プレスリリース

2024.05.29

世界最高のプロトン伝導度を示す完全水和した酸化物を発見
- 中低温で高性能な燃料電池につながる新しい材料設計戦略 -

東京工業大学
高エネルギー加速器研究機構
J-PARCセンター

要点

  ✣ 中低温で世界最高のプロトン伝導度を示す新物質BaSc0.8W0.2O2.8を発見。
  ✣ 高いプロトン伝導度の要因をプロトン濃度と拡散係数の観点から解明。
  ✣ 中低温で高性能なプロトンセラミック燃料電池(PCFC)などの開発に期待。

概要

  東京工業大学 理学院 化学系の齊藤馨大学院生、梅田健成大学院生、藤井孝太郎助教、八島正知教授らの研究グループは、従来とは全く異なる新しい材料設計戦略により、中低温域で世界最高のプロトン(H+、水素イオン)伝導度(用語1)を示す新物質BaSc0.8W0.2O2.8(用語2)を発見した。さらに、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の森一広教授と共同で測定した中性子回折(用語3)データを用いた結晶構造解析と理論計算から、新物質の高プロトン伝導度の要因を明らかにした。

  現在実用化されている固体酸化物形燃料電池(SOFC)は動作温度が高いため、中低温(50~500℃)で高いプロトン伝導度を示す材料を用いたプロトンセラミック燃料電池(PCFC)の開発が期待されている。プロトン伝導体(用語4)のプロトン伝導度はプロトン濃度とプロトン拡散係数の積に比例するが、従来の設計戦略であるアクセプタードーピング(用語5)では、プロトン濃度とプロトン拡散係数が低くなるという課題があった。

  一方、八島教授らの研究グループは最近、本質的な酸素空孔(用語6)を持つ酸化物BaScO2.5へのMo6+ドナードーピング(用語7)により、中低温で世界最高のプロトン伝導度を持つBaSc0.8Mo0.2O2.8(用語8)を発見した。しかしこの材料は、水の取り込み率(用語9)が100%ではなく、伝導度をさらに向上させる余地があった。

  本研究では、同じBaScO2.5にMo6+よりサイズが大きいW6+ドナーをドーピングすることで、中低温で高プロトン伝導を示す新物質BaSc0.8W0.2O2.8を発見した。さらに、中性子回折データを用いた結晶構造解析と第一原理分子動力学シミュレーション(用語10)により、この物質の高いプロトン伝導度の要因は、(1)大量の酸素空孔と完全水和による高いプロトン濃度、(2)プロトントラッピング(用語11)の減少による低い活性化エネルギー(用語12)が原因の高い拡散係数にあることを明らかにした。

  本研究成果は2024年5月3日(英国時間)に英国の王立化学会の学術誌「Journal of Materials Chemistry A」に掲載された。

背景

  プロトン伝導体はプロトン(H+、水素イオン)が伝導する物質であり、プロトン(伝導性)セラミック燃料電池(PCFC)や水素ポンプ、水素センサーなど、さまざまな電気化学デバイスへの応用が可能なクリーンエネルギー材料として注目されている。一般的に酸化物イオン(O2-)に比べてイオン半径と酸化数が小さいプロトンは、拡散のエネルギー障壁が低く、低温で酸化物イオンよりも高い電気伝導度を示す。そのため、PCFCではプロトン伝導体を電解質として用いることで、酸化物イオン伝導体を固体電解質に用いた従来の固体酸化物形燃料電池(SOFC)と比べて、作動温度を低くできると期待されている。

  一般的にプロトン伝導は、水和により取り込まれたH2OのOが酸素空孔を充填し、生成したプロトンが材料中を拡散することで発現する。そのため、高いプロトン伝導度を実現するには、アクセプタードーピングにより、結晶構造内に酸素空孔を導入する必要がある。しかしアクセプタードーピングでは、有効電荷がマイナスであるアクセプターによってプロトンが捕捉されてしまう、プロトントラッピングという現象が起き、活性化エネルギーが高くなるため、中低温(50〜500℃)でのプロトンの拡散係数が低くなってしまう。さらに、アクセプタードーピングにより創製されたプロトン伝導体は、一般に酸素空孔量が少なく、結果としてプロトン濃度が低いという問題もある。プロトン伝導度はプロトン濃度と拡散係数の積に比例する。そのため、プロトントラッピングを減少させて拡散係数を向上し、酸素空孔量を増やしてプロトン濃度を高くすれば、中低温で高いプロトン伝導度が期待できる。

  八島教授らの研究グループは以前の研究で、本質的な酸素空孔を持つ材料であるBa2LuAlO5などが、ドーピングを行わなくても中低温で高いプロトン伝導度を示すことを報告した。さらに最近では、本質的な酸素空孔へのドナードーピングによってプロトントラッピングを減少させることで、中低温で世界最高のプロトン伝導度を示す酸化物BaSc0.8Mo0.2O2.8を発見した。しかし、この材料では水の取り込み率が100%ではないことから、ドナードーピングにより創製された酸化物を完全水和させれば、プロトン濃度を向上させて、さらに高い伝導度を達成できると期待されていた。

研究成果

  本研究では、不規則配列した本質的な酸素空孔(用語13)を持つ母物質であるBaScO2.5に、ドナーとしてW6+を添加した。BaScO2.5に着目した理由は、Mo6+ドナーを添加すると高いプロトン伝導度を示すことが報告されているためである。またW6+を選択した理由は、(1) W6+がMo6+と同じ酸化数+6を持ち、Mo6+と同様ドナーになりうること、(2)W6+を含むいくつかの酸化物が顕著なプロトン伝導性を示すことである。その結果として、新物質BaSc0.8W0.2O2.8を発見することができた。

  研究グループは、固相反応法により立方ペロブスカイト型(用語14)BaSc0.8W0.2O2.8試料を合成した。この試料は、H2O空気中とD2O空気中で測定した電気伝導度の比が、古典論に基づいた同位体効果の理想値1.41に近かった。また広い酸素分圧P (O2) 域において、電気伝導度がP (O2) に依存しないため、電子伝導が無視でき、化学的・電気的安定性も高いことが分かった。さらにプロトンの輸率(用語15)を見積もったところ、1に近いことが分かった。これらの結果は、BaSc0.8W0.2O2.8においてプロトンが支配的な伝導種であることを示している。

  湿潤(H2O)空気中で測定した交流インピーダンスデータを用いてBaSc0.8W0.2O2.8のバルク(粒内の)伝導度を見積もったところ、代表的なプロトン伝導体であるBaZr0.8Y0.2O2.9より235℃で10倍高く、さらに235℃以上で0.01 S cm−1を超える世界最高のプロトン伝導度を示した(図1a)。この高いプロトン伝導度は、後述するように、高いプロトン濃度と高いプロトンの拡散係数に起因する。

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図 1(a)BaSc0.8W0.2O2.8と代表的なプロトン伝導体のプロトン伝導度の比較。(b)BaSc0.8W0.2O2.8と代表的なプロトン伝導体の酸素空孔量、水の取り込み率とプロトン濃度yの比較。(© Royal Society of Chemistry)

  さらにBaSc0.8W0.2O2.8は、二酸化炭素中および水素中でアニールしても分解しなかったことから、高い化学的安定性を示すことが分かった。こうした高いプロトン伝導度、高い化学的安定性、高い化学的・電気的安定性および高いプロトン輸率は、BaSc0.8W0.2O2.8が優れたプロトン伝導体であることを示している。

  こうした高いバルクプロトン伝導度の要因を、プロトン濃度と拡散係数に分けて検討した。まず、プロトン濃度を熱重量分析によって見積もったところ、他のプロトン伝導体に比べて高いことが分かった(図1a)。さらにこのプロトン濃度は、重水置換したBaSc0.8W0.2O2.8の中性子回折データ(−243℃で測定)を解析することで得られたプロトン濃度とよく一致し、バルクに水が取り込まれていることが確認された。この新物質BaSc0.8W0.2O2.8は、既報のプロトン伝導体に比べ酸素空孔量が多く、さらに完全水和(水の取り込み率: 1.0)していることが高いプロトン濃度の要因であることが分かった(図1b)。また、BaSc1−xMxO3−δ (M = Mo, W)において水の取り込み率は格子体積とともに増加していることも見出した。このことから、BaSc0.8W0.2O2.8の水の取り込み率がBaSc0.8Mo0.2O2.8に比べて高いのは、BaSc0.8W0.2O2.8の格子体積が大きいことに起因すると考えられる。大きい格子体積の理由は、W6+ドナーのイオン半径がMo6+と比べて大きいためだと思われる。

  次に拡散係数を、バルクプロトン伝導度およびプロトン濃度から見積もった。この拡散係数から求めた活性化エネルギーは、従来のアクセプターをドープしたプロトン伝導体に比べて低いことから、W6+ドナーとプロトンの反発により、プロトントラッピングが軽減されていることが示唆された。そこでドナーとプロトンの反発を調べるために,第一原理分子動力学シミュレーションを行った。その結果として得られたプロトンの確率密度分布とプロトンの軌跡から、プロトンはW6+周りには存在せず、Sc3+周りのみに存在しており、W6+ドナーとプロトンの反発が生じていることが示された。このBaSc0.8W0.2O2.8の低い活性化エネルギーによる高い拡散係数は、中低温における高いプロトン伝導度の要因の一つである。

社会的インパクト

  本研究では、世界最高のプロトン伝導度を示す新物質BaSc0.8W0.2O2.8を発見した。中低温で最高のプロトン伝導度、高い化学的・電気的安定性、および高いプロトン輸率を示すBaSc0.8W0.2O2.8を電解質に用いることで、中低温で高性能なプロトンセラミック燃料電池(PCFC)を作製できる。このPCFCには、(1)高価な白金が不要、(2)耐熱材料も不要、(3)燃料電池の高速作動が可能、という利点が期待される。BaSc0.8W0.2O2.8は、高性能燃料電池のほかにも、ポンプや水素センサーなどへの応用が見込まれている。これらの点から、本研究の成果には、持続可能な社会の実現に貢献し、エネルギー・環境問題を解決するという社会的インパクトがあるといえる。

今後の展開

  新材料BaSc0.8W0.2O2.8は、従来のプロトン伝導体の設計戦略である「アクセプタードーピング」とは異なる、「不規則配列した本質的な酸素空孔を持つペロブスカイト型酸化物へのドナードーピングと完全水和」という新戦略により発見された。さらに、BaSc0.8W0.2O2.8が世界最高のプロトン伝導度を示したことは、インパクトの大きい成果だといえる。本質的な酸素空孔を持つ材料は多数あるため、今後はBaScO2.5などの本質的な酸素空孔を持つ材料の研究開発が活発になると考えられる。また、BaSc0.8W0.2O2.8を用いた電気化学デバイスの開発もなされるだろう。

付記

  本研究の一部は、JSPS科学研究費助成事業 挑戦的研究(開拓)「本質的な酸素空孔層による新型プロトン・イオン伝導体の探索」(JP21K18182)、JSPS科学研究費助成事業 基盤研究(A)「新構造型イオン伝導体の創製と構造物性」(JP19H00821)、JSPS科学研究費助成事業 特別研究員奨励費(JP23KJ0953)、JSPS科学研究費助成事業基盤研究(C)「金属酸ハロゲン化物の新規酸化物イオン伝導体創出と構造科学」(JP23K04887)、JSPS科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A)「構造解析による超セラミックスの機能発現メカニズム解明」(JP23H04618)、JSPS科学研究費助成事業基盤研究(S)「Norbyギャップ内の高イオン伝導体の創製」(JP24H00041)、JST 先端国際共同研究推進事業(ASPIRE)JPMJAP2308、JST研究成果展開事業研究成果最適展開支援プログラム A-STEP 産学共同(JPMJTR22TC)、JSPS研究拠点形成事業(A.先端拠点形成型)「エネルギー変換を目指した複合アニオン国際研究拠点」等の助成を受けて行われた。中性子回折実験は大強度陽子加速器施設 物質・生命科学実験施設 BL09 SPICA(課題番号:2020L0801, 2020L0802, 2020L0804)により実施した。

用語説明

(1)プロトン伝導度
  プロトンが伝導することによる電気伝導度。

(2)BaSc0.8W0.2O2.8
  バリウム、スカンジウム、タングステンおよび酸素から構成される酸化物。本質的な酸素空孔を持つ母物質BaScO2.5において、Scの一部をWで置換した酸化物である。今回合成したBaSc0.8W0.2O2.8が水和すると、化学組成はBaSc0.8W0.2O2.8·x H2O=BaSc0.8W0.2O2.8−x(OH)2x (0<x≦0.2)となり、OHの形で水が取り込まれる。

(3)中性子回折
  中性子による回折。重元素と、酸素などの軽元素の両方を含む物質では、軽元素の中性子散乱コントラストがX線散乱コントラストと比べて相対的に高いことが多い。そのため、X線回折ではなく中性子回折データを用いた構造解析によって、軽元素の原子の原子座標、占有率と原子変位パラメータを正確に決めることができる。本研究ではKEKとJAEAが共同運営する大強度陽子加速器施設J-PARCの特殊環境中性子回折装置 SPICAを用いた。

(4)プロトン伝導体
  外部電場を印加したときにプロトンが伝導する物質。プロトン伝導体には、純プロトン伝導体やプロトン-電子混合伝導体などがある。

(5)アクセプタードーピング
  あるホスト化合物に含まれる陽イオンよりも価数の低い陽イオン(アクセプター)をドープすること。例えば、 Zr4+より価数の低いY3+をBaZrO3にドープするのがアクセプタードーピングである。アクセプタードーピングにより、電気的中性を保つために酸素空孔(結晶中の酸素が存在しうる席で原子が欠けている所)が形成される。水和では、この酸素空孔に水蒸気(H2O)のO原子が取り込まれ、酸化物中にプロトン(H+)が導入される。

(6)本質的な酸素空孔
  化学置換を行っていない母物質に存在する酸素空孔。例えば蛍石型Bi2O3は本質的な酸素空孔□を使ってBi2O3□と書くことができる。本研究で発見したBaSc0.8Mo0.2O2.8の母物質BaScO2.5はBaScO2.50.5と書くことができる。本質的な酸素空孔を持つ酸化物はプロトン伝導体あるいは酸化物イオン伝導体として注目されており、本質的な酸素空孔を持つイオン伝導体は新しい研究分野である。

(7)ドナードーピング
  あるホスト化合物に含まれる陽イオンよりも、価数の高い陽イオン(ドナー)をドープすること。ドナーは、ホストカチオンに比べて価数が大きいので、有効電荷がプラスとなり、プロトンをトラップしないと期待される。

(8)BaSc0.8Mo0.2O2.8
  バリウム、スカンジウム、モリブデンおよび酸素から構成される酸化物。本質的な酸素空孔を持つ母物質BaScO2.5においてScの一部をMoにより置換した酸化物である。

(9)水の取り込み率
  酸素空孔量に対する、水和した水の量の割合。

(10)第一原理分子動力学シミュレーション
  実験データなどの経験パラメータを用いずに、原子の種類と数と初期配置から量子力学に基づいて電子状態を計算することで、原子間に働く力を見積もり、物質における原子の運動や物質の性質を調べるシミュレーション。

(11)プロトントラッピング
  プロトンが材料のある場所付近に捕捉されること。アクセプターをドープしたプロトン伝導体では、アクセプターはホストカチオンに比べて価数が小さいので、アクセプターの有効電荷はマイナスであり、静電引力によりプロトンをトラップ(捕捉)する。

(12)活性化エネルギー
  イオン伝導度σはσT = A exp(-Ea/kT) あるいはσ = A exp(-Ea/kT) のように表される。ここでTは絶対温度、Eaがイオン伝導度に対する活性化エネルギー、kはBoltzmann定数である。活性化エネルギーが低いと低温でのイオン伝導度が高くなるので、活性化エネルギーが低い材料がより優れていると考えられる。

(13)不規則配列した本質的な酸素空孔
  BaLuAlO5の結晶構造は、酸素空孔層と酸素が充填した層を持つので、酸素空孔が規則的に配列していると見なせる。一方、本研究で報告したBaSc0.8Mo0.2O2.8では酸素空孔が不規則に配列していると見なせる。なお「不規則配列した本質的な酸素空孔」は"disordered intrinsic oxygen vacancies"の訳である。

(14)ペロブスカイト型
  鉱物ペロブスカイトCaTiO3の結晶構造と同じあるいは類似した結晶構造を、総称してペロブスカイト型構造と呼ぶ。

(15)プロトンの輸率
  プロトンの輸率は全電気伝導度に対するプロトン伝導度の割合である。プロトン輸率が1に近いとプロトンが支配的なキャリアであることを示している。PCFCの電解質の輸率は1に近い方が望ましい。

論文情報

掲載誌 Journal of Materials Chemistry A
論文タイトル High Proton Conduction by Full Hydration in Highly Oxygen Deficient Perovskite (多量に酸素欠損したペロブスカイトの完全水和による高プロトン伝導)
著者 Kei Saito(齊藤馨 東京工業大学・大学院生), Kensei Umeda(梅田健成 東京工業大学・大学院生), Kotaro Fujii(藤井孝太郎 東京工業大学・助教), Kazuhiro Mori(森一広 KEK・教授, 総合研究大学院大学, 茨城大学), Masatomo Yashima*(八島正知 東京工業大学・教授)
* Corresponding author
DOI 10.1039/D4TA01978D

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