トピックス

2020.02.13

名古屋大学大学院生 須江祐貴さんと四塚麻衣さんが
高品質のミュオンビーム実現に不可欠なビームの時間分布モニタを開発

   J-PARCでは、素粒子ミュオンの性質の一つである異常磁気能率 (g-2) と電気双極子能率 (EDM) を同時精密測定するための実験を準備しています (J-PARC E34実験) 。このために、多くの大学院生が主導して研究開発が行われています。今回、名古屋大学高エネルギー素粒子物理学研究室 (N研) の大学院生達の成果が、論文として出版されました。筆頭著者の須江祐貴さん (博士後期課程1年) と第2著者の四塚麻衣さん (修士課程1年) にお話を伺いました。 (聞き手:J-PARC広報セクション) 

20200213_01s.jpg

実験グループの皆さん。後列右が須江さん、前列右から2番目が四塚さん。

20200213_02s.jpg

須江さん、四塚さんたちが開発した、ミュオンビームの時間分布をはかるモニタの検出部に使用するマイクロチャンネルプレート (MCP) 。MCP表面 (上部の黒い円い板) に飛び込むミュオンを検出する。

■ これまでの経緯

   ミュオンg-2/EDMの精密測定のためには、ビームの空間的、時間的広がりが抑えられた高品質のミュオンビームをつくりだすことがポイントです。そのために、生成されたミュオンビームを一旦減速 (冷却) し、再び加速する必要があります。E34実験では、これまでにない高品質のミュオンビームによって世界最高精度を達成するために、ミュオンの冷却・加速技術や検出器の開発を進めています。既にグループは検出器の試作機を完成し、安定動作まで実証しています (+) 。また、既存の手法の約10倍という高い効率でミュオンを冷却する手法の開発に成功しました  (*) 。その後、J-PARC物質・生命科学実験施設 (MLF) のテストミュオンビームラインで、これまでに3回、加速実験を行ってきました。1回目の実験では、ミュオンを加速する装置を調整するための新しい負水素イオン源の開発 (**) により、負ミュオニウムイオンの加速実験 (**+) に成功しました。2回目の実験では、加速後のミュオンビームの空間的な分布をモニタではかることに成功しました。3回目の今回の成果は、加速後のミュオンビームの時間的な分布をはかるモニタを開発し、ビームの時間幅をはかることに成功したものです。

    (+) KEK素核研ニュース https://www2.kek.jp/ipns/ja/post/2019/06/20190610/
    (*) KEKプレスリリース https://www.kek.jp/ja/newsroom/2014/09/18/1400/
    (**) J-PARCホームページ掲載記事 http://j-parc.jp/c/topics/2019/06/11000271.html
    (**+) J-PARCニュース https://j-parc.jp/ja/news/2018/news-j1801.html#300102

今回開発された「ミュオンビームの時間分布をはかるモニタ」とは、どういったものですか?

   J-PARC加速器のビームパイプの中を流れるビームは、ずっと定常的に流れているのではなく、かたまりになって流れています。つまり、ある場所を見ていれば、ある時にかたまりが通過して、しばらく時間間隔をおいて、また次のかたまりが流れます。こうしたビームを「パルスビーム」と言います。パルスビームを横軸に時間、縦軸にビーム強度をとったグラフで表せば、図のようになります。こうした時間的なビームの分布を測定するモニタを開発しました。

20200213_03s.jpg

   E34実験では、全部で4段階の加速空洞を用いてミュオンビームを加速します。1段階目では、図のように10 ns (ナノ秒;1 ns = 10-9 s) のパルス幅を持つミュオンのパルスビームを、加速空洞に入射して加速します。加速されて空洞から出てくるときには、3 ns間隔の4つくらいのかたまりに分割されて出てきます (***) 。パルス幅が100ps (ピコ秒; 1 ps = 10-12 s) 程度の各々のかたまりと加速空洞とのタイミングを精密に調整しないと上手く加速できず、ミュオンg-2/EDMの精密測定に必要な高品質ビームができません。そこで、モニタを使ってこのパルス幅を測定します。

20200213_04.jpg

    (***) 高周波加速空洞では、下図 (左) のように電極 (水色) に交互に+-+-・・・となるように高周波電場をかける。E34実験で加速する正ミュオンが、ある電極間の「ギャップ」を通過するときに、その左側の電極が+、右側の電極が-になるように高周波電場をかければ、正ミュオンは図の右方向に加速される。正ミュオンが次のギャップに進んだ時には高周波電場の+と-が逆転するように周波数をコントロールすれば、常に正ミュオンを加速することができる。

   E34実験の1段目の加速空洞にかけている高周波電場の周波数は324 MHzなので、電場の波の周期は1/324 MHz = 3.09 nsである。例えば下図 (右) の●印の位相の電場で正ミュオンを加速するように設計された加速空洞であれば、設計された速度よりも遅い速度で来た正ミュオンはより強い電場で加速されるので速くなり、設計された速度よりも速い速度で来た正ミュオンは弱い電場で加速されるので遅くなり、結果として、3.09 nsの周期で収束されたビームのかたまりができる。

20200213_05.jpg

今回、開発したモニタでミュオンビームの時間分布をはかることに成功したのですね?

   はい。今回、論文で発表した成果のポイントは、大きく2つです。
   1つは、MLFのテストミュオンビームラインに1段階目の加速空洞の試験機 (実際の半分の長さ) とビームモニタを持ち込み、加速後のビームの時間分布をはかることに成功したことです。ただし、今回の試験では、実際のE34実験と条件はかなり異なりました。加速後に3 ns間隔に分割されたビームのかたまりのパルス幅は、実際のE34実験よりもかなり太く、500 ps  (= 0.5 ns) 程度です。このパルス幅をモニタではかることができ、シミュレーションと一致した値が得られました。
   もう1つは、J-PARCのビームラインではなく、実験室で、このモニタがより細い時間幅のパルスビームの測定に対応できるかどうか試験し、65 ps  (= 0.065 ns) の時間分解能を出せることを確認したことです。実際のE34実験では、数十psのパルス幅をはかる必要がありますが、それに迫る時間分解能が達成できました。

高い時間分解能ではかれることがポイントなのですね。どうやってそれを実現したのですか?

   モニタには、高い時間分解能を出せる検出器として、マイクロチャンネルプレート (MCP) という検出器を採用しています。プレートに直径12 μm (マイクロメートル; 1 μm = 10-6 m) の小さな穴が、プレート面に垂直でなく斜めの角度で無数に空いており、プレートの両面間に高電圧をかけておきます。ミュオンが穴に飛び込むと、穴の壁との衝突によりいくつかの電子が発生します。さらにその電子が電圧により引っ張られて壁に当たることで再びいくつかの電子を発生し、どんどん増えていきます。この電子を電気信号として読み出します。MCP自体は市販されていますが、実験に必要な高い時間分解能を出せるようにするには、信号の読み出し機構の工夫など、大きな開発要素がありました。

開発は大変でしたか?

    (須江) 
   J-PARCのビームを使って実験できるタイミングに合わせて準備を進めないといけないので、時間的に大変でした。モニタ信号の読み出し回路は、私たちの研究室で開発が行われていたBelleII実験TOPカウンター用の回路 (****+) を用いて開発を進めることで、わずか2か月という試験期間で目標時間分解能を達成できました。さらに、モニタの開発だけでなく、「バンチャー」と呼ばれる、ビームを短い時間のパルスに収束する装置の開発も行ったのですが (****) 、製作期間がギリギリで、業者とのやり取りが大変でした。納品後、J-PARCでの実験までの期間も短く、急いで性能を確認しました。時間がない中でスケジュールをやりくりし、間に合わせることができたのは、良い経験になりました。また、ビームライン全体や加速空洞のシミュレーションは、自ら行い、とても良い勉強になりました。

    (****) 論文:

M. Otani and Y. Sue (corresponding authors) et al., "Compact buncher cavity for muons accelerated by a radio-frequency quadrupole", Nucl. Inst. Meth. Phys. Res. Sec. A Volume 946, 1 December, 2019, 162693

    (****+) 

K. Inami (Belle-II PID Group) , "TOP counter for particle identification at the Belle II experiment", Nucl. Inst. Meth. Phys. Res. Sec. A Volume 766, 5, 2014.

    (四塚) 
   私は、モニタの時間分解能の向上を担当しました。大学の実験室でモニタの性能を試験する際にはミュオンは使用できないので、代わりにレーザーを用いて電子 (光電子) を発生させます。当初考えていた、ピコ秒パルスレーザーを結晶表面に照射して発生させた光電子を検出する方法では高い時間分解能が出せず、苦労しましたが、実験している中で、レーザーをMCP表面に直接照射して発生させた光電子を用いることで、高い時間分解能が出せることを見つけ、道が開けました。J-PARCでの実験に間に合って時間分解能を向上させることができ、さらに、今回のJ-PARCでの実験よりも短いパルス幅にも対応できる時間分解能を実現できました。

20200213_06s.jpg

MCP表面にレーザーを照射している様子。

今後も、この実験の準備を続けていくのでしょうか?

    (須江) 
   今回、論文発表した成果は、僕が修士課程のときに行った成果で、博士課程に入ってからは、実は別の研究テーマに取り組んでいます。KEKつくばキャンパスで行っているBelle II実験のトリガーの開発と、物理解析を行っています。これまで、今回ご紹介したビームモニタの開発・試験や、他にも様々なことに携わり、加速器についての見識が非常に深まりました。これを生かして、博士課程では装置開発や試験だけでなく、物理解析で成果を出したいと考えたのです。実はこの物理解析で得られる結果はミュオンg-2の理論予測の精度を上げることが出来るものです。ですので、現在は修士課程のときとは異なるアプローチでミュオンg-2の謎に挑戦していることになります。博士課程の1年目がまもなく終了するところですが、すでにこれまでに習得した加速器の見識が役立っていることを実感しています。
   ミュオンのビームモニタの開発は、四塚さんが引き継いで進めています。E34実験に必要な時間分解能の達成に迫ってきていますが、もうひと頑張りが必要なところです。一緒の研究室にいますので、今でも相談には乗っています。自分もこの実験でももう一仕事したいところですが、2つの研究テーマを進めることはできないので、歯がゆいところです。

    (四塚) 
   私は、現在もE34実験での低エミッタンスミュオンビーム実現に向けて、低速部のビーム輸送ラインの開発に取り組んでいます。E34実験では4種類の線形加速器を用いるので、加速中にビームが広がらないように異なる加速器間でビーム調整を行う (マッチングをとる) ことが重要です。低速部では今回開発をしたモニタを使ってビーム診断を行うので、ビーム輸送ラインの光学系についてデザインを行いながらモニタへの要求精度の見積もりも行っています。モニタ開発も継続して行っており、要求される時間分解能の達成を目指すとともに、位置校正などより詳細な性能評価を行っていく予定です。

■ 論文情報

掲載誌名 : Volume 23, 022804 - Published 12 February 2020
論文タイトル:Development of a bunch-width monitor for low-intensity muon beam below a few MeV
著者:Yuki Sue, Mai Yotsuzuka, Kenta Futatsukawa, Kazuo Hasegawa, Toru Iijima, Hiromi Iinuma, Kenji Inami, Katsuhiro Ishida, Naritoshi Kawamura, Ryo Kitamura, Yasuhiro Kondo, Tsutomu Mibe, Yasuhiro Miyake, Takatoshi Morishita, Yuga Nakazawa, Masashi Otani, Naohito Saito, Koichiro Shimomura, Yusuke Takeuchi, Takahiro Ushizawa, Takayuki Yamazaki, and Hiromasa Yasuda
DOI:10.1103/PhysRevAccelBeams.23.022804
オンライン版:https://journals.aps.org/prab/abstract/10.1103/PhysRevAccelBeams.23.022804