トピックス

2022.11.25

J-PARC News 第211号

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■J-PARCセンターとESS ERIC(European Spallation Source ERIC、欧州核破砕中性子源有限責任公社)との核破砕中性子源開発分野の協力協定を延長

 2022年6月8日付でJ-PARCセンターとESSの破砕中性子源開発分野の協力協定が延長されました。10月10日に、能化正樹駐スウェーデン日本国大使ご同席のもと、同協定延長を記念する式典がESSのあるスウェーデンのルンド市で開催され、取決め書がJ-PARCセンターの小林センター長とESSのショーバー ディレクターとの間で手交されました。
 現在、米国、日本及び欧州で進められている大強度核破砕中性子源施設の建設、研究開発において、J-PARCセンターとESSは、世界最高クラスの核破砕中性子源の運用などを目的とし、情報や技術の交換、人員派遣などを通じ、協力関係を2012年から維持してきております。今後は、両者のポテンシャルを活かし、本分野での一層の発展を目指します。

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■Yang Min(楊敏)氏が加速器制御の国際ワークショップで若手奨励賞を受賞

 加速器ディビジョン 加速器第六セクションのYang Min氏が、2022年10月にプラハのELI Beamlines研究所で行われた国際ワークショップ (PCaPAC 2022)で、若手奨励賞にあたるIsamu Abe Prizeを受賞しました。
 PCaPACは、加速器制御・データ収集(DAQ)システム分野で低コストな提案や新技術に焦点を当てるワークショップで、若手の登竜門としても知られています。Yang氏の口頭発表「APPLICATIONS OF TIMING READ-BACK SYSTEM IN J-PARC MAIN RING」は、加速器機器を同期するタイミングトリガー信号を監視するRead-back系をJ-PARC MR電源棟に設置し、運用を開始したことを報告するものです。
詳しくはKEKホームページをご覧ください。 https://www2.kek.jp/accl/topics/20221031.html

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■守屋克洋氏が日本物理学会若手奨励賞(ビーム物理領域)を受賞

 加速器ディビジョン 加速器第二セクションの守屋克洋氏が、日本物理学会若手奨励賞(ビーム物理領域)を受賞しました。この賞は将来のビーム物理学を担う優秀な若手研究者の研究を奨励し、当該研究をより活性化する目的で毎年選考されているものです。守屋氏は、加速器における横方向運動を実験的に模擬したS-PODという小型ポールトラップ(LPT)を用いた卓上イオントラップ装置でビーム不安定性の研究を行い、ビーム力学における低次モード共鳴の理解を深めることに貢献しました。この成果は、ビーム物理学に基づいて加速器技術の可能性を拡げるものとなりました。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。https://j-parc.jp/c/topics/2022/11/07001048.html

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■プレス発表

(1)半導体中の中性水素状態の謎を解明
 -実験と理論との有機的な協働による材料中の水素の詳細な理解へ期待-(10月6日)

 水素はあらゆる物質に入り込む普遍的な不純物で、わずかな量でも半導体などの電気特性を大きく左右します。製造プロセスなどで取り込まれるような微量の水素は、多くの場合、結晶格子の隙間に孤立して存在すると考えられますが、そのような孤立水素の不純物としての性質としては依然として未解明な部分があります。特に、孤立水素は理論上、熱平衡状態では正イオン、負イオンいずれか一方しか取れないのに、実験では多くの材料中で中性状態が確認されており、この不一致は基本的な問題として最近特に注目されています。
 ミュオンは物質との相互作用という意味では水素の軽い同位体とみなすことができます。物質科学研究所ミュオン科学研究系グループでは、この問題の解決をめざしてJ-PARCをはじめ世界中で半世紀にわたり蓄積された水素同位体とみなされるミュオンの研究結果の再検討を行いました。そこでは、酸化物半導体中では中性状態が正イオン状態と対になって観測される、というこれまで見過ごされてきた事実に着目して実験結果と理論計算との対応を精査しました。その結果、両者を理論的に予想される準安定なアダプター状態とドナー状態の対に対応すると解釈することで、ほぼ全ての実験結果を体系的に説明できるモデルを構築することに成功しました。このモデルは、実験と理論との有機的な協働による材料中の水素の詳細な理解へ繋がると期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2022/10/06001017.html

 

 

(2)4.3%を超える巨大弾性歪みを示す金属を開発
 -大きな弾性変形の実現で高性能ばね材等への応用に期待-(10月13日)

 東北大学大学院工学研究科のグループは、JAEA、J-PARCセンター、チェコ科学アカデミー、チェコ工科大学、九州大学との共同研究により、4.3%という非常に大きい弾性歪みを持つ金属材料を開発することに成功しました。一般的な実用金属材料の弾性歪みは1%以下であり、その常識を覆す画期的な成果です。小さい力で大きく伸び縮みする性質を活かすことで、人口骨や歯科用材料、高性能ばね等への応用が期待されます。
 今回の開発にあたり、研究グループは「銅-アルミニウム-マンガン合金系」に着目しました。この系の合金は原子配列が整った結晶構造を持ち、特定方向に結晶がよく伸びる又は縮むという特徴があります。そこで、結晶方位と原子配列の規則化の制御を進めたところ、大きいサイズの単結晶材料の開発に成功し、室温での一軸引張試験を行い、4.3%を超える弾性歪みが発現することを確認しました。
 さらに、この弾性変形の挙動を調べるため、J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)の工学材料回折装置「匠」(BL19)で引張試験中のその場中性子回折による構造解析を行いました。その結果、この新たな合金材料の歪みは原子配列が規則化した構造を保ったままで結晶の格子が伸縮することに由来することが分かりました。これは、従来の形状記憶合金に見られる結晶の相の変化による「疑弾性変形」とは異なる言葉どおりの弾性変形であり、繰り返し変形による特性劣化がほとんどないものです。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2022/10/13001019.html

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■J-PARCフォトコンテスト2022を開催

 毎年秋に開催されるJ-PARCフォトコンテストは今年9回目を迎え、J-PARC関係者、ユーザーなどから34作品の応募がありました。受賞作品選考には外部委員2名にもご協力をいただき、厳選なる審査の結果、最優秀賞1点、優秀賞2点、佳作7点が選ばれました。
 最優秀賞作品には、加速器第五セクションの魚田雅彦氏の「四極電磁石ダクト内鏡面反射像はレイトレーシングの夢を見るか」が選出されました。ビーム収束用電磁石の内部の真空ダクトの写真で、「まるで別世界への入り口を想像させる作品で、中心に向かって引き込まれてゆく強いパワーを感じる」という講評を審査委員長よりいただきました。入賞作品は、カレンダー等、J-PARCの広報素材として使用します。

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■J-PARCハローサイエンス「ミューオンで探る宇宙の謎」(10月28日)

 今回のハローサイエンスは、素粒子原子核ディビジョンの三原智氏が講師を務め、ミューオンを使った実験やその性質について紹介しました。
 ミューオンは物質を透過する能力が高いため、浅間山の内部を透視したり、原子に捕獲された際に発する特徴的なX線の波長を調べることで、最近では緒方洪庵の「開かずの薬瓶」の中身の解明や、リュウグウの石の分析にも使われました。素粒子の仲間であるミューオンは、電子より約200倍重く、現在の素粒子の標準模型では、電子とニュートリノ二つに壊れることがわかっています。三原氏が担当するハドロン実験施設でのCOMET(コメット)実験では、J-PARCの大強度陽子加速器によって生み出される大量のミューオンを使って、極めて稀にニュートリノを出さずに電子に変化する現象を探します。このような現象が見つかれば未知の新粒子が存在する証拠になります。宇宙の始まりは高エネルギー状態の中で、存在する物質の全てが素粒子に分解されて自由に飛び回っていました。この状態を正しく理解するためには、標準理論を超える新しい物理法則が必要で、そこでは新粒子が存在するはずと考えられています。つまりCOMET実験での実験結果は宇宙の始まりの謎を解く手がかりになるのです。三原氏は、未知の素粒子を探す旅をユニークな「おつかい」に例え、ミューオンが新粒子の情報をもって戻ってくればこの謎を解く大事な手がかりになると語りました。
※ミュー粒子のことを「ミュオン」または「ミューオン」と表す

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■第7回文理融合シンポジウムを開催(11月2、3日)

 J-PARCのMLFで発生する世界最高強度の負ミュオンビームは文化財の分析にも活用されています。このような人文科学系の文化財科学研究者と自然科学系の量子ビーム研究者による文理融合研究をさらに推進するため、KEK物質構造研究所では毎年「文理融合シンポジウム」を開いています。2019年度から始めた本シンポジウム「量子ビームで歴史を探る-加速器が紡ぐ文理融合の地平-」は、今回第7回としてKEKつくばキャンパスの小林ホールで開催されました。また11月3日には、最近の成果を一般の方にわかりやすく解説するZOOMウェビナー形式の「一般講演会」も行われました。
 本シンポジウムでは、量子ビームを専門とする研究者に加え、非破壊分析に興味を持つ大学や博物館などから考古学や文化財科学の研究者、さらに一般の方々も参加し、参加者数は約70名、口頭発表は23件になりました。また、一般講演会においては、「非破壊分析とは?」「医療文化財の最前線:緒方洪庵の薬箱」が語る世界」「ミュオン非破壊分析で明らかになった小惑星リュウグウの成分」の3講演が最先端の研究者により行われ、約160名の一般の方々が参加されました。

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■第22回青少年のための科学の祭典・日立大会『磁石と電気は仲良し?!』出展(10月23日、日立シビックセンター)

 青少年のための科学の祭典日立大会は、次世代の科学技術を担う人材を育成すべく、地元の大学、高校や多くの企業、団体などの支援を受けて実施されているもので、3年ぶりに対面で開催されました。会場では、魅力あふれる科学実験、工作教室などが数多く出展され、J-PARCのブースでは単極モーターの工作教室を行いました。単極モーターはアルカリ乾電池1個、小さなネオジム磁石、アルミ箔と銅線があれば回る、最もシンプルなモーターです。加速器第四セクションの高柳智弘氏が、銅線が回るしくみをフレミングの左手の法則を交えながら説明しました。さらに、J-PARCの加速器も同じ原理で動いていることをわかりやすく紹介しました。子どもたちは、銅線がうまく回った後も、磁石の極を逆にしたり、銅線の形を変えたりして、楽しそうに実験を続けていました。

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■サクリエ☆スクール「コマの実験で『素粒子』について調べよう!」(11月5日、日立シビックセンター)

 日立シビックセンター科学館(サクリエ)が主催する科学実験教室で、加速器第七セクションの大谷将士氏が講師を務め、磁石を使った実験とともにコマの工作教室を行いました。午前の部では一般応募の8組16名の親子が、午後の部では日本宇宙少年団日立シビックセンター分団に所属する子どもたち17名の参加がありました。まず、磁石と電流の性質を理解するため、磁石の周りに置いた方位磁石の向きと、コイルに電流を流した時の方位磁石の向きを比べました。次に地球ゴマを回したり、自分で作ったコマの重心を変えることで軸の回転が変化する歳差運動を観察し、コマは素粒子が持つスピンの性質と似ていることを学んでもらいました。素粒子のお話は少し難しかったかもしれませんが、子どもたちからは「歳差運動のことを知れて良かった」「地球ゴマがとても楽しかった」「いろいろな発見があった」などの声が聞かれました。

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■ご視察者など

 11月4日 ジョージア工科大学 Gurgenidze David 学長 他

 

 

■加速器運転計画

 12月の運転計画は、次のとおりです。なお、機器の調整状況により変更になる場合があります。

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J-PARCさんぽ道 ㉙ -皆既月食と惑星食-

 11月8日、J-PARC研究棟4階から皆既月食を見ました。この日は天王星が月に隠れる惑星食も同時にありました。皆既月食と惑星食が同時に起きたのは442年ぶりで、当時は織田信長が活躍した時代です。
 日食や月食の原理はかなり昔から知られていたらしく、紀元前には正確な日にちを予測していたそうです。しかし信長が月食の原理を知っていて、実際に月見をしていたかどうかは分かりません。せっかくの英知も広報媒体がなかったため、全人類に広く伝わることはなかったかもしれません。
 J-PARCではハドロン実験施設やニュートリノ実験施設で宇宙の基礎原理を探求している他、小惑星リュウグウの石の解析なども行いました。次の皆既月食と惑星食が重なるのは322年後です。その時の人々がもっと広い知見をもちながら月見が楽しめるよう、われわれ広報スタッフはJ-PARCの研究成果を広く発信していく所存です。

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