トピックス

2020.05.29

J-PARC News 第181号- ※新型コロナウイルス感染拡大防止のため、本号はHP掲載のみとさせていただきます。ご了承ください。 -

PDF(686KB)

≪Topics≫
■京都大学市川温子准教授が猿橋賞を受賞、ニュートリノ研究で業績(5月23日)

 市川温子 京都大学准教授(元 KEK素粒子原子核研究所 助教、現 KEK 客員准教授)が、23日に「女性科学者に明るい未来をの会」(1980年創立)から第40回猿橋賞を受賞しました。この賞は、自然科学の分野で顕著な研究業績を収めた女性科学者に贈られるもので、東海村のJ-PARCと岐阜県飛騨市神岡町のスーパーカミオカンデ(SK)間で進められている「T2K実験」での業績が評価されたものです。現在の宇宙に物質しか残っていないのは物質と反物質との間に性質の違い(CP対称性の破れ)があるためと考えられています。T2K実験は、ニュートリノの観測からその違いを解き明かすために、12カ国約500人の研究者が参加する実験で、市川氏は、その国際共同研究グループの代表者として活躍しています。
news181_1.jpg

 

■富山大学とJ-PARCセンターが「J-PARCセンターの実験施設を利用した物質・生命科学に関する研究及び水素同位体に関する研究の推進に係る連携協力協定」を締結(5月1日)

 令和2年5月1日、富山大学とJ-PARCセンターは、J-PARCの施設群を用いた研究協力を発展させるため、両組織が連携・協力して、相互の研究開発資源を十分に活用し、もって更なる発展及び人材育成に資することを目的に、連携協力に関する協定を締結しました。富山大学は、阿部孝之研究推進機構水素同位体科学研究センター長が、J-PARCセンターは齊藤直人センター長が協定書に記名押印しました。今後、物質・生命科学研究、水素同位体に関する研究など緊密な研究協力関係を構築し推進していきます。

 

■MLFが5月18日に600kW運転に移行

 物質・生命科学実験施設(MLF)は、COVID-19の感染の広がりを受けて4月20日からJ-PARCの運転を停止していましたが、感染防止対策を徹底しながら段階的に利用を再開しています。5月15日より500kWで運転を開始し18日から600kW運転に移行しました。今後、利用者受け入れについては国や県の人の移動規制の緩和状況を考慮しながら進めます。また、19日にCOVID-19感染拡大の事態を受け、世界の中性子施設の施設長らによるWeb会議が開催されました。会議は世界9ケ国14名の参加があり、J-PARCからは齊藤直人センター長、大友季哉物質・生命科学ディビジョン長らが出席し、各施設の対応状況の報告、COVID-19関連の研究、今後の国際協力などの議論が行われました。
news181_2.jpg

 

■極低温で現れる先進的合金の特異な変形メカニズムを解明
-宇宙開発などに役立つ高性能な低温構造材料の開発に期待-(3月26日、プレス発表)

 低温で優れた特性を持つ材料は宇宙開発など様々な分野で有用です。多数の金属元素を等量程度ずつ混合させた「ハイエントロピー合金」は、通常の金属材料と異なり、極低温で大きな延びを示します。香港城市大学のXun-Li Wang教授らは、中性子回折実験によってこの現象のメカニズムの解明に挑み、J-PARCの工学材料回折装置「匠」を用いて、CrMnFeCoNiの組成を持つハイエントロピー合金を低温状態で引張り変形させながら中性子回折強度を測定しました。得られた回折パターン(図)から、試料の結晶構造についての様々な情報が得られました。赤→青→緑の順に試料にかかる応力が大きくなっていますが、ピークが消えたり新しいピークが現れたりはしていません。これは、冷却や変形の過程で試料の結晶構造(原子配列)が変化していないことを表しています。これまでに他の金属材料で確認されている、低温で大きな延びを示す現象の要因は結晶構造の変化でしたが、本試料では異なるメカニズムが働いていることが分かります。また、応力が大きくなるとピークの幅が広がっています。これは、「結晶欠陥」(原子配列の規則性が乱れた部分)が増えていることを表しています。全てのピークの位置、幅、大きさを詳しく調べた結果、本試料が極低温で極めて大きな延びを示すのは、複数の種類の結晶欠陥の発生、増加、移動とそれらの相互作用が変形の進行にともない段階的に生じるためであることが明らかになりました。今後、本研究で得られた知見を活かした材料設計によって、より強く、より延びる、優れた低温材料の開発が期待できます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。http://j-parc.jp/c/press-release/2020/03/26000503.html

news181_3.jpg

 

■物理学の未解決問題に光!-超流動ヘリウム中の流れの可視化へ-(4月10日、プレス発表)

 ヘリウム(He)原子の量子力学的な効果により、極低温で流動性が高まる「超流動現象」が現れます。超流動状態において生ずる乱流は量子乱流と呼ばれ、量子力学的性質から渦が最小単位を持ち1つずつ数えられるようになるなど、通常の乱流よりも取り扱いやすいとされ、その研究は通常の乱流の理解につながると期待されています。そのため、超流動ヘリウムの流れの可視化が有効です。従来の微粒子を「トレーサー」とする方法では、トレーサーが量子乱流中の渦の最小単位よりも大きいために渦の動きを乱してしまい、超流動ヘリウム自体の流れを正確に解釈することができません。そこで、トレーサーの候補である「He2エキシマー」に着目しました。「He2エキシマー」は、通常は単原子分子として存在するヘリウムが外部からの刺激により励起されて2原子分子となったもので、大強度中性子ビームの照射によって形成できることがポイントです。 名古屋大学のフォルカ・ゾンネンシャイン助教らはこのたび、He2エキシマーの蛍光を誘起して測定する可搬型の装置を開発し、J-PARCの中性子ビームライン「螺鈿」において、超流動ヘリウムに中性子ビームを照射により生成したエキシマーの観測に成功しました。超流動ヘリウム中の流れの可視化に向けた第一歩になる成果です。今後の本格的な可視化研究を通じて量子乱流機構が解明できれば、水や空気などの一般の乱流の研究にも波及させることができ、工業製品の冷却、飛行機の設計などの産業や、天気予報の精度向上など、様々な分野への応用が期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。http://j-parc.jp/c/press-release/2020/04/10000512.html

news181_4.jpg

 

■宙に浮く水素イオン?!-大型タンパク質の中性子結晶構造解析で見えた特異な世界-(4月28日、プレス発表)

 生体で起こる化学反応を促進させるタンパク質である「酵素」の働きを理解するためには、その分子の立体構造を原子や電子のレベルで正確に決定し、その構造に基づいて反応機構を解明することが重要です。中性子結晶構造解析は、酵素反応の働きに中心的役割を果たす水素原子を含む構成全原子の位置を正確に決定することができますが、極めて大きなタンパク質結晶が必要です。しかしながら、一般に、分子量の大きなタンパク質は結晶の大型化が難しいことから、小型タンパク質を用いた測定・解析が中心に行われてきました。今回、大阪医科大学、大阪大学らのグループは、これまでに測定例のない、70,600という大きな分子量を持つ糖尿病の発症にも関与する銅アミン酸化酵素の高品質の大型結晶の作製に成功し、J-PARCに設置された茨城県の中性子ビームライン「iBIX」を用いて中性子回折実験を行いました。その結果、大型タンパク質の結晶構造解析としては極めて高い分解能を達成しました。さらに、酵素中で化学反応が進む部位(活性中心)において、水素イオンが周囲の3方向に存在する酸素原子すべてとの間で水素結合し、共有結合より離れた距離に位置すること(非局在化)により、"宙に浮いた"状態で存在することを明らかにしました。この成果は、酵素の反応機構の理解に極めて重要であり、酵素の量子論的振る舞いの理解を深めるうえでも重要な知見を与えるものです。本成果は中性子結晶構造解析の高分子量タンパク質への適用を大きく広げ、J-PARCの中性子ビームが、薬剤開発にもつながるような重要な知見をもたらしうるタンパク質の機能とそのメカニズムの探究に、今後ますます貢献できることを示すものといえるでしょう。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。http://j-parc.jp/c/press-release/2020/04/28000525.html

news181_5.jpg

■加速器運転計画

 6月の運転計画は、次のとおりです。なお、機器の調整状況により変更になる場合があります。
news181_6.jpg