3GeV 陽子シンクロトロン RCS (Rapid-Cycling Synchrotron)
LINACで400MeVという運動エネルギーを得た水素化物イオン(陽子に電子が2個ついた負のイオン)は、L3BT(*)と呼ばれるビーム輸送路を通ってここRCSと呼ばれるシンクロトロン(円形加速器)にやって来ます。入射する時に2個の電子が剥ぎ取られ陽子に変身して周回します(がまだ加速はされません)。LINACからの中間パルス(3.09ns(324MHz)ごとのマイクロパルスが数百個連続した100〜300ns幅のパルス)の周期は、RCSのビームダクトを1周する時間1.63µsに合わせてあり、マクロパルス(最大500μs)の時間内に次々にやって来た中間パルスは先に周回していたバンチへ次々に合流してビームの電流密度がその分だけ増加し、念願の大強度ビームとなります。強度が高いとは、粒子の数が多い、という意味です。
こうして得られた大強度の陽子バンチを、約20msかけてリングを1万数千回周回する間に加速空洞をくぐらせて3GeVまで加速し、出来た3GeVの陽子バンチを蹴りだして取り出し、下流の施設(物質生命科学実験施設、MRシンクロトロン)へ送ります。そして20msかけて磁場を立ち下げ再び入射が、すなわち運転サイクルが始まります(忙しい)。RCSの運転周期25Hzとはこのように40msで、入射・加速・出射・立ち下げが繰り返されることを意味しています。
陽子のように電子に比べてはるかに重い粒子は、運動エネルギーと電流密度によって得意とする加速方式が異なる為、初段は直線型加速器、次にシンクロトロンで電流密度を上げ、それを利用したりさらに次のシンクロトロンでより高いエネルギーを得る多段型加速器の構成を取ることが多くなっています。
*) L3BT = Linac to 3GeV-RCS Beam Transport line くらいの意
シンクロトロンとは
円形加速器の一種であるシンクロトロンは、磁場中を円運動する加速器のうち、加速しても同一の軌道を描くものを指しています。同一でない円形加速器の代表例としてはサイクロトロンがあります。歴史的には、サイクロトロンの方が先に発明、開発されました。固定磁場の中を運動させるので磁石が永久磁石で済んだ為です。一方、シンクロトロンは、エネルギーが上がって相対論効果で曲がりにくくなる粒子を同一軌道で回す為、磁場をエネルギーに合わせて(=シンクロさせて)変動させる特徴から命名された円形加速器です。
RCSの構成
周長348.333m、全体の形状は円形というよりはおむすび型(角の丸い三角形)と言って良いでしょう。LINACから続くビーム輸送路を通って入射し、加速され、出射され3NBT(*)ラインと3-50BT(**)ラインと呼ばれるビーム輸送路に分かれ、それぞれMLFとMRへ向かいます。
*) 3NBT = RCS to Neutron Facility Beam Transport Line くらいの意味
**) 3-50BT = RCS to 50GeV-MR Beam Transport Line くらいの意味。初期設計段階でMRは50GeVまで加速する計画があったための名残。
マルチターン入射と荷電変換
LINACからくるマイクロバンチの電流密度を上げる為には、先に周回しているバンチに次々と合流させる必要があります。これをマルチターン入射と呼びますが、はじめにLINACで陽子を加速し、それをマルチターン入射させると、あまり粒子数を積み上げることはできません。というのは、直線部から円形リングへ、ある入射角で入射してくる入射バンチは円形リングの(接線)方向に曲げる必要があります。その時、先に入射して周回していたバンチは次の入射のための磁場で曲がってしまいビームダクトを飛び出してしまうわけにはいきません。そのような条件を課すと、「入射できる空間」の場所が非常に限られてしまい、結果として多数の入射を積み重ねることができず大強度ビームが作り出せません。
一方、電子2個が陽子の周りを回っている特殊な負イオン、水素化物イオン(化学式でH-と表記します)を考えます。このイオンは化学的に不安定な為、炭素などの物質を通過させると電子が剥ぎ取られ、通過し終わった時には容易に陽子だけになる性質があります(薄膜にすることで運動エネルギーの損失は無視できるほど小さい)。そこで、RCSの入射部に炭素の薄膜を置き、LINACで加速する粒子を陽子ではなく水素化物イオンとし、入射する負の水素化物イオンと(ほぼ同じ質量の)周回する陽子との両方が合流ポイントで炭素薄膜を通過する様に磁石を配置します。するとH-とH+で電荷の符号が逆である為に同じ磁場に対して曲がる方向が逆であることで、巧妙に合流していくことがわかります。この機構により、次々と中間バンチを同じ空間(など)に入射する事ができ、粒子数をどんどんと積み上げる事が可能になります。