トピックス

2025.12.23

J-PARC News 第248号

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J-PARC講演会2025「むずかしい?J-PARCで広がる素粒子・原子核の世界をわかりやすく説明してみます」を開催(11月29日)

 この講演会は、地元の皆様を始め、多くの方々にJ-PARCの研究活動をご理解いただくために毎年1回行っています。また、毎月ひとつのテーマを掘り下げて紹介するJ-PARCハローサイエンスは今回でちょうど100回目を迎え、両方のイベントを兼ねて開催しました。東海村産業・情報プラザ(アイヴィル)に102名の方がいらっしゃいました。
 小林隆センター長と山田修東海村長の挨拶の後、ハドロンセクションの三原智氏が、「影の主役・ミュオンが見せた素粒子の地図」と題して、ミュオンという素粒子の発見からその性質の解明について、歴史を紐解きながら説明しました。続いて東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻教授、クォーク・核物理研究機構機構長の中村哲氏が、「量子ビームで探る物質の極限-ハイパー原子核から中性子星まで」と題し、錬金術の話から始め、原子核を構成する核子、そしてその核子を構成するクォーク、とりわけストレンジクォークが関わるハイパー原子核研究の最先端を紹介し、今後の加速器施設の拡張による新たな研究の可能性についての話で締めくくりました。
 各講演後には、多くの質問がありました。ロビーではJ-PARC全体やハドロン実験施設のパネル展示を行い、休憩時間や講演前後には、パネルの前での質疑応答が行われました。。
本講演会の様子はYouTube J-PARC チャンネルからご覧ください。https://www.youtube.com/watch?v=9u4IK6Hacv0

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■ 受賞

(1)第20回(2026年)日本物理学会若手奨励賞、第32回原子核談話会 新人賞 受賞

①第20回(2026年)日本物理学会若手奨励賞(素粒子実験領域)

 中性子利用セクションの市川豪氏はJ-PARC物質・生命科学実験施設(MLF) 中性子光学基礎物理実験装置「NOP」の中性子ビームを用いて、世界で初めてパルス中性子による中性子ウィスパリングギャラリー状態の測定に成功しました。
 凹面鏡に中性子ビームを沿わせると、遠心加速度によって表面を這うような量子状態(ウィスパリングギャラリー状態)が現れます。重力と加速度が等価であることを使うとこの量子状態は重力によって束縛された量子状態のアナロジーとして扱えるため、仮想的な重力下の量子状態を探索することができます。観測結果は理論計算と良く一致し、地球重力の700万倍に相当する状況でも量子力学が正しく成り立っていることを2%の精度で検証しました。さらに高い精度で凹面鏡を作成することで、量子力学の検証に留まらず、鏡と中性子の間に働く未知の相互作用を探索することも可能となります。
 研究内容のユニークさと、基礎的な実験への興味深いステップであることが評価され、若手奨励賞の受賞に繋がりました。

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②第20回(2026年)日本物理学会若手奨励賞(実験核物理領域)、第32回原子核談話会新人賞

 名古屋大学大学院理学研究科 助教・ J-PARCセンター 共通技術開発セクション 外来研究員の奥平琢也氏が受賞しました。当賞は第32回原子核談話会新人賞を兼ねています。
 奥平氏はJ-PARCセンターの奥隆之氏らとともに中性子偏極デバイス3Heスピンフィルター(3He spin filter)を開発し、世界最高峰の性能を達成しました。それをJ-PARCの中性子ビームラインに導入し、原子核の中性子共鳴反応における時間反転対称性の破れの増幅効果の研究に取り組みました。J-PARCの大強度中性子ビームをスピン偏極させることで得られたJ-PARC独自の成果といえます。
 本研究は、原子核の中性子共鳴反応において、核子間相互作用に存在しうる時間反転対称性の破れが素過程に比べて100万倍程度大きな効果として観測され得ることを実証したものであり、標準理論を超える物理法則を探索するうえで重要な成果です。優れた研究内容とともに、奥平氏の将来性が高く評価されました。
 今後の日本物理学会および核物理分野のさらなる発展に大きく寄与することが期待されています。

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(2)令和7年度茨城県高圧ガス保安功労者等表彰

 MLFで中性子源用モデレータ冷却システムの運転・管理を行っている中性子源セクションの麻生智一氏と長谷川勝一氏が、優良製造保安責任者として茨城県冷凍設備保安協会会長賞を受賞しました。
 麻生氏は冷凍保安責任者、長谷川氏は冷凍保安責任者代理者であり、それぞれ高圧ガス製造保安責任者として常に法令を遵守し永年にわたり職責を果たし保安確保に寄与された功績は誠に顕著との理由により、受賞に至りました。

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■ プレス発表

 多様な元素置換が可能な歪んだ三角格子反強磁性体を開発
 -「複合アニオン化合物」で磁性の一次元化の謎に迫る-(11月27日)

 量子スピン液体状態という特異な磁気状態の研究が注目を集めています。これまで主に研究されてきた物質は、平面上に敷き詰めた正三角形の頂点にスピンを並べた二次元三角格子反強磁性体、あるいは一次元にスピンを並べた一次元反強磁性体等があります。今回の研究で見出された二等辺三角反強磁性体はこのふたつの磁性モデルの間を結び、一方の基底状態からもう一方に近寄っていったとき、どのように基底状態が変化するのか、あるいは変化しないのか、詳しく調べることができるという特徴があります。
 本研究では、非磁性の鉱物であるピナライト(Pb3WO5Cl2)について、タングステン(W)を磁性元素のレニウム(Re)に置き換えた物質について、鉛(Pb)サイトにカルシウム(Ca)、ストロンチウム(Sr)、バリウム(Ba)を、塩素(Cl)サイトには臭素(Br)を置換した7種の物質を合成しました。開発した7種の物質は、いずれも低温で一次元的な磁気相互作用の特徴を示し、J-PARC MLFの冷中性子ディスクチョッパー型分光器「アマテラス」を用いた中性子非弾性散乱実験とミュオンD1を用いたミュオンスピン回転実験から、極低温まで磁気相転移が起こらずに動的なスピン揺らぎが存在することが確認されました。これは一次元的に電子が集団で波のように動く、朝永-ラッティンジャー液体の実現を示唆する磁気励起の観測に成功したことを意味します。
 本研究成果が、量子スピン液体状態を置換によって自在に制御できる可能性を示すとともに、異方的三角格子上での朝永-ラッティンジャー液体状態の研究の進展に大きく貢献すると期待されます。
詳しくはこちら(J-PARC HP)https://j-parc.jp/c/press-release/2025/11/27001651.html

 

 

■ J-PARC出張講座

 東海村立村松小学校(12月2日)

 加速器ディビジョンの神谷潤一郎氏、東海村教育委員会の安敦之氏は、5年生を対象に「真空って何だ」教室を行いました。
 ヘアドライヤーの突き出し口の上でピンポン玉を浮かせる実験などから、見えない空気を考えることから始まりました。空気がなくなると風船、お湯、炭酸水、マシュマロはどうなるのか?などの実験や、大きな音を出している防犯ベルは空気がなくなると音が聞こえなくなるのはどうして?など問いかけながら授業が進みました。最後は、カウントダウンを行い、真空砲でアルミ缶の中にピンポン玉を撃ち込みました。
 また、J-PARCでは、ビームの通り道に空気のつぶがあると空気のつぶにビームが当たりビームが減ってしまうので、真空にすることはとても重要なことも説明しました。

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■ ミュオンにコーフンクラブ ミュオンで透視するピラミッド&古墳のお話(11月30日、東海村歴史と未来の交流館)

 子どもや保護者32名が参加し、今年最後の会が開催されました。今回は、KEKの研究チームなどとともに国際共同研究「スキャンピラミッド計画」で大きな成果を上げた名古屋大学准教授の森島邦博氏のお話を伺いました。森島氏が率いる名古屋大学の研究チームらは、エジプトのクフ王のピラミッド内部を宇宙線ミュオンで透視し、ピラミッドを破壊することなく、内部に未知の巨大空間があることを発見しました。今回のお話では、原子核乾板というミュオンを感知するフィルムをピラミッドの中に設置する様子や、そのフィルムに写ったデータの読み方、さらに宇宙線ミュオンを用いたイメージングの応用先などの紹介がありました。
 その後、茨城大学大学院生の葛葉昌弥氏から、今までミュオンを使って測定を行ってきた舟塚2号墳の成果や今後の計画などが紹介されました。最後にスタッフが料理した山形風と宮城風の芋煮を囲み、皆さんの交流を深めました。

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■ 加速器運転計画

 1月の運転計画は、次のとおりです。なお、機器の調整状況により変更になる場合があります。

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J-PARCさんぽ道 65 -冬の日差しとロシアンオリーブ-

 クリスマスが近づき、ロシアンオリーブの存在が気になる季節になりました。クロマツ、タブ、スダジイなどの常緑樹の高木は、冬になっても相変わらず深い緑色の葉をごっそりとつけ、われ先に光合成をしようと躍起になっているように見えます。それに対し、冬のロシアンオリーブは、長さ2~5センチ、淡い緑色の細長い葉がまばらについているだけで、葉より枝の方が目立つくらいの寂しい存在です。
 ロシアンオリーブは半落葉樹であり、環境に応じて葉が落ちたり落ちなかったりします。J-PARCにあるロシアンオリーブは既に葉の一部が落ちており、残った葉に陽が当たっています。ロシアンオリーブの葉の裏は白色に近く、光が反射しやすくできています。冬、太陽の位置が低くなると、斜め横から差し込んだ陽の光が葉の裏にも当たり、銀色に光ります。そんな中、軽くなった細い枝は少しの風でも揺れ、クリスマスイルミネーションが点滅するように、ロシアンオリーブの木の全体の色彩が、波打つように動きます。
 ロシアンオリーブは、暑さ寒さや乾燥に強く、水はけのいい土地でも育ち、成長が早く、病害虫にも強いという性質があります。一見、はかなく見えるロシアンオリーブですが、したたかな一面を持っていて、J-PARCの敷地内でも徐々に勢力を拡大しているようです。

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