用によって遅くなることは、アセトニトリル分子がMg2+に配位することでMg2+伝導度が向上するという仮説を裏付けています。
図2 アセトニトリル分子の拡散係数のアレニウスプロット
中間散乱関数の解析から得られた各試料のアセトニトリル分子の拡散係数のアレニウスプロットを示す。拡散係数がバルクAN(黒)、バルクAN/Mg(TFSI)2溶液(黄緑)、AN-MOF(青)、AN-Mg-MOF(赤)の順に小さくなっていることから、アセトニトリル分子の拡散運動がMIL-101の細孔壁やMg2+との相互作用により遅くなっていることが分かった。Åはオングストローム(1Åは100億分の1メートル)、psはピコ秒。
データ解析をさらに進めると、アセトニトリル分子の平均的なジャンプ距離が約1.6Åで温度にかかわらず一定であることが分かり、AN-Mg-MOF中におけるアセトニトリル分子の拡散の様子を描くことができました(図3)。アセトニトリル分子は、Mg2+との間の配位結合の形成・切断を繰り返すことで拡散する、と考えられます。このような微視的な情報が得られるのがQENSの特長です。
図3 AN-Mg-MOF中におけるアセトニトリル分子の拡散機構の模式図
アセトニトリル分子はあるサイトから別のサイトへと飛び移ることで拡散しているが、アセトニトリル分子の平均的なジャンプ距離は、温度にかかわらず約1.6Åで一定であった。
また、AN-Mg-MOFのアレニウスプロットが曲線を描いています。これは、温度を下げていくとMg2+に対してより多くのアセトニトリル分子がより強く配位するようになるからではないか、と考えられます。
今後の期待
本研究では、断熱法による熱容量測定および中性子準弾性散乱という測定手法を組み合わせることで、世界最高のマグネシウムイオン伝導度を示すAN-Mg-MOFにおいて提唱されていたマグネシウムイオン伝導機構が、溶媒分子運動の観点から初めて裏付けられました。AN-Mg-MOFにおけるアセトニトリル分子の拡散描像も具体的に描くことができました。MOFは、その高い設計自由度を生かして、さまざまなイオンを高効率に伝導させられると考えられます。本研究成果は、MOFを用いた多価イオン固体伝導体の設計指針の確立に寄与することが期待されます。
論文情報
| タイトル | Calorimetric and quasielastic neutron scattering studies on a Mg-ion conductor using a metal-organic framework MIL-101 involving acetonitrile |
|---|---|
| 著者 | Shun Sato, Hiroshi Akiba, Yoshinori Ohmasa, Takeshi Yamada, Kaori Taniguchi, Masaaki Sadakiyo, Iwao Matsuda, Genki Kobayashi, Osamu Yamamuro |
| 雑誌 | Journal of the American Chemical Society |
| DOI | https://doi.org/10.1021/jacs.6c11926 |
用語説明
[1] 金属-有機構造体(MOF)
均一な細孔を持つ、多孔性材料の一つ。金属イオン同士を有機配位子が連結することで構成されている。材料や合成方法を変えることで、1万種以上のMOFが合成されている。さまざまな物質を細孔内に保持できるという特徴から、不均一系触媒、分子フィルターやガス貯蔵などへの応用が期待されている。MOFの開発およびその実用的可能性の実証を行った京都大学特別教授の北川進氏らが2025年にノーベル化学賞を受賞した。
[2] 中性子準弾性散乱(QENS)
拡散や回転といった緩和運動を行っている散乱体に中性子が散乱されると、中性子と散乱体との間でわずかなエネルギーの授受(ΔE)が生じる。その結果、散乱スペクトルには、ΔE=0を中心に幅を持ったピークが観測される。このピークの幅が散乱体の緩和運動の緩和時間に対応する。緩和時間やピーク強度の振る舞いを解析することで、緩和運動に関する空間情報を分子スケールで得られる。
[3] 研究用原子炉JRR-3
日本初の国産研究炉として日本原子力研究所(現・日本原子力研究開発機構)が1962年に茨城県東海村に建設した。原子力燃料・材料の照射試験、ラジオアイソトープ製造や放射化分析が行われている。また、ナノメートルオーダーの波長とミリエレクトロンボルト(ミリ電子ボルト)オーダーの低いエネルギーを持つ熱中性子を用いて、水などの低分子から高分子に至るまでのさまざまな物質の構造と運動の解析、さらには中性子が磁気スピンを持つことを生かした磁性体の構造と励起の研究が行われている。
[4] 大強度陽子加速器施設(J-PARC)
高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が茨城県東海村で共同運営している大型研究施設で、素粒子物理学、原子核物理学、物性物理学、化学、材料科学、生物学などの学術的な研究から産業分野への応用研究まで、広範囲の分野で世界最先端の研究が行われている。J-PARC内の物質・生命科学実験施設では、世界最高強度のミュオンおよび中性子ビームを用いた研究が行われている。
[5] 断熱型熱量計
熱容量の測定装置の一種。外界から熱的に孤立した状態で試料を加熱し、温度変化を測定する。加熱に要したジュール熱を温度変化で割り、試料容器の熱容量を差し引くことで試料の熱容量の絶対値を決定する。決定された熱容量は0.1%以下という高精度・高確度を持つ。熱容量の温度依存性から、系の相挙動やエントロピー変化といった情報が得られる。ガラス転移([6]参照)などの非平衡現象も研究できる。
[6] ガラス転移、ガラス転移温度
液体が低温あるいは高圧で無秩序な構造のまま固まった非平衡状態を総称してガラスと呼ぶ。ガラスに転移することをガラス転移とよび、その転移が起きる温度をガラス転移温度と呼ぶ。ただし、ガラス転移は通常の相転移のような明確な構造変化を伴わず、粘度や構造緩和時間(原子・分子が運動する速度の逆数)が発散的に増大するため、動的転移と言われている。ガラス転移が起きる機構は未だ解明されておらず、物理学上の大問題の一つとされている。
共同研究グループ
研究支援
本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業「規則性ナノ細孔を駆使した超多価イオン伝導材料の創出(研究代表者:貞清正彰、JPMJFR211O)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(B)「配位ダイナミクスに基づく多価イオン伝導機構の解明と高機能イオニクス材料の創製(研究代表者:貞清正彰、JP24K01504)」、同学術変革領域研究(A)「イオン流の非平衡性と集団運動の理解による材料デザイン変革(研究代表者:一杉太郎、JP24H02202)」「イオン渋滞学に基づく新物質創製と機能開拓(研究代表者:小林玄器、JP24H02204)」による助成を受けて行われました。QENS実験は東京大学物性研究所のAGNES分光器(課題番号:22406、23406、24406)およびJ-PARCのDNA分光器(課題番号:2023B0074)にて行われました。
