トピックス

2022.05.27

J-PARC News 第205号

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■プレス発表

(1)超高密度な磁気渦を示すシンプルな二元合金物質を発見-次世代磁気メモリへの応用に期待-(3月30日)

 省電力・高密度な次世代磁気メモリの情報担体の候補として、磁気スキルミオン(磁気渦)と呼ばれる電子スピンの渦巻き構造が注目されています。従来、磁気スキルミオンは特殊な対称性の結晶構造を持つ物質中でのみ現れるとされていましたが、近年、ごくありふれた結晶構造の中でも超高密度な磁気スキルミオンが形成されることが報告されています。
 東京大学大学院工学系研究科の高木里奈助教、関真一郎准教授らを中心とする研究グループは、理化学研究所、東京大学物性研究所、JAEA、総合科学研究機構、東京大学大学院新領域創成科学研究科と共同で、単純な結晶構造を持つEuAl4(Eu:ユウロピウム、Al:アルミニウム)という物質で中性子・X線の散乱実験を行ったところ、直径3.5ナノメートルの超高密度な磁気スキルミオンを生成していることを発見しました。さらに磁場や温度によって磁気スキルミオンの並び方が正方格子から菱形格子へと変化することを見出し、その起源が物質中を動き回る電子が媒介する相互作用に由来していることを明らかにしました。
 単純な二種類の元素からなる合金でも磁気スキルミオン形成が実証されたことから、よりシンプルな情報媒体ができると考えられます。また、今回発見したような配列の自由度が高い、超高密度な磁気スキルミオンを示す物質探索を進めることで、次世代磁気メモリ材料への道筋が開けることが期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2022/03/30000875.html

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(2)ホウ素が形成するパワーデバイス半導体中の特異構造-中性子ホログラフィーが拓く3D局所構造サイエンス-(4月4日)

 半導体材料の主流は依然としてシリコンですが、さらに大電力化や高速通信などのニーズを満たすためには、電力の効率的な制御や変換を損失無く行えるパワーデバイスの開発が急務となっています。その有力候補材料となっているのが炭化ケイ素(SiC)結晶です。半導体に機能性を持たせるためにはホウ素のような不純物を微量添加する必要がありますが、結晶中のどこにホウ素が入るかは、シリコンでは1カ所に決まっているのに対し、SiCは複雑な構造のため6つの異なる場所(結晶サイト)に入る可能性があります。どこに不純物が入るかによって半導体としての性質が変わるため結晶サイトの制御が重要ですが、今までは実際にホウ素が入った結晶サイトを確かめる方法がありませんでした。
 名古屋工業大学大学院の林好一教授、茨城大学大学院の大山研司教授、広島市立大学大学院の八方直久准教授らは、世界に先駆けてJAEAと共同で開発・実用化した「白色中性子ホログラフィー」を用いて、SiCの微量添加元素であるホウ素周辺の精密原子像取得に成功しました。その結果、6つある結晶サイトの2つだけをホウ素が優先的に占有し、他にはほとんど入らないことが分かりました。この原因としてそれらのホウ素がなんらかの作用により近傍に不連続な界面を誘起したためと考えられ、製法にも起因することが推測されることから、今回の結果は今後のSiCウエハー開発にも活かせることが期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。https://j-parc.jp/c/press-release/2022/04/04000877.html

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(3)どうして生物の24時間リズムは安定なのか?-水素原子の運動から迫る時計タンパク質の温度補償制御-(4月13日)

 生命は、季節や昼夜の寒暖に伴う温度変化によらず、地球自転の24 時間周期の環境変化に適応しています。このリズムを支えているのが体内時計と呼ばれる「概日時計」システムで、バクテリア・植物・昆虫・哺乳類などの広い生物種に共通して見られる生命現象です。中でもシアノバクテリアの概日時計は、温度変化に依らず24 時間周期のリズムを刻みつづける「温度補償性」とよばれる性質を持つことが知られています。また、試験管内でも研究できる利点があり、3 種類の時計たんぱく質(KaiA、 KaiB、KaiC)とアデノシン三リン酸(ATP)を試験管内で混ぜ合わせることで再構成できます。
 自然科学研究機構分子科学研究所の古池美彦助教、向山厚助教、秋山修志教授、欧陽東彦研究員らは量子科学技術研究開発機構、総合科学研究機構、JAEAと共同で、温度補償された野生型KaiCとの比較に有用な、温度補償性が損なわれたKaiC変異体を設計しました。KaiC変異体には、温度上昇に伴ってリズムが加速するものや、逆に温度上昇によってリズムが減速するものが含まれます。これらKaiC変異体を物質・生命科学実験施設(MLF)のBL02ダイナミクス解析装置に持ち込み、中性子準弾性散乱実験によりタンパク質分子全体に散在する水素原子の運動を観察しました。その結果、KaiC内部の原子の運動は、一般的なタンパク質と同様に温度上昇に伴って加速されることが判明しました。この結果は、温度補償された野生型KaiCだけでなく、加速型や減速型のKaiC変異体でも同様でした。一方、温度感受性が高まった全てのKaiC変異体においては、分子の全体運動が野生型KaiCよりも顕著に遅くなっていることが共通して確認されました。これらの結果は、KaiCの分子全体にわたる運動が、温度による加速・減速を防いで反応を一定に保つ自律制御に深く関わっていることを示唆します。
 生物種が異なると、時計タンパク質の種類も異なります。それにも関わらず温度に対して頑健な性質が現れるという事実は、時計タンパク質が一般的なタンパク質とは異なる何かしらの特徴を共有していることを意味します。観察対象を他の生物種の時計タンパク質にも広げることで、概日時計の温度補償性を裏打ちする自律的な制御機構の秘密に迫ることができます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。https://j-parc.jp/c/press-release/2022/04/13000880.html

 

 

■J-PARCハローサイエンス「大強度陽子加速器施設J-PARCで探る宇宙と物質のなぞ」(4月22日)

 年度初のハローサイエンスは、小林J-PARCセンター長がJ-PARC全体の特徴や利用、展望について話しました。また、今回は科学技術週間の行事の一環として、YouTube KEK チャンネル等でライブ配信されました。
 J-PARCは小さいものを観る「超顕微鏡」、宇宙の彼方を観る「超望遠鏡」、それに宇宙の始まりを観る「タイムマシン」として利用できるという話から始まりました。次に加速器の原理の説明、J-PARCで生成される陽子ビームの強度とそれを得るための3つの加速器の特徴が示されました。そして、中性子やミュオンのビームラインを使ったたんぱく質や地球中心部の高圧状態の推察、タイヤやリチウム電池の高性能化への寄与、最近のトピックスとして、緒方洪庵の「開かずの薬瓶」や、はやぶさ2が持ち帰った小惑星「リュウグウ」の岩石が非破壊で解析された例が紹介されました。続いて、宇宙で最も密度が高いとされる中性子星を人工的に作り、その内部がどのような原子でできているのか、宇宙の物質起源を探るため、ニュートリノ・反ニュートリノの性質を解明し、物質と反物質の性質の違いを解明するなどの展望が述べられました。最後にJ-PARCをより多く知ってもらうため、施設公開やハローサイエンス等のイベントの紹介がありました。
ハローサイエンスの動画はJ-PARCホームページにあります。http://j-parc.jp/c/public-relations/movies.html#Hello-science

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■加速器運転計画

 6月の運転計画は、次のとおりです。なお、機器の調整状況により変更になる場合があります。

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J-PARCさんぽ道 ㉓ -鳥たちとの約束-

 J-PARCには本格的な造りのバードバスがあります。700m2の敷地に2か所、上の部分をくり抜いた重さ10トン近くの巨石を置いて、そこに水を流しています。2006年の完成以来、鳥たちのために水を供給し続けているのです。おそらく東海村にいる鳥たちは、J-PARCに行けば水が飲めることを知っているはずです。もしかしたらここで水を飲むため、数千キロの旅をしてくる渡り鳥もいるかもしれません。
 鳥たちの多くは、われわれ人間の気配を感じるとすぐに飛び立ち、お互い顔を合わせることはほとんどありません。しかしカメラを通して様子を見ると、鳥たちは実に多様なしぐさをしているのが分かります。メジロとシジュウカラが並び合って、お互いしぶきをかけながら水浴びをしている様子を見ることもできます。そのようにして、いろいろな種類の鳥が何代にもわたり、ここを利用することになるのです。J-PARCのバードバスは、生態系を育むための重要な場です。わたしたちスタッフは、そのお手伝いをするために、ここでの清掃活動なども行っています。
 緑が濃くなるこの頃、この水周りでは小さな虫たちの活動が盛んになってきました。これからの季節、J-PARCのバードバスは鳥たちにとって、水飲み場だけでなく、レストランにもなります。

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メジロとシジュウカラが仲良く水浴びしているGIF動画はこちらからご覧ください。

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