J-PARC News 第217号
■J-PARC メインリング(MR)第2電源棟における火災発生について
4月25日(火)にJ-PARC メインリング加速器第2電源棟において発生した火災により停止していたJ-PARC加速器は安全を確認したリニアックとRCSから調整を開始し、物質・生命科学実験施設(MLF)については5月14日(日)から利用運転を再開しました。メインリング加速器については、現在、対策に全力で取り組んでおります。皆様には大変ご迷惑をおかけして申し訳ありません。ご理解のほど、よろしくお願い申し上げます。
令和5年5月24日
J-PARCセンター長 小林 隆
■加速器ディビジョン 大谷将士氏が文部科学大臣若手科学者賞を受賞
令和5年度科学技術分野の文部科学大臣表彰受賞者に加速器ディビジョンの大谷将士氏が選ばれ、4月19日に表彰されました。大谷氏は、ミューオン※専用加速器を開発するとともに、ミューオンと電子2つの束縛状態である疑似水素負イオン生成による3桁以上のミューオンエネルギー冷却を可能にする新技術を実証し、高周波四重極加速器との組み合わせにより世界で初めてミューオンの加速を実現しました。この成果は、高い指向性を持つ先駆的なミューオンビームによる異常磁気能率(g-2)の精密測定など次世代の素粒子研究の核となる技術です。また、加速技術の発展によって宇宙線ミューオンを上回る高分解能イメージング技術が可能となると期待されています。
※ミュー粒子のことを「ミュオン」または「ミューオン」と表す。
詳しくはKEKホームページをご覧ください。https://www.kek.jp/ja/topics/20230417mext/
■プレス発表
(1)構造が不規則な「高イオン伝導体Ba7Nb4MoO20」の中の隠れた規則性を発見
-共鳴X線回折と固体NMRを組み合わせた新たな手法で解明-(4月27日)
東京工業大学、物質・材料研究機構、山形大学、高輝度光科学研究センター、KEK、J-PARCセンターからなる研究チームは、共鳴X線回折(RXRD)と固体核磁気共鳴(固体NMR)を組み合わせた汎用性の高い新しい定量法「RXRD/NMR法」を開発し、不規則な構造を持つ新イオン伝導体Ba7Nb4MoO20における隠れたモリブデン(Mo)の化学的規則性を発見しました。
Ba7Nb4MoO20系材料は、高い酸化物イオン伝導度とプロトン伝導度を持ち、かつ化学的安定性も高く、固体酸化物形燃料電池などへの応用が期待されています。一方で複数の類似した元素を含むこのような結晶性材料は、X線や中性子による単結晶を用いた回折実験で調べることが難しく、粉末や多結晶における隠れた化学的規則・不規則性の情報を理解する、汎用性の高い手法が切望されていました。
本研究ではRXRDと固体NMRのそれぞれの強みを組み合わせることで、信頼度の高い化学的規則性を定量的に求めることができるようになり、Ba7Nb4MoO20·0.15 H2Oでは、類似した元素であるMo原子とNb原子の配置の化学的規則性(占有規則性)が明らかになりました。さらに中性子回折実験も用いてH原子(この物質中ではH+イオンとして存在)の位置を含めた完全な結晶構造を解明したところ、イオン(O2-とH+)が伝導する層の近くにMoが規則化 (局在)しており、それが高いイオン伝導性と関係することが分かりました。
ここで得た知見は、様々なイオン伝導体の性能向上と開発に役立てられると考えられます。また、Ba7Nb4MoO20系材料は、高性能燃料電池、酸素ポンプ、酸素センサー、水素ポンプ、水素センサーなどへの応用が見込まれています。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。https://j-parc.jp/c/press-release/2023/04/27001144.html
(2)層状化合物にミクロな磁気揺らぎが存在 -ミュオンで3つの温度領域を発見-(4月27日)
KEK、JAEA、J-PARCセンター、筑波大学らの研究グループは、層状化合物であるセレン化クロム銀(AgCrSe2)の常磁性相をミュオンスピン緩和(µSR)測定で調べました。その結果、短距離スピン相関の存在を確定させ、広い温度範囲での温度依存性を初めて明らかにし、その常磁性相が3つの温度領域に分けられることを発見しました。
常磁性相では通常スピンが無秩序な方向を向いていると考えられますが、AgCrSe2の常磁性相では無秩序ではない可能性が中性子準弾性散乱の先行研究で示唆されていました。しかし、その起源は十分に理解されておらず、測定された温度点も限られていました。
本研究ではJ-PARCのMLFでµSR実験を行い、AgCrSe2の常磁性相の広い温度範囲でµSRスペクトルを得ました。その結果、温度を下げていくと、ガウス関数状から指数関数状に変化する温度は184 Kで、初期アシンメトリーが急激に減少を始める温度は約89 Kとわかりました。また、クロムスピンが互いに影響し合う短距離スピン相関は約184 K以下で発達する一方、この温度以上では発達していないこと、約89 K以下の温度では動的な磁気揺らぎが変化し、静的な短距離スピン相関として発達していることがわかり、常磁性相を3つの温度領域に区別することができました。
J-PARCで中性子実験と相補的に行われるµSR測定は、今後もスピン相関の研究に威力を発揮すると期待できます。短距離スピン相関の理解が進むことで、将来、高温での使用に適したデバイス開発のきっかけになるかもしれません。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。https://j-parc.jp/c/press-release/2023/04/27001146.html
(3)量子電磁力学をエキゾチック原子で検証
-ミュオン特性X線エネルギーの精密測定に成功-(5月10日)
理化学研究所、JAEA、東京都立大学、立教大学、カスラー・ブロッセル研究所、東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構、KEK、J-PARCセンター、中部大学からなるグループは、最先端のX線検出器である超伝導転移端マイクロカロリメータ(TES)を用いて、負ミュオンと原子核からなる「ミュオン原子」から放出される「ミュオン特性X線」のエネルギースペクトルを精密に測定し、強電場量子電磁力学をエキゾチック原子で検証するための原理検証実験に成功しました。
物理法則の中でも最も精密に検証されている理論が「量子電磁力学(QED)」です。本研究ではQEDの効果が顕著に現れる強電場下におけるQEDを検証するため、電子の代わりに負の電荷を持つ重い荷電粒子が原子核に束縛された「エキゾチック原子」に着目しました。その中でも負ミュオンが束縛されたミュオン原子を用いて「ミュオン特性X線」のエネルギーを精密に計測することで多価重イオンを超える強電場下でのQEDの検証が実現できます。そこで、J-PARCにおいて可能な限りミュオン原子の生成量を増やすとともに、測定するミュオン特性X線のエネルギー分解能を従来より1桁高くするため、TESを導入して実験を行いました。その結果、ミュオンネオン原子から放出されるミュオン特性X線のエネルギーを精密測定し、ミュオン原子を用いた強電場QED検証実験の原理を実証しました。
本研究が確立したミュオン特性X線エネルギーの精密計測定法を元素分析法に応用することで、これまで困難であった同位体分析に加え、元素の化学状態分析など、新たな研究分野の開拓につながることが見込まれます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。https://j-parc.jp/c/press-release/2023/05/10001151.html
■J-PARCハローサイエンス「中性子が明かす物質のミクロな"動き"」(4月26日)
今回のハローサイエンスは、中性子利用セクションの河村聖子氏が講師を務めました。河村氏は、中性子非弾性散乱という手法や実験装置「アマテラス」を用いて実験、研究をしています。アマテラスでは、中性子が物質に打ち込まれて散乱されるとき、どのようにそのエネルギーが変化しどの方向に飛んで行くかを観測することによって、原子・分子などの運動の様子を調べることができます。今回は同装置で得られた3つの研究成果を紹介しました。
1.新しい冷却技術の開発
現在はエアコンのような、気体を使用した蒸気圧縮方式が主流ですが、環境への負荷が懸念されています。これに代わる新技術として「柔粘性結晶」という固体に圧力をかけると、高い冷却効果が得られるというメカニズムを原子レベルで解明しました。
2.新素材のタイヤの開発
アマテラスとSPring-8やスーパーコンピュータ「京」との連携により、タイヤのゴムの分子の動きが解明され、燃費の向上と安全性を兼ね備えた新たなタイヤ素材の開発技術を確立しました。
3.ハイブリット材料の発見
原子の振動の様子を調べることで、結晶でありながらガラスのように熱の伝わりにくい物質が見つかりました。将来の宇宙産業等への応用が期待されています。
■記者サロン「なんでも透視?!宇宙線と加速器で広がるマルチスケールミューオンイメージング」(5月18日)
報道関係者13名の参加を得て、オンラインで開催しました。本サロンでは、ミューオンによってアトメートル(100京分の1)からキロメートルまで様々なスケールの現象を可視化し、理学・工学などの分野融合による新しい科学的手法「マルチスケールミューオンイメージング」を展開する各研究所・大学の先生方にご講演いただき、活発な議論が交わされました。また、サロンの最後には東海村などと協力して進めているミューオンによる東海村古墳調査に関して紹介しました。J-PARCからは、物質・生命科学ディビジョンの下村浩一郎副ディビジョン長と加速器ディビジョンの大谷将士氏が参加しました。
■宇宙線ミュオンで古墳を透視プロジェクト!開始
いよいよ、東海村教育委員会とJ-PARCセンター主催で「宇宙線ミュオンで古墳を透視プロジェクト」(通称 ミュオンにコーフンクラブ)が始まりました。
第1回は、4月30日(日)に「体験 見えないものを見る-宇宙線を見てみよう-」が東海村歴史と未来の交流館で開催されました。参加者は18名でした。
お申込み等、詳しくは東海村ホームページをご覧ください。https://www.vill.tokai.ibaraki.jp/soshikikarasagasu/kyoikuiinkai/shogaigakushuka/9/1/2/8270.html
■加速器運転計画
6月の運転計画は、次のとおりです。なお、機器の調整状況により変更になる場合があります。
J-PARCさんぽ道 ㉟ -新型コロナの5類移行-
新型コロナウイルスの感染対策としてJ-PARCセンターの広報活動は様々な制約を受けていましたが、5月8日付で5類感染症に移行したことで、対面での活動が可能となりました。7月1日にはJ-PARC特別講演会2023「いよいよ始まるハイパーカミオカンデ プロジェクト」を開催し、ノーベル物理学賞受賞者の梶田隆章先生が「ニュートリノのふしぎ」と題する講演を行います。また、施設見学や学校への出張授業などの増加も期待されます。
この3年あまりで広報スタッフはYouTubeやTwitterなどによる発信を充実させてきました。しかしながら、皆様と直接お会いして皆様にJ-PARCについて理解していただくことは、広報活動の基本であると考えています。聞いていただく皆様の反応を見て、次に話す内容や表現方法を臨機応変に変えながら説明を進めていくことは、説明者の醍醐味であります。もちろん全ての説明が皆様に納得いただけるものではありませんが、説明を聞いていただく皆様がJ-PARCのどこに興味を持ち、J-PARCに何を期待されているのかがよくわかります。皆様からのご質問や叱咤激励は情報の宝です。われわれ広報スタッフは、対話を通して皆様の興味や期待を理解し、皆様にもJ-PARCについてより理解していただけるよう、精進を重ねてまいります。
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