J-PARC News 第187号
≪Topics 1≫
■東海国立大学機構岐阜大学教育学部・大学院工学研究科 仲澤和馬シニア教授(J-PARC E07実験責任者)が
「2020年度(第66回)仁科記念賞」を受賞しました(11月9日)
仲澤和馬 岐阜大学シニア教授が、J-PARCとKEK陽子シンクロトロン(KEK-PS)を使った「原子核乾板を用いたダブルストレンジネス原子核の研究」により、仁科記念賞を受賞しました。この賞は、故仁科芳雄博士の功績を記念して我が国で原子物理学とその応用に関して優れた研究業績をあげた研究者に贈られるものです。多種多様な原子核が存在する理由を知るためには、原子核を構成する陽子や中性子の間に働く「核力」の理解が不可欠です。そこで、加速器を使って作ったストレンジクォークを含む粒子を原子核乾板に照射し、乾板中で生成するストレンジクォークが2つ入った「ダブルストレンジネス原子核」を探し、この原子核を構成する粒子間に働く核力を調べました。KEK-PSよりもはるかに大強度のJ-PARCにより、格段に多くのダブルストレンジネス原子核が作れるようになったことを受け、仲澤教授らは、乾板中に残された粒子の飛跡を顕微鏡観察してダブルストレンジネス原子核を効率よく探す手法を開発しました。それにより、複数の新種のダブルストレンジネス原子核を発見し、その構成粒子間に働く核力についての新たな知見を得ました。今後のさらなる解析に期待がかかります。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。https://j-parc.jp/c/press-release/2020/11/19000616.html
≪Topics 2≫
■日本中性子科学会第20回年会で、J-PARCセンターの2グループが「技術賞」、
2名が「プレジデントチョイス賞」で表彰されました(11月9日)
【技術賞】
11月9~11日にオンラインで開催された日本中性子科学会第20回年会で、J-PARCセンターの2つのグループが「技術賞」を受賞しました。この賞は、中性子科学の技術的発展に顕著な貢献を行った個人またはグループに贈られるものです。一つは、「大強度パルス中性子発生のための陽子ビーム制御技術開発」の業績に対し、明午伸一郎氏、大井元貴氏、藤森寛氏、元同センターの坂元眞一氏のグループが、もう一つは「世界最高分解能TOF型粉末中性子回折装置SuperHRPDの開発」の業績で、鳥居周輝氏、及川健一氏、萩原雅人氏、Cho Kwanghee氏、神山崇氏のグループです。前者は物質・生命科学実験施設(MLF)の中性子源への陽子ビーム入射系に八極電磁石を設置し非線形光学を駆使したビーム整形技術で中性子発生ターゲット窓の損傷を軽減、施設の安全運転に資するもので、2020年7月にプレス発表が行われたものです。後者は、精密構造解析手法の開発と機能性物質の構造研究を推進するもので、中性子源グループの開発した高分解能中性子源を使うことで2008年にシリコン単結晶を用いた回折実験で世界最高の分解能を達成し、2015年にシリコン粉末試料を用いて世界最高分解能の粉末回折を実現しました。11日のサイエンスセッションでは記念講演が行われました。
【プレジデントチョイス賞】
日本中性子科学会長は、学会が年4回出版する「波紋」に掲載されたあらゆる記事の中から、2年毎にプレジデントチョイスを選定し、年会で表彰しています。今回、2018年11月号~2020年8月号までの記事から選ばれた5件の内、J-PARCセンターの2名が含まれ、20回年会で表彰されました。一つは、「複合核における時間反転対称性の破れの探索」奥平琢也氏(Vol.29,No.3,p.126,2019)、一つは、「偏極スーパーミラーのさらなる高性能化を目指して」丸山龍治氏(Vol.30,No.3,p.130,2020)です。是非、一読していただければ幸いです。
■超精密中性子集束ミラーによる電極界面のナノ構造解析技術の実用化
-測定精度の劇的な向上に向けた大きなマイルストーン-(10月26日、プレス発表)
リチウムイオン電池の内部では、電気の運び屋であるリチウムイオンが電極の間にある電解液を泳ぎ、電極の表面に形成された被膜を通って反対の電極に移動することで、電力を蓄えたり使ったりしています。電池の更なる性能向上のためには、イオンが移動する際の挙動を知ることが重要で、中性子反射率法は電極と電解液の界面の観察できる数少ない手法の一つです。しかしながら、現状の中性子線では信号強度が弱く、電池を充放電させながらのリアルタイム測定の妨げになっています。そこで、J-PARCセンターの山田悟史氏(KEK助教)らは、大強度(粒子の数が多いこと)が特徴のJ-PARCに設置された中性子反射率計SOFIAに、理想の表面と比べて0.001度程度のうねりしかない超精密楕円型中性子集束ミラーを適用して、従来の方法と比べて中性子ビームをおよそ倍の強度で集束させることに成功し、測定時間を半分に短縮できることを確認しました。また、複数の集束ミラーを組み合わせることにより、同時に異なる2つの角度で試料にビームを入射させ、従来法では不可能だった厚い膜と薄い膜の同時リアルタイム測定が実現可能であることを示しました。本研究で実用化した超精密集束ミラーにより、燃料電池や有機ELといった様々なデバイスに対して中性子反射率法を用いたリアルタイム計測の活用が進むことが期待されており、次世代のリチウムイオン電池と目されている全固体電池へ適用する試みも進められています。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 http://j-parc.jp/c/press-release/2020/10/26000607.html
■陽子ビームをうけるとチタン合金製のビーム窓がもろくなる原因を解明
-RaDIATE国際コラボレーションによる加速器標的・ビーム窓材料開発-(11月6日、プレス発表)
物質とごくまれにしか反応しないニュートリノという素粒子を加速器でつくりだし、295km先のスーパーカミオカンデや建設中のハイパーカミオカンデで観測するJ-PARCニュートリノ実験では、ニュートリノを生み出すためにかつてない大強度の陽子ビームが必要になります。世界の大強度加速器施設に共通の問題として、陽子ビームを打ち込んでニュートリノなど2次粒子を生み出す標的や、標的ステーションの入り口にある「ビーム窓」の材料が、陽子ビーム照射で原子レベルの損傷を受け劣化してしまうことがあります。この問題の解決に取り組むため、日米欧が参加するRaDIATE国際コラボレーションが組織され、米国ブルックヘブン国立研究所にて、標的やビーム窓に用いる様々な材料試験片に大強度陽子ビームを照射した後、米国のパシフィックノースウエスト国立研究所に輸送、ホットセルでの材料試験を行っています。このたび、J-PARCセンターの石田卓氏(KEK研究機関講師)と若井栄一氏(JAEA研究主席)が中心となり、ニュートリノ施設のビーム窓に用いられている高強度の64チタン合金が照射をうけるとすぐにもろくなってしまう原因を解明しました。64チタン合金はα(アルファ)相(六方稠密晶)とβ(ベータ)相(体心立方晶)の2相からなりますが、β相の割合がより少ないチタン合金と比べ、ビーム照射後に延性が著しく低下することが分かりました。さらに、電子線回折と電子顕微鏡観察から、64チタン合金のβ相中に、ビーム照射量が多いほど材料の延性を低下させるω(オメガ)相(六方晶)が多く析出していることを初めてつきとめました。この照射誘起ω相が64チタン合金の急激な延性低下の原因と示唆されます。本成果が大強度陽子ビームに耐える標的やビーム窓材料の開発につながり、ニュートリノ実験をはじめ多くの研究の推進に貢献することが期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。http://j-parc.jp/c/press-release/2020/11/06000611.html
■J-PARCハローサイエンス「科学の発展に加速器あり」開催
(10月30日、東海村産業・情報プラザ「アイヴィル」)
加速器は科学の発展やノーベル賞に多大な貢献をし、今なお進化している重要な装置です。10月のハローサイエンスでは加速器ディビジョンの芝田達伸氏が、科学の発展と加速器をテーマに講演しました。講演前半は、加速器が誕生してからこれまでに果たしてきた役割と生み出してきた様々な発見、また、新粒子の発見のために作られた加速器が高いエネルギーを求める理由を話しました。後半は、J-PARCの加速器は二次粒子を用いた研究に必要な世界最高レベルの陽子ビームパワーであることを説明しました。T2K実験※では、2013年に加速器で作り出したミューニュートリノが電子ニュートリノに変わったことを、世界で初めてニュートリノ観測装置・スーパーカミオカンデで直接観測したことを紹介しました。講演全体を通して多数の質問が寄せられました。
※東海村(T)と295km離れた岐阜県神岡町(K)間で、2009年に実験が開始された長基線ニュートリノ振動実験のこと。
■2020年度J-PARC非常事態総合訓練を実施(10月21日、ハドロン実験施設)
J-PARCセンタ-は2020年度のJ-PARC非常事態総合訓練を、発災現場をハドロン実験施設に想定して実施しました。今回はコロナ禍における訓練となり、感染拡大の防止を考慮しました。施設の実験エリア内に作業者がいる状態でビーム運転を実施したために大線量被ばくの可能性がある、という想定で①初動対応、②作業者に対する被ばく線量の評価、搬送に関する手順、③発災現場と事故現場指揮所及び指揮所と現地対策本部間の情報伝達、そして④記者会見を模擬した質疑応答などの訓練を行いました。
■JASIS2020に出展しました(11月11日~13日、幕張メッセ 国際展示場)
JASISは、(一社)日本分析機器工業会及び日本科学機器協会が主催するアジア最大級の分析・科学機器の展示会です。J-PARCは、JRR-3と共同で中性子を用いた分析について紹介するため出展しました。大強度の陽子加速器によって発生させた中性子により、様々な材料の分子・原子の配列や動きを分析できるなどの特徴を説明し、ハイエントロピー合金やポスト・リチウムイオン電池の開発などMLFの最新の研究成果についても紹介しました。分析機器の担当者やそのユーザーらを中心に公的機関や大学の職員、学生まで幅広い来場者がブースを訪れ、説明に熱心に耳を傾けていました。また、J-PARCの利用方法や装置の見学についても質問があり、関心の高さが伺えました。
■ご視察者など
11月4日 株式会社豊田中央研究所代表取締役会長
■加速器運転計画
12月の運転計画は、次のとおりです。なお、機器の調整状況により変更になる場合があります。
■さんぽ道 ④ -ノウサギとニュートリノ-
写真は、物質・生命科学実験棟付近の遊歩道にたまたま現れたノウサギです。これだけ近い距離でカメラを構えても逃げなかったのは、大変珍しい出来事です。
原子力科学研究所では、雪が積もるとノウサギの足跡が続き、森の中に踏み入れればコロコロした落とし物が簡単に見つかります。この中にはかなりの数のノウサギが生息しているはずです。しかしその生の姿は、なかなか見ることはできません。声帯を持たないノウサギは他の動物のように呼び合うこともしないし、獣臭もわずかなものです。
たくさんいるのに、見えも聞こえも臭いもしない。ニュートリノもノウサギと同じ性格をしています。ニュートリノは宇宙で光の次に多い粒子にもかかわらず、ほとんどの物と反応せずに突き抜けてしまうので、私たちは正体をつかめきれずにいるのです。
これからの冬の時期、ノウサギの毛は、個体によっては雪と同じ白く生え変わります。宇宙空間を疾走するニュートリノも、その途中で、ノウサギのように色を変えています。
私たちの仲間は、このニュートリノに魅せられ、スーパーカミオカンデという巨大な定置網を張り巡らせ、ニュートリノが引っかかってくれるのを待っています。そしてごくごく一部だけ引っかかったニュートリノの足跡を電気信号で追いかけ、そのふるまいを知る手がかりとしているのです。
ここのノウサギ達は、そんな愚直な私たちの姿を横目で見ながら、軽々とフェンスをくぐり、切株を飛び越え、砂地を走りまわっています。