プレスリリース

2022.01.21

次世代太陽電池材料が高効率性を発揮するメカニズムを解明
- ミュオンによる観測・評価法を活用、より高効率で低コストの材料開発へ期待 -

大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
J-PARCセンター

 

本研究成果のポイント

  ✣ 高性能かつ安価な次世代太陽電池材料として有望なヨウ化鉛メチルアンモニウム (CH3NH3PbI3) について、高効率性と結晶中のジャングルジム構造に閉じ込められた有機分子の回転運動との相関を発見。

  ✣ 固体内の有機分子の運動を観測する新手法として、ミュオンを用いた観測法の有効性を実証。

  ✣ 次世代太陽電池や光情報処理デバイスのさらなる性能向上につながると期待。

概 要

  高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 ミュオン科学研究系の幸田章宏准教授、門野良典教授、平石雅俊特任助教、岡部博孝特任助教、ヴァージニア大学のKatelyn A. Dagnall博士課程学生、Joshua J. Choi准教授、Seung-Hun Lee教授らの研究グループは、大強度陽子加速器施設(J-PARC)物質・生命科学実験施設 (MLF) (注1) の汎用µSR実験装置 (ARTEMIS) を用いて、次世代太陽電池材料として有望視される有機無機ハイブリッドペロブスカイト系化合物 (注2) の典型物質であるヨウ化鉛メチルアンモニウム (CH3NH3PbI3) について、その高い光電変換効率 (注3) と結晶中の有機分子の運動との間に明確な相関があることを明らかにしました。

  今回、研究グループはCH3NH3PbI3結晶中のジャングルジム構造に閉じ込められた有機分子の運動を、汎用µSR実験装置を用いて観測しました。

  観測の結果、本物質では、温度上昇に伴い、熱励起 (注4) により有機分子の回転が速くなると、光電変換効率の起源とされる電荷キャリア (注5) 寿命が短くなることが分かりました。有機分子の自由な回転運動の速さが適度に抑制されていることが、本物質の長い電荷キャリア寿命に重要であることが示されました。

  本成果は固体内分子の運動の観測にµSRが活用できることを初めて実証した例であり、この手法が高効率で安価な次世代太陽電池や光情報処理デバイスの開発に貢献すると期待されます。

  この研究成果は、米国科学雑誌Proceedings of National Academy of Sciences of the United States of America (米国科学アカデミー紀要、1月25日付) にてオンライン公開されました。

背 景

  近年、持続可能・再生可能なエネルギー源として太陽光発電に注目が集まっています。次世代太陽電池材料として有望視されている材料の一つが、ペロブスカイト格子という「ジャングルジム」の中に低対称な形状の有機分子を閉じ込めた特徴的な構造を有する有機無機ハイブリッドペロブスカイト系化合物です (図1) 。ペロブスカイト系太陽電池の最高効率は25%以上と非常に高効率なことに加え、簡便な溶液処理法や印刷技術の応用で製造できるため、現在の商用太陽電池よりもはるかに低コストで生産でき、実用化すれば安価に供給することが可能となります。

  有機無機ハイブリッドペロブスカイトの高効率性の起源は、結晶中で電気エネルギーを運ぶ電荷キャリアが長寿命であることと考えられています。しかし、有機無機ハイブリッドペロブスカイトにおける長い電荷キャリア寿命の背景にある原子レベルでのメカニズム、特に結晶中の有機分子の挙動との関係は明らかになっていませんでした。

  そこで、代表的な有機無機ハイブリッドペロブスカイトであるCH3NH3PbI3について、高効率性を実現するミクロな仕組みを解明することを目的に研究を行いました。

研究内容と成果

  研究グループはまず、キャリア寿命がマイクロ秒の時間スケールをもつ点に着目しました。この時間スケールで起こる現象は、ミュオンスピン回転 (µSR) 法 (注6) が得意とする観測対象であることから、ミュオンを用いて物質の磁気的性質を探る汎用µSR実験装置を用いて研究を行いました。

  研究グループは、温度上昇に伴うCH3NH3PbI3のジャングルジム構造と、ミュオン偏極率 (注7) の変化を調べました。ミュオン生成時はスピンの向きは揃っていますが (偏極率100%) 、周囲の原子核の核磁気モーメントからの磁場の影響で偏極が緩和 (減衰) していきます。

  図2aは緩和率の温度変化を示しています。80 Kくらいから緩和率が急激に低下しているのは、熱励起によりメチルアンモニウム分子の回転運動が速くなって、分子中の原子核の核磁気モーメントからの磁場の変化が速くなり、ミュオンのスピンがそれに追随して緩和できなくなるためと考えられます。120 Kくらいから、緩和率の低下が一旦、上昇に転じて、190 Kくらいで再び低下するようになります。CH3NH3PbI3は、162 Kで斜方晶から正方晶へと構造相転移が起こることが知られています。これに伴い、メチルアンモニウム分子と結晶格子との間の摩擦が大きくなるため、メチルアンモニウム分子の回転の高速化が一旦抑制され、さらに温度が上がると再び回転が高速化することを示す観測結果と解釈できます。

  このミュオンスピン緩和率の温度変化をキャリア寿命の温度変化と比べると、図3のように両者の間に非常に強い相関が見られます。この理由は、次のように推測されます。

  メチルアンモニウム分子は非対称な形をしているため電気双極子 (注8) を持つので、キャリアの電荷が作る電場勾配の方向に揃う方がエネルギーが下がります。μSR測定において偏極率が減衰する度合いは、ミュオンが感じるメチルアンモニウム分子からの磁場 (核磁気モーメントに由来) が回転運動によって揺らぐ速さで決まります。ミュオンスピンがこの揺らぎに追随できる程度の速さのときには (=ミュオンスピン緩和率が大きい場合=図2b「slow-rotating」の場合) 、メチルアンモニウム分子は電荷キャリアがつくる電場勾配に応答して動くことができると考えられます。結果、キャリアの電荷は遮蔽され、価電子帯の正孔からのクーロン引力を感じにくくなり、正孔との再結合による消滅を免れる、つまりキャリアの寿命が伸びます (図4上段) 。

  一方、メチルアンモニウム分子中の原子核の核磁気モーメントからの磁場の変化が速くなり、ミュオンのスピンがその変化に追随して緩和できないほどメチルアンモニウム分子の回転運動が速いときは(=ミュオンスピン緩和率が小さい場合=図2b「fast-rotating」の場合) 、メチルアンモニウム分子の電荷キャリアへの応答運動もかき乱されてできなくなり、電荷キャリア寿命を短くすると考えられます (図4下段) 。こうしたメカニズムにより、ミュオンスピン緩和率が大きい場合にキャリア寿命が長くなるという相関が生まれると推測されます。

  つまり、電荷キャリアの長寿命化には、メチルアンモニウム分子の回転が適度な速さに抑制されていることが重要です。今回の測定で、格子の結晶構造が変わる162 Kよりもはるかに低温の80 Kくらいまで温度が上がるとメチルアンモニウム分子の回転が活性化し始め、キャリア寿命が短くなるということも分かりました。

  有機分子の回転運動とキャリア寿命の関係が分かってきたことは、今後のさらなる研究によりキャリアの寿命を延ばし、高効率化を実現する可能性があること示しており、太陽電池の性能向上につながる重要な知見です。また、本研究は、このメチルアンモニウムの回転運動を観測する手段として、これまで固体内の分子の運動を観測する手段としては使われてこなかったミュオンスピン回転法を用いた初の例であり、その有用性を示したという点でも非常に意義深いと言えます。

  本研究は、文部科学省の「元素戦略プロジェクト< 研究拠点形成型 >」 (助成番号:JPMXP0112101001) 、文部科学省JSPS科研費 (No.19K15033) 、米国U.S. Department of Energy, Office of Science, Office of Basic Energy Sciences (Award Number DE-SC0016144) の支援により行われました。ミュオンスピン回転の実験は、KEK物質構造科学研究所による大学間共同研究プログラム (課題番号399 2017MI21, 2018B0075) の支援のもと行われました。

論文名 「Organic molecular dynamics and charge-carrier lifetime in lead iodide perovskite MAPbI3
(日本語名:ヨウ化鉛ペロブスカイトMAPbI3における有機分子の運動と電荷キャリア寿命)」
雑誌名 「Proceedings of National Academy of Sciences of the United States of America (米国科学アカデミー紀要) 」第119巻、第4号、e2115812119
DOI 10.1073/pnas.2115812119

本研究の意義、今後への期待

  本研究では、有機無機ハイブリッドペロブスカイトの代表的な物質であるヨウ化鉛メチルアンモニウムについて、その高効率性の指標となる電荷キャリア寿命と、構造上の特徴である有機分子のふるまいとの関係を明らかにしました。また、ミュオンスピン回転法が固体中の分子の運動を観測するために有用であることを実証しました。

  これらの知見は、固体中の分子の運動について、ミュオンスピン回転による観測を活用する第一歩であると同時に、次世代太陽電池材料の性能向上への手がかりとなるもので、より高効率で安価な太陽電池材料や光情報デバイスの開発につながると期待されます。

参考図

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図1 代表的な有機無機ハイブリッドペロブスカイトであるCH3NH3PbI3の結晶構造。鉛とヨウ素でできたジャングルジム中にメチルアンモニウム (CH3NH3) が存在し回転運動している。

a)

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b)

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図2a) CH3NH3PbI3の温度変化とミュオンスピン緩和率。発生したミュオンは100%偏極しているが、磁場にさらされることによって偏極率が下がる。これを緩和という。緩和率が高いと偏極率は低くなる。メチルアンモニウム (CH3NH3) は80Kでミュオン偏極率が急激に低下している。緑の点線はメチルアンモニウムが動かないとした時の理論値。実験値は理論値よりも低い値を取っている。これはメチルアンモニウムの回転が速くなると、原子核由来の磁場が動的に平均化されてミュオンが感じる磁場が弱くなり、偏極率が高いまま保たれるからである。その様子を表した模式図をb) に示す。

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図3 ミュオンスピン緩和率とキャリア寿命の温度変化。紫色丸はキャリア寿命、破線は緩和率を表す。両者の間に非常に強い相関があるのが見て取れる。

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図4 Aは歪んだジャングルジム構造によってメチルアンモニウムの運動が阻害されている様子を表した図で、Bは歪みのないジャングルジム構造によりメチルアンモニウムが自由に回転運動している様子を表した図。A1, B1光照射、A2, B2電荷キャリア (電子) 誕生、A3適度に運動するメチルアンモニウムにより守られるキャリア、B3メチルアンモニウムが自由に運動するため、キャリアが守られず消失する。

お問い合せ先

< 研究内容に関すること >

大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
物質構造科学研究所 (教授) 門野 良典
Tel:029 -284 -4896
E-mail:ryosuke.kadono[at]kek.jp
 

< 報道担当 >

大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
広報室長 引野 肇
Tel:029 -879 -6047
Fax:029 -879 -6049
E-mai:press[at]kek.jp
 
J-PARCセンター
広報セクションリーダー 関田 純子
Tel:029 -284 -4578
E-mai:pr-section[at]j-parc.jp
 

  ※上記の[at]は@に置き換えてください。

 

用語解説

 注1:大強度陽子加速器施設 (J-PARC) 物質・生命科学実験施設 (MLF)
  高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が茨城県東海村で共同運営している大型研究施設で、素粒子物理学、原子核物理学、物性物理学、化学、材料科学、生物学などの学術的な研究から産業分野への応用研究まで、広範囲の分野での世界最先端の研究が行われている。J-PARC内の物質・生命科学実験施設では、世界最高強度のミュオン及び中性子ビームを用いた研究が行われており、世界中から研究者が集まっている。

 注2:有機無機ハイブリッドペロブスカイト系化合物
  ペロブスカイト構造と呼ばれるジャングルジム型の結晶構造を持つ有機−無機ハイブリッド材料。一般的な化学物質を用いて塗布作製が可能であることから安価で大量生産が可能。作製された薄膜は軽い上に曲げることもできる。

 注3 光電変換効率
  太陽光から電気を生み出す際の効率。一般的な材料では20%以下であることが多い。

 注4:熱励起
  外部から熱エネルギーを与えられることによって、元のエネルギーの低い安定した状態からエネルギーの高い状態に移ること。

 注5:電荷キャリア
  電荷を運ぶ担い手のこと。CH3NH3PbI3の場合の電荷キャリアは、外部からの光によって価電子帯から励起された電子。

 注6:ミュオンスピン回転(μSR)法
  加速器施設で生成するスピン (自転軸) が100%揃ったミュオンを試料に注入・停止し、その崩壊現象を利用してスピンの向きの時間変化を測定することで、試料中の磁場の大きさやゆらぎを観測する手法。ミュオンスピン回転/緩和/共鳴法の総称。ミュオンは試料中の磁場に影響を受けてそのスピンが歳差運動し (自転軸の回転運動、傾いたコマの首振り運動に相当) 、平均2.2マイクロ秒で崩壊する。このときにスピンの方向に陽電子を放出することから、陽電子の放出方向を観測することで試料中の磁場を間接的に知ることができる。

 注7:偏極率
  スピン (量子力学的な自転) の向きの揃い具合のこと。上向きのスピンと下向きのスピンの数の違いによって示される。ミュオン生成時は偏極率100%で、磁場の影響を受けると偏極率が下がる。

 注8:電気双極子
  分子において正電荷 (原子核) の空間分布の中心と負電荷 (電子) のそれが一致しない場合、その分子は電気双極子を持つ。例えばメチルアンモニウム分子では、炭素と窒素の周りで電子分布が非対称になるため電気双極子を持つ。

 

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