トピックス

2022.07.29

J-PARC News 第207号

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■高エネルギー加速器科学研究奨励会奨励賞西川賞を受賞

 物質・生命科学ディビジョンの下村浩一郎氏、西村昇一郎氏及び神田聡太郎氏らは、2021年度高エネルギー加速器科学研究奨励会奨励賞の一つである西川賞を受賞しました。この賞は、高エネルギー加速器や加速器利用に関する実験装置の研究において、独創性に優れ、国際的にも評価の高い業績を上げた研究者や技術者に贈られるものです。今回の受賞対象となった研究は「ミュオニウム超微細構造精密測定におけるラビ振動分光の研究」で、原子分光分野における新しい「ラビ振動分光」と呼ばれる新たな手法を開発・実証しました。この結果、J-PARCでミュオン(µ+粒子)と電子からなるミュオニウムの共鳴周波数の測定精度を一桁凌駕する結果が得られました。この成果が世界をリードする成果であるとともに、今後J-PARCの性能が増強され、ミュオン利用のさらなる発展に貢献できる成果であると認められました。
詳しくは2021年8月10日のプレス発表をご覧下さい。 https://j-parc.jp/c/press-release/2021/08/10000733.html

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■プレス発表

(1)ミュオンをつくるため、黒鉛円板は回り続ける-日本とスイスの国際協力による挑戦-(5月20日)

 KEK物質構造科学研究所では、J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)で陽子ビームを黒鉛製の標的に照射することによって世界最高の質と強度を誇るミュオンビームを生成し、物質生命科学や基礎物理の研究を進めています。
 この標的は2008年の運転当初、円板状の黒鉛に陽子ビームを当て、円板の周囲を冷却する固定方式を採用していました。しかし、この方式ではビーム照射による損傷がビームの当たる円板の中心に集中し、標的が1年で破損する恐れがありました。そこでスイスのポールシェラー研究所(PSI)で使用していた陽子ビーム照射位置を固定したままリング状の黒鉛を回す回転標的の採用を検討しましたが、回転体を支える軸受けの寿命が短く、短期間で故障が発生する可能性がある事が分かりました。
 そのため、J-PARCのMLFでは、照射の影響を受けにくい二硫化タングステン固体潤滑剤を用いた軸受けを採用した標的を開発しました。このJ-PARC版の回転標的1号機は2014年から5年間の安定した連続運転を達成し、2019年に交換された2号機ではビーム強度が徐々に増強する中で、現在に至るまでビーム強度0.83MWでの運転を実現しています。この方式はPSIにも採用され、1年間の安定な連続運転を達成しています。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2022/05/20000960.html

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(2)タンパク質の立体構造解析に新たなモデルを提唱
 -より正確な立体構造の観測や予測を実現!生命科学研究の進展に寄与-(5月27日)

 量子科学技術研究開発機構、京都大学、茨城大学の研究グループは、中性子結晶構造解析により、光合成の電子伝達を担う鉄イオウタンパク質(HiPIP)の全原子構造を世界で初めて決定することに成功しました。
 生命活動の中心的役割を担うタンパク質は、数十から数万のアミノ酸がペプチド結合により鎖状につながり、折り畳まれることで作られています。一般にペプチド結合は平面構造が最も安定とされています。タンパク質分子中のペプチド結合もすべて同じ平面構造であるとの仮定の下で、これまではタンパク質の構造が議論されてきました。しかし、X線結晶構造解析だけでは水素の位置を高精度で決めることができなかったため、その仮定を実際に確かめた研究例はありませんでした。
 研究グループは、X線結晶構造解析に水素原子の観察に優れる中性子結晶構造解析を組み合わせることで、この問題に取り組みました。HiPIPの高品質な大型結晶を作製し、J-PARCのMLFに設置された茨城県生命物質構造解析装置「iBIX」にて中性子回析データを収集し、1.2Å分解能という高い解像度でHiPIPの全原子の立体構造を決定することができました。その結果、ペプチド結合は周囲の環境によって多様な構造をしていることを世界で初めて明らかにし、ペプチド結合の新たなモデルを提唱しました。今回のモデルを用いて構造解析することで、他の多くのタンパク質の精密な立体構造の決定にも役に立ちます。この成果は、医学、薬学、工学分野において幅広く応用されることが期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。https://j-parc.jp/c/press-release/2022/05/27000964.html

 

 

■令和4年度 中性子産業利用報告会を開催(7月14、15日)

 MLFの産業利用の取り組みを振り返り、今後の方向性を示すため、J-PARCセンター、 茨城県、CROSS、中性子産業利用推進協議会の4者が2017年から「J-PARC MLF産業利用報告会」を主催してきました。今回からJAEAのJRR-3も主催者に加わり、「中性子産業利用報告会」に名称を変更して行われることになりました。今年度は東京の秋葉原コンベンションホールで開催し、2日間で141名の方々に現地でご参加いただきました(Webのみでのご参加は159名)。昨年度行われた産業界が望むもの、施設側で提供できる技術の紹介に加え、新たにMLF、JRR-3で始動した共同研究の成果を示したほか、カーボンニュートラル、DXなど、社会から求められている課題解決への取り組み、貢献についての紹介もありました。これらに対し、人材育成や教育等に係わる多くの質問、コメントが寄せられました。

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■J-PARCハローサイエンス「加速器を使ったがん治療(BNCT)」(6月24日)

 6月のハローサイエンスも、AYA'S LABORATORY量子ビーム研究センター(AQBRC)においてオンライン併用で実施し、J-PARC副センター長の内藤富士雄氏が講師を務めました。
 日本人の死亡原因のうち、がんは全体の約4分の1を占めています。治療法は、外科手術や化学療法、放射線照射などがありますが、様々な副作用が現れています。今回のテーマであるBNCT(ホウ素中性子捕捉療法=がん細胞だけに集積する性質のホウ素薬剤に中性子を照射してがん細胞を破壊する)も放射線治療の一種です。ピンポイントで治療ができ、短時間かつ1回の照射でよいことや難治がんにも有効であるといった強力な新治療法として注目されています。これまでのBNCTは原子炉を用いており、研究のみで治療ができないことや病院に併設できないことなど様々な制約や課題がありました。そこで、KEKと筑波大学はつくば市、茨城県そして民間企業と共同で、病院内に設置可能な小型加速器を用いた装置の研究開発を進めてきました。そして小型加速器の開発に際し、J-PARCの大強度の線形加速器(リニアック)の技術的知見を応用して「いばらき中性子医療研究センター(東海村白方)」に全長約6メートルのリニアックを含む治療装置「茨城BNCT(iBNCT)」を建設しました。その後、模擬人体等での実験を経て、現在はマウスや細胞を用いた非臨床試験を行っています。
 今回は一般のお客様に加え医療分野からも計50名もの参加をいただき、終了後も熱心な質問が寄せられ、関心の高さが伺えました。

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■ご視察者など

 7月13日 田中英之 文部科学副大臣 他

 

 

■J-PARCオンライン施設公開2022のお知らせ(8月27日 10:00~)

 8月27日(土)に「J-PARCオンライン施設公開2022-オンラインでしか入れない!? J-PARCの最深部大公開!-」を開催します。YouTube、ニコニコ生放送にてライブ配信いたします。実験施設からの実況中継や研究者等によるサイエンストークをお楽しみください。お昼休みにはキッズコーナーもあります。
詳しくはこちらの特設ページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/OPEN_HOUSE/2022/

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J-PARCさんぽ道 ㉕ -静かな盛夏の中で-

 6月27日、関東甲信越地方は観測史上で最も早い梅雨明けを記録しました。それにも関わらず、静まり返った夏が続いています。晴天が続いたのは梅雨明け後1週間だけで、その後は曇りや雨の日が続いています。それにセミが鳴いていません。例年セミの幼虫は梅雨が終わると一斉に地面から這い上がるのですが、あまりにも急で間に合わなかったのでしょう。さらに、新型コロナウイルスの第7波が全国的に猛威を振るいだし、再び外出を控える人もいます。
 そんな中、東海村の花であるスカシユリは元気に咲いています。茎が細いわりに大きな花を咲かせるユリの仲間は花を下向きにつけることが多いのですが、スカシユリの花は真上を向きます。スカシユリはユリの仲間では特に花が大きいわけでなく、強烈な香りを発することもしません。しかしこの花は、鮮やかなオレンジ色の花びらを精いっぱい広げ、高い陽を一身に受けながら輝いています。

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