J-PARC News 第230号
≪Topics 1≫
■世界最強のJ-PARC MLFのパルス中性子源が目標性能を達成
-世界一の強度で長期運転を実現-(5月31日)
J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)の中性子発生装置が、4月8日から50日以上にわたり、施設建設時からの目標性能である「1000 kW相当の陽子ビーム出力での長期にわたる運転」を達成しました。水銀標的をはじめとする様々な機器の改良と検証を積み重ねながら段階的に出力を上げました。米国、EU諸国、中国など世界中の国々が高出力かつ高性能のパルス中性子源の開発に凌ぎを削る中、MLFのパルス強度は世界第2位の米国のSNSの2倍以上になりました。
パルス中性子を用いた実験は、物質科学や生命科学の先進的な研究を行う上で非常に有効な手段です。今後はさらに安定な運転実績を積み重ねるとともに、長寿命化を含めた設備の高度化を進め、より多くの研究成果創出に貢献していきます。
また、MLFの中性子源の上流に設置されているミュオン源も、同時に世界一の強度と長期間運転を達成しています。
詳しくはこちら→https://j-parc.jp/c/press-release/2024/05/31001347.html
≪Topics 2≫
■J-PARCプレス勉強会を開催(6月5日)
「世界初!素粒子ミュオンの加速に成功、標準理論の超精密検証へ」
MLFでは、冷却した素粒子ミュオンを、光速の約4%まで加速することに世界で初めて成功しました。前人未到のミュオンの加速実現で、2024年は「ミュオン加速元年」となりました。
MLFで作られた光速の30%程度の速度を持つ正ミュオンをいったん光速の0.002%まで減速させ、冷却することで向きと速さを揃えました。それを高周波加速空洞に入射することにより、ミュオンを光速の約4%まで再び加速することに成功しました。これは標準理論の超精密検証実験を始めるための大きな一歩となります。また加速ミュオンを用いた全く新しいイメージングによって、ミュオン顕微鏡、文理融合研究などさまざまな応用も期待できます。
本成果は5月17日にプレス発表され、多くの人々に理解していただくため、6月5日にプレス勉強会を開催しました。8社9名、Zoomを含めると11社12名に参加いただき、J-PARC全体とミュオンの説明の後、MLFのS2、H1、H2エリアでの見学を行いました。記者からは、今後目標とする正ミュオンの加速エネルギーや他国の現状等についての質問が次々に発せられ、勉強会は盛況なものになりました。
詳しくはこちら→https://j-parc.jp/c/press-release/2024/05/17001336.html
■プレス発表
(1)シリカがタイヤを高性能化する秘密を中性子と水素のスピンで解明
-「埋もれた界面」を観測する新技術で、複合材料の高機能化に貢献-(5月16日)
自動車用のタイヤは、ゴム材料にシリカナノ粒子を添加し結合させることで、グリップ性能と燃費性能の向上を両立させています。その結合を強化するためにカップリング剤を添加しますが、それがどのように機能しているかを確認する手法がありませんでした。
研究グループでは、MLFのBL17「SHARAKU」を用いて、新たに開発した中性子と水素のスピンを制御するスピンコントラスト変調中性子反射率法により、ゴムとシリカの界面に生成するカップリング剤の単分子層の観察を可能にしました。界面に生成する厚さ2nmのカップリング剤層について、その構造や組成を決定し、更に添加方法によってゴム材料とシリカの結合の強さに違いが現れることも明らかにしました。
本成果によって、今後耐摩耗性が大幅に改良されたタイヤが開発されると期待されます。また今回開発した同手法は、さまざまな複合材料における界面状態を決定できるので、各分野における材料開発にも貢献していくと考えられます。
詳しくはこちら→https://j-parc.jp/c/press-release/2024/05/16001335.html
(2)酸化ルテニウムは本当に第三の磁性体か?
-素粒子ミュオンと第一原理計算で挑む「悪魔の証明」-(5月20日)
金属磁性体は、原子のスピンがすべて同じ向きに揃っている強磁性体と、スピンが互いに逆向きに揃っている反強磁性体の大きく2種類に分類されます。ところが最近、反強磁性体の中に強磁性体の性質を合せ持つ「交代磁性」と呼ばれるものの存在が予想されるようになり、酸化ルテニウム(RuO2)がそのような第三の磁性体の候補として注目が集まっていました。
反強磁性体は磁石に引き寄せられないので、元々磁性を示さない金属(常磁性体と呼ばれる)と見た目には区別がつきません。そこで、研究グループではRuO2の交代磁性の前提となる反強磁性の有無を調べるため、MLFのS1「ARTEMIS」実験装置を用いたµSR測定を行いました。その結果、RuO2は限りなく常磁性体に近いことがわかりました。
交代磁性を示す反強磁性体は、周囲の磁場の影響を受けないなど好都合な性質を持つ次世代の電気・磁気デバイス材料 として期待されています。RuO2については、交代磁性がないことを証明する「悪魔の証明」はさておき、その電子状態の基本的な理解から再検討を促すきっかけとなりそうです。一方で、不純物や欠損によってRuO2の磁性を制御できることも示唆しており、今後の材料開発の新たな指針となりえます。
詳しくはこちら→https://j-parc.jp/c/press-release/2024/05/20001338.html
■J-PARC安全の日(5月30日)
J-PARCセンターでは、2013年のハドロン実験施設での放射性物質漏えい事故以来、事故発生日の5月23日前後に毎年「J-PARC安全の日」を開催しています。今年度はハイブリッド方式により352名が参加しました。
午前は安全情報交換会として、火災防止に関する事例研究について各セクションからの報告と意見交換が行われました。午後は安全文化醸成研修会として、最初に安全貢献賞と良好事例の表彰を行いました。続いて、名古屋大学名誉教授/あいち・なごや強靱化共創センター長の福和伸夫先生による講演「温故知新で大規模地震に備える」が行われました。我が国の耐震設計基準は地盤に関係なく全国一律なこと、大都市の脆弱性、災害の歴史を教える場がないこと等の問題点を指摘し、国と個人が一丸となって地震への対応を再考する必要性が述べられました。その後、記録映画「放射性物質漏えい事故-社会からどのようにみられたか-」を上映して閉会となりました。
J-PARCでは2013年の事故の教訓を風化させることなく次の世代につなぐため、今後もこの行事を毎年行うとともに、職員一同が安全を常に最優先しながら研究活動を推進していく所存です。
■J-PARCハローサイエンス「J-PARC加速器ビームパワー増強」(5月31日)
加速器ディビジョンの五十嵐進氏が、パワーアップしたJ-PARCのメインリング加速器(MR)について紹介しました。
MRは2008年の運転開始以来ビームパワーを増強しており、昨年度、当初目標としてきた750kWを超えました。現在、 220兆個もの運動エネルギー30GeVの陽子を、1.3秒周期でニュートリノ実験施設へ供給しています。加速周期を短くするために電磁石電源や高周波加速空洞を増強するなど、さまざまな技術の改良を積み重ねてきた成果です。
素粒子・原子核実験の成否は、実験施設に供給される陽子の数に大きく依存します。加速器で一度に加速する陽子の数を増やし、より短い周期でビームを出射できれば、ビームパワーは増強し、より感度の高い実験を行うことができます。
これからも加速器の増強を続け、加速周期を更に短くすることを計画しています。また、陽子同士の反発力などによるビームの拡がりをビーム調整により抑え、供給する陽子数を増やし、4年後には約2倍の1.3MWにビームパワーを到達させることが目標です。
■MRでこれまでの記録を更新するビームパワーでの利用運転を実現
記念写真撮影を実施(6月21日)
MRでは、これまでの記録を更新するビームパワーでの利用運転を実現しました。ニュートリノ実験施設へ供給する速い取り出し(FX)ではビームパワー800 kW、ハドロン実験施設へ供給する遅い取り出し(SX)ではビームパワー80 kWでの安定運転を達成しました。今後、さらにビームパワーを増強していく予定です。これを祝して、関係者が中央制御棟に集まり、横断幕を掲げて記念写真を撮りました。
■J-PARC出張講座を群馬工業高等専門学校・津山工業高等専門学校で実施(6月17、18日)
「ミクロの世界を見る加速器の仕組み~素粒子現象から大構造物まで透視するミューオン加速技術~」というテーマで実施し、それぞれ20~25名が参加しました。
講師は加速器第七セクションの大谷将士氏が務め、加速器の仕組みから医療・産業への利用、さらにミューオンによる物性・素粒子研究について紹介しました。講演後のアンケートでは、「とても分かりやすく基礎的な知識から解説していただいたので、楽しくお話を聞くことができた」「加速器から得られることやわかっていることを詳しく知りたい」などといった意見が寄せられ、素粒子や加速器への関心を喚起する良いきっかけとなりました。
■「宇宙線ミュオンで古墳を透視プロジェクト」今年度の活動を開始(6月23日、歴史と未来の交流館)
昨年4月にスタートした本プロジェクトの第2期として、24名のメンバーのうち18名の子どもたちが集まり、第1回が6月23日に歴史と未来の交流館で開催されました。開講式では、物質・生命科学ディビジョン下村氏のミュオンの講義に引き続き、山田東海村長にご挨拶を頂き、その後、素粒子原子核ディビジョン藤井氏の指導で霧箱を作りました。カップを黒布で覆ってアルコールを注ぎ、中心に線源を置き、ドライアイスで冷やすと、線源から出るアルファ線が飛行機雲のように見えました。
本プロジェクトは今後、毎月1回の開催を予定しています。今年度は、昨年度に製作した「歴史と未来の測定器」の測定を開始して古墳の謎に挑むこと、測定器をもう1台作ることを目指し、活動を進めます。
詳しくはこちら(東海村生涯学習課ページ)→ https://www.vill.tokai.ibaraki.jp/soshikikarasagasu/kyoikuiinkai/shogaigakushuka/9/1/2/8705.html
≪お知らせ≫
■企画展「サイエンス×東海村×J-PARC展 ~せかいは“つぶ”からできている~」開催のお知らせ
東海村歴史と未来の交流館がつぶつぶワールドに大変身! 謎解きミッションや、科学実験教室「とうかいサイエンスラボ」、いつでも遊べるワークショップなど、楽しいイベントが盛りだくさん!また、企画展「科学者たちの素顔」も同時開催です。是非お越しください。
詳しくはこちら(東海村歴史と未来の交流館ページ)→ https://www.vill.tokai.ibaraki.jp/soshikikarasagasu/kyoikuiinkai/shogaigakushuka/9/1/1/6270.html
■加速器運転計画
7月の運転計画は、次のとおりです。なお、機器の調整状況により変更になる場合があります。
J-PARCさんぽ道 ㊼ -MLFの見学-
J-PARC見学者の皆様をMLFの実験ホールへご案内すると、感嘆の声が上がることがあります。ジャンボジェット機2機分が格納できる建屋のキャットウォークからは、中性子源が入る巨大な紺色の筒から放射状に広がる中性子ビームライン、その奥には複雑に分岐するミュオンビームラインがご覧いただけるからです。
本号でも紹介した通り、MLFでは、世界最強のパルス中性子源の目標性能を達成し、素粒子ミュオンの加速に成功した、という2大ニュースが飛び込んで来ました。これを機にMLFの実験ホールでは人々がさぞ賑やかに動き回るようになったかと思うと、そんなことはありません。MLFの運転中は、研究者や技術者が、キャビンというビームライン近くの小屋や自分の居室から、リアルタイムで遠隔で機器を監視し、実験結果を見ているからです。もちろん、今までよりも詳細なデータや未知のデータが入ってくるので、MLFの職員はより忙しくなっています。
来月からの夏季期間、J-PARCはメンテナンスのため運転を休止します。その間、試料や測定機器の入れ替えや調整のため、多くの職員が実験ホールで作業している風景が見られることでしょう。