J-PARC News 第184号
≪Topics≫
■東海村とKEKが「災害時における施設等の利用に関する協定」を締結(8月4日、東海村役場)
8月4日、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)は、東海村と「災害時における施設等の利用に関する協定」を締結しました。この協定は、村内で災害が発生した場合などに、村の協力要請に基づきJ-PARCユーザー宿泊施設を避難所として利用できるようにすることを目的としたものです。締結式は東海村役場にて執り行われ、J-PARCセンターから齊藤直人センター長、小関忠副センター長が同席し、山田修東海村長、山内正則KEK機構長が協定書に署名を行いました。今回の協定締結が、災害時のみならず地元自治体である東海村とさらなる日常的な連携を促進するきっかけとなることが期待されます。
■物質・生命科学実験施設(MLF)の中性子源施設における大強度陽子ビーム制御技術の開発
-非線形光学を駆使したビーム整形法でターゲットの損傷を軽減、施設の安全運転に貢献-(7月22日、プレス発表)
J-PARCのMLFにある中性子源施設では、30億電子ボルト(3GeV)に加速した大強度陽子ビームを水銀ターゲットに当てて中性子を生成します。水銀ターゲットに用いられる鉄鋼製容器は、大強度の陽子ビームに晒されることにより損傷するため、施設の安定運転のためには、ターゲット容器上の電流密度(単位面積あたりに当たる陽子の数)を下げて損傷を抑える必要があります。通常の場合、ビームは中心で最も高い電流密度となり、裾野になるにつれ低くなる、山型の分布(ガウス分布)をしています。通常のビーム整形法(線形光学)では、中心から離れるにつれ、一次関数状に磁場の強度が強くなる性質を持つ磁石(四極電磁石)によりビームの幅を調整します。この方法では、ガウス分布となるビーム形状を変えられないため、分布の幅を広げて中心の電流密度を減らすと、ビームの裾野が中心から遠くまで広がり、ターゲット周辺の構造材などに当たるようになります。一方、三次関数状に磁場が強くなる特殊な磁石(八極電磁石)を用いることにより、裾野の粒子だけを中心に畳み込むことができ、ビーム形状を平坦に整形できます。しかし、この「非線形光学」による整形法は、磁石などのパラメータ調整が複雑で、ビームロスを引き起こすこともあるため、大強度ビームでの実用化は困難でした。J-PARCセンターの明午伸一郎(JAEA研究主席)らは、このビーム整形法を追求し、あらゆる条件において、ビーム形状はたった2つのパラメータで表せることを見いだしました。さらに、ビームロスを引き起こさずに、平坦な分布形状にビームを整形するための、2つのパラメータの最適な値を見つけました。実際にMLFの中性子源施設で、メガワット級の大強度加速器施設では世界初となる非線形光学によるビーム整形を行い、得られたビーム形状は予測計算どおりとなることを確認しました。この結果、水銀ターゲット上の電流密度を従来の値から約30%低下できました。本研究で得られた知見は、J-PARCの中性子源施設はもとより、将来の大強度加速器施設の安定したビーム運転に貢献し、さらなる加速器施設の安全性向上につながるものと期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 http://j-parc.jp/c/press-release/2020/07/22000571.html
■J-PARCハドロン実験施設で新たなビームラインの運転を開始しました(8月11日、プレス発表)
J-PARCのハドロン実験施設で準備を進めてきた新たな陽子ビームラインが、6⽉24⽇に第三者機関による施設検査に合格し、ビームラインの運転とそこでの共同利用実験を開始しました。これまでハドロン実験施設では、J-PARCの主リング(MR)加速器で加速した陽子ビームを標的に当ててつくったK中間子などの二次粒子を使って実験を行ってきました。新しいビームライン では、日本一高いエネルギーとなる陽子ビームを直接実験に用いることで、ハドロン実験施設で行う実験の幅がさらに広がりを見せることになります。二次粒子を生成するためにハドロン実験施設へ陽子ビームを導く既存のビームラインから、元のビームラインにほとんど影響を与えないほどのごく一部の陽子ビームを切り取って、新設のビームラインに導きます。これは、工夫を凝らした特殊な形状の分岐用電磁石の開発により実現しました。新たに運転を開始したビームラインでは、質量は周りの環境で変化するのか、という謎に答えを出そうという実験が始まりました。2008年にノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎教授が提唱した理論に基づく計算によると、原子核の内部のように密度がとても大きい環境では質量が変化するとされています。陽子ビームを標的に照射して生成するφ中間子が原子核の中にあるときと外にあるときで質量が異なるかどうかを、精密な測定により調べます。この実験は、検出器の調整とデータの取得を進める予定です。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。http://j-parc.jp/c/press-release/2020/08/11000577.html
■鋳鉄が強化されるメカニズムを大強度中性子ビームで解明
-その場中性子回折実験により鋳鉄の組織挙動を原子レベルで観測-(8月25日、プレス発表)
建設機械の油圧機器のケーシングや自動車の様々な部品などに広く使われる鋳鉄(球状黒鉛鋳鉄)は、大きな外力に耐えながら過酷な環境下で長い寿命が求められています。これまで球状黒鉛鋳鉄を、過酷な環境を模擬し繰り返し引張圧縮変形させると強度が増加することが知られていますが、そのメカニズムは謎のままでした。それを確かめるためにJ-PARCのハルヨ・ステファヌス(JAEA研究主幹)らは、球状黒鉛鋳鉄を繰り返し引張圧縮変形させながら「その場中性子回折実験」を工学材料回折装置(TAKUMI)を用いて行いました。J-PARCの大強度中性子ビームと、TAKUMIの高い分解能により、高い精度の実験が実現しました。外力を加えると、球状黒鉛鋳鉄に含まれる各構成相の結晶がひずんで回折ピークの位置がずれるので、この"ずれ"から、各構成相が担う応力を求めることができます。また、回折ピークの幅から、結晶中の転位(結晶欠陥の一種)の情報を引き出すことができます。それにより、実験結果から、引張圧縮のサイクル数の増加に伴い、球状黒鉛鋳鉄の構成相の一つである「フェライト」に転位が蓄積されることで、分担する応力が大きくなり、それが球状黒鉛鋳鉄全体の強度の増加に大きく寄与していることを明らかにしました。過大な外力に対する球状黒鉛鋳鉄の特性の理解が進んだことで安全性能や寿命の向上につながるとともに、球状黒鉛鋳鉄で起きている現象の基本的理解が深めた本成果は、使用環境に適した鋳鉄の材料設計における貢献となります。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。https://j-parc.jp/c/press-release/2020/08/25000582.html
■J-PARCハローサイエンス~続・謎の素粒子ニュートリノで探る宇宙の物質の起源~開催
(7月31日、東海村産業・情報プラザ「アイヴィル」 )
「素粒子ニュートリノ」についてJ-PARCセンター素粒子原子核ディビジョンの小林隆ディビジョン長が、今年1月に続き2回目の講演を行いました。1月は、"ニュートリノ研究の目指すところ"、今回は、"T2K実験"と"ハイパーカミオカンデ(HK)計画"について話しました。T2K実験は、現在J-PARCと岐阜県神岡町のニュートリノ観測装置・スーパーカミオカンデ(SK)を用いた国際共同実験として進められています。講演では、ニュートリノを生成するJ-PARCの施設・装置やSKでのニュートリノ観測などについて詳細な説明があり、T2K実験の成果として、3種類あるニュートリノのミュー型が電子型に振動(変化)するのを世界で初めて実証したこと、ニュートリノと反ニュートリノの性質が異なる可能性が90%以上であることを話しました。今後、更に測定精度を上げるために収集データを増やすため、SKの約10倍の感度を持つハイパーカミオカンデ計画が2027年の実験開始を目指して今年始動したことも紹介しました。参加者アンケートでは、先端研究の内容がよく理解できたとの声が多く聞かれました。
≪Information≫
■J-PARCオンライン施設公開2020について
今年のJ-PARC施設公開は、10月7日(水)にWeb上で公開を開始します。また、10月10日(土)にはライブ配信も行います。詳しくはJ-PARCホームページでご確認ください。
■さんぽ道 ① -海の色は2色-
J-PARCは部屋に居ながらにして美しい海が見える、数少ない贅沢な研究施設です。
写真はJ-PARC研究棟4階の東側の給湯室から撮影したものです。松林の先に、太平洋が広がっています。ここから海岸フェンスまでの距離は200mしかありません。海の色を見てみると、横方向にはっきり2色に分けられるのがご覧いただけます。岸に近いところは薄い緑色、沖のほうは濃い青色です。どうしてこのような色の違いが現れるのでしょうか。
実は、手前が緑色になるのは、ここから北側3kmに河口がある久慈川からの濁流の影響なのです。前日、茨城県の北部では大雨が降りました。日本3名瀑と言われる袋田の滝がある上流から、多くの土砂が削り取られ、太平洋に流れ込んだのです。今は天気が回復し、海に日光が差し込んでいるので、鮮明に色の違いが分かります。
このまま晴天が続くと、数日後には、この海の色も一面、深い青に覆われることでしょう。
「J-PARCさんぽ道」をスタートしました。日々広報スタッフが感じていることを不定期に綴っていきます。